第50話:未来への大地
夕暮れ時、昼寝から覚めた又八は、あまりに完璧に片付いた田んぼを見て呆れ返った。「おーい、ムサシー! だから張り切りすぎだって。少しは俺の仕事も残しておいてくれないと格好がつかないだろ」
返事はない。いつもそこに山のように立っているはずの泥臭くて、無骨な背中がどこにも見当たらない。
「武蔵さん、どこ?」とお光が駆け寄ってくる。村人たちも集まってきたが誰一人としてムサシが去る姿を見ていなかった。又八は、ふと作業が終わったばかりの畦道に目を留めた。そこには崩れた跡すらなく、ただ周囲より一段と色が濃く、温かくて、ふかふかとした肥沃な土が広がっているだけだった。
「……なんだよ、ムサシ……勝手に一人で納得してんじゃねえよ……親友だろ……」
又八はその土を掬い上げ、ボロボロと涙をこぼした。泥人形として蘇った彼は、かつて戦場で吸った他人の血をすべて出し切り、村の清らかな水と入れ替わり、最後はただの豊かな大地に還ったのだ。
「見て……お父さん、又八さん。これからはずーっと、いいお米ができますよ」
お光が土を愛おしそうに撫でる。又八は鼻を啜り、誰もいない田んぼに向かって、「ムサシー、今日も精が出るねー」と、いつもの調子で声をかけた。
返る言葉はない。だが、黄金色に染まる大地を吹き抜ける風がほんの一瞬だけ、泥人形が微かに笑った時の音に聞こえたような気がした。




