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*45 八つ当たりの果て

 半ば八つ当たりでもあるのはわかっていた。


何一つ解決出来ずに、自分の中でも折り合いつけられないうちに手酷く触れてしまった。


いつかの前後不覚になるほどの、それでいて甘ったるい行為なんかじゃなく、息をつく間もなく最後には気を失ってしまうぐらいに酷く。


 こんなことになったのは何も、彼女のせいばかりだけではない。


頭ではわかっているつもりだけど、それでも出来るなら誰かのせいにしてしまいたいと考えている辺り、相当頭に血が上っているんだろう。


 手を出した樋田さんが、糸屋が悪いのは間違いなくて。


そんな隙を見せた彼女にも責任はあって。


 仲間であったはずの先輩後輩に背中から撃たれる事態になったのは、僕が舐められているんじゃないかって。


そんな風にしか考えられない自分に嫌悪する。


『歩がそうしたいなら』


 彼女はそんな僕を見透かしてか、欲しい言葉をくれるけど、多分それじゃダメなんだ。


それじゃあ、僕が駄目になる。


 こっそりとベッドを抜け出し、頼りなく差し込む月の明かりを頼りに、床に脱ぎ捨てられたままのジャケットを拾う。


その胸ポケットから潰れかけた煙草の箱を出して咥える。


携帯灰皿片手に紫煙を燻らせて一息ついたとき、その向こうには彼女がいた。


 暗いせいかいつもよりも青ざめて、どこか人形めいて見える彼女は、濃い藍色のリネンをその裸体に巻き付けて女神然とした佇まいでそこにいた。


そんな彼女に驚き、何も言えずに煙に目を細めていれば、彼女が口を開く。


「煙草吸ってるところ、久々に見た気がする」


 そうかもしれない。


元々、彼女の前で吸うことは避けていた。


将来の事を考えて、辞めることも考えていた。


だが、結局はこの体たらく。


彼女に隠れて(・・・)吸っていたのだから、始末が悪い。


「ねぇ」


「……うん」


「あたしは、どんな歩でも歩だけが好きだよ。それだけじゃ、駄目なのかな」


 蒼い月明かりの差し込む部屋に、小さな声がポツンと浮かび、拡散する。


たったそれだけの言葉に泣きたくさえなってくる。


その、名前を呼ばれる行為にすら、すがり付きたくなる。


『僕だって、そうだ』と、その一言すら返せないでいるのに。


「ねぇ、市田」


「うん」


「あたし、覚悟してるんだ。市田はいつか、一人で行くだろうって。一人で進む道を選ぶだろうって」


 そんな一言に、横っ面を殴られたようだった。


今、まさに悩んでいることのひとつ。


ここ最近、自分の中でぐるぐると回り回って出せないでいる答え。


「……だから、あたしは大丈夫、多分。一人でもなんとか、なる」


 人一倍さみしがり屋のくせに、置いてきぼりにされるのを嫌うくせに、強がりを言う。


この大学に入ってからの数年間で、そんな彼女の事を知った。


なのに今、そんな強がりを言わせてしまったのは、僕のせいなんだろう。


 彼女ならば、佐伯なら、なんとかなるのは確かだろう。


たとえ、なんとかならなくても、彼らは手を貸してくれるだろう。


そもそも、彼女に瑕疵はなく、彼女は周囲に愛されている。


それが、彼女の築いてきた関係なのだから。


「だけど、市田が決めたら真っ先に話して」


 彼女がすぐ目の前に屈みこんで、僕の方へと手を伸ばす。


その細い、今にも薄暗闇に溶け込んでしまいそうな指が、大分短くなった煙草を摘まんだ。


そのまま、僕の手からそれを奪い、口をつける。


「何も知らせないままで、あたしを置いていかないで」


 そんな頼りない言葉が、煙と一緒に滲んだ。

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