*24 言い訳
『佐伯は今日はウチに泊める。だから心配すんな』
そう朝倉くんからメールが来たのは夜中の事だった。
生憎、その時僕はまだ大学の保田先生の教官室にいた。
だから、アパートに彼女がいないことにすら気付いていなかった。
『申し訳ない。佐伯を頼みます』
保田先生の目を盗んで短くそれだけメールを返した。
ここのところ、というか春頃からずっと、彼女の様子が芳しくないことには薄々気付いてはいた。
気付いてはいたのに、僕は何も出来なかった。
……いや、この場合、何もしなかったのと変わらないだろう。
ここのところ、帰りが夜中を過ぎるか、泊まり込みに近い状態で、彼女との時間がとれなかった。
……というのは、結局の所、言い訳にしかならない。
しようと思えば出来ない訳はない。
僕が面倒臭がっただけのこと。
今さらながらに思い知る。
僕も佐伯もバランスが悪い。
一人ならば自分にだけかまけていられるが、二人で暮らすなら今までのように自分のことだけにかまけている訳にはいかない。
だからと言って、二人だけの事にばかり構ってはいられない。
二人で暮らす以前に、僕らは学生なのだから。
やらなくちゃいけないことがある。
決して、中途半端には出来ない。
そのあたりのバランスを上手く計れない。
彼女は仕事に、恋愛に、没頭するならする。
ある意味では一途とも言える。
どちらも、なんて器用なマネは出来ない。
最初から解ってたハズじゃないか。
佐伯は元来、そういう奴だ。
考えに詰まれば篭るし、嫌な事があればすぐにキャパオーバーするし、そのくせ料理でさえ満足に出来ない。
そして僕もどちらかというとそうなんだろう。
今まで、割と器用な方だと思っていたのだけど。
「……保田先生、」
「……何?」
モニターの向こうで同じくモニターを睨む保田美也子女史が、目線も合わせずに返事をする。
「……今更思うんですが、僕って不器用なんですかね」
「……ほんと、今更」
保田先生がやっとモニターから目を離し、こちらを見る。
銀縁の眼鏡の向こうの目は、『今更、何を馬鹿なことを』と口程に物を云う。
「市田が今、何に悩んでるのか当ててあげようか?」
「いや、いいです」
どうせキツイ事を言われるだけだ。
今、この口さがない研究者に言われるのだけは精神的に良くない。
「……いいですって」
保田先生が不満そうに唇を尖らせる。
そうか、言いたいのか。
「……市田は元々器用じゃないんだから、同棲してるって聞いた時は大丈夫か!? とは思った」
……いや、まぁ、知ってるだろうとは思ってましたけど。
「ってか、上手くやれよ。佐伯の調子が良くないのもそれなんでしょ? どうせ。時間がない? すれ違いの生活だ? その上、不器用だから? そんなのはただの言い訳だから。努力しないでダメになるのを他人のせいにするなよ」
……あ~、やっぱりキツイ。
グサグサと刺さるほどに棘を孕んだ言葉。
何か間違ってる、とは思っても、言わせない程の勢いに返す言葉も思い付かない。
ってか、無理。
口で勝てる訳もない。
「とゆー訳で私が思う事は終わり。解ったら手ぇ動かす! 仕事する! プライベートは仕事が終わってから!」
話は終わった、とばかりに再びモニターに向かう保田先生。
喋らなければ美人で、あまり背は高くなくてスタイルも良い。
男子学生にも憧れる者はいる。
だが、喋るだけで人気ががた落ちすると定評のある(むしろ女子学生には評判が上がるらしいが)保田先生。
先までの話は既に終わった事、と仕事に打ち込む姿はかえって清々しいくらいで。
僕もモニターに視線を戻し、キーボードに指を滑らせる。
グルグルと頭の中を回る差し当たっての僕の問題は、そこから追いやって。
今は目の前の箱に集中する。




