第1話:雨の関ヶ原、泥の産声
慶長五年、九月。関ヶ原は、未曾有の泥沼と化していた。天下分け目の決戦は、四百年の戦国を終わらせる巨大な転換点……のはずだが負け戦の雑兵にとってはただの災難である。辺りには敗走する西軍の武士たちがひしめき、泥を噛みながら逃げ惑っていた。その群衆の中に腰の引けた又八と親友のムサシの姿があった。
「ムサシ、もうダメだ! 逃げよう!」
又八の叫びも虚しく、現れた敵兵の刃がムサシを貫く。ムサシもまた執念で敵を刺し違え、二人は泥の中に崩れ落ちた。親友の死を目前にしたその瞬間、又八の頭の中で何かが音を立てて壊れた。
「……死んでない……ムサシは、俺が作り直すんだ」
又八は虚ろな目で笑いながら、周囲に飛び散った名もなき兵たちの血が混ざる泥を掻き集めた。捏ね上げられたのはムサシとは似ても似つかぬ、ただ大きさだけが一人前の無骨な泥塊だ。その歪な造形に雷鳴が轟き、稲妻が直撃した。
「……ンガっ!!」
立ち上がった泥人形の脳内には、混ざり合った血の主たちの「敵を斬れ」「手柄を立てろ」という濁った妄執が流れ込んでいた。血に染まった泥の思考は、もはや戦うこと以外を拒絶している。
「……テンカ……ムソウ……キレ……コロセ……マダ……イクサハ……オワラナイ」
壊れた機械のように呟きながら、泥のムサシは雨の中を迷いなく歩き出す。
「待ってよムサシ! 置いてかないでくれ!」
又八は、闇へ消えゆく不気味で巨大な泥の背中を必死に追いかけるのであった。




