*22 不器用
「狭いけどその辺てきとーに座って。コーヒー、飲めるよな?」
「あ、ありがと」
そう答えながら、とりあえずこの部屋唯一の大型家具のベッドの側に座る。
きちんとベッドメイクされたセミダブルのベッドの上にあったクッションを抱いて。
キッチンに立つ朝倉の背中を眺める。
コーヒーを入れる手つきも手慣れていて、普段は自炊をしているのがよくわかる。
ふと、ベッドの下が気になった。
正確には、ベッドの下に見える衣装ケースのような箱が気になった。
その衣装ケースの上にも何か詰まれている。
つい気になって、覗き込んだ途端、
「……って、ドコ漁ってるんだよ」
と、背後から呆れたような朝倉の声。
姿勢はそのままに顔だけそちらに向けると、心底呆れたように眉間にしわを寄せる朝倉がいた。
「ドコって、ベッドの下?」
「……それで? 何かあった?」
コトン、コトン。
朝倉の両手を塞いでいたマグカップがテーブルに置かれる。
「なんにも。アルバムと、この箱は?」
衣装ケースの上に置かれていたのは、埃にまみれ色褪せたアルバムだった。
「漫画の本が入ってる。読みたきゃ読め。……漫画読みに来たのか?」
なぁんだ。
エロ本でもあるかと期待してたのに。
そういえば、朝倉の部屋でそういった類の本は見かけたことがない。
それからいれてくれたコーヒーに口をつける。
マグカップの熱さが、冷えた指先をじんじんさせた。
同じようにコーヒーを啜る朝倉の姿に、つい口元が緩む。
「……なんだよ、いきなり」
「なんか昔みたいだなぁって。よく、こうやって純也にココア作って貰ったっけ」
「……そうだったっけな」
中学生の頃はよく朝倉の家に遊びに行っていた。
中学で出会った朝倉とは凄く気が合い、すぐに気のおけない友人の一人になった。
音楽や漫画の趣味、映画なんかの話をしてたっけ。
今と同じようにココアを飲みながら。
時には、彼の双子の妹達も交えて。
──今、思うと、あの頃のあたしは朝倉のことが好きだったんだなぁ。
朝倉にとってはただの友達の一人、だったのだろうけど。
「あんまり遊びに来るもんだから、うちの親父も妹らもてっきり付き合ってるんだと思ってたみたいだぜ?」
朝倉のお父さんは面白い人だった。
やたらと朝倉に絡みたがるし、仕事そっちのけで子供に混じって遊ぼうとする。
『是非、純也の嫁に』って何回言われたことか。
「おじさんね。今も元気?」
「今も元気だ。ピンピンしてる。殺しても死にそうにねえ」
凄く嫌そうに言う朝倉の表情に声を立てて笑ってしまう。
確かに、死にそうにないタイプ。
そんな流れに、あたしはつい口にしてしまう。
「あの頃ね、あたし、純也のこと好きだった。今だから言えるんだけど」
「あの頃はよく一緒にいたよね。ほら、夜中に皆で学校に忍び込んだりさ」
柴崎君達と中学校の敷地に忍び込んで遊んでたっけ。
そこまで言って思い出す。
プールの陰に二人で隠れた時の事を。
キスをしたことを。
朝倉の表情が苦々しさを含んで歪む。
触ってはいけない所だった?
──瞬間、あたしの唇は朝倉のそれに塞がれていた。
目の前一杯に朝倉の顔が。
体は逃げられないように抑えつけられていて。
息もつけないほどに求められる。
苦しい、と思った瞬間、唇が解放される。
ちゅ、というリップ音をたてて。
「……抵抗、しねぇの?」
前髪の向こうから恨めしそうな、苦しそうなその瞳に見上げられる。
抵抗なんて、考えなかった。
「しないってんなら、何するかわかんねぇけど」
「……いいの」
嫌じゃなかった。
それが答えだと、思った。
どうしてだろう。
「……よくねぇだろ。抵抗しろよ。俺は、アイツみてーに紳士じゃねぇから途中でなんてやめられねぇし」
「いいの。あたしが、そうしたいの」
アイツが誰を指してるのかは明らかで。
朝倉の短く切った髪に触れ、指を差し込む。
視線が絡み合う。
ほんとうにいいのか?と朝倉の瞳が言っているようだった。
「……ばぁか」
耳元でそう囁かれ、もう一度、唇を塞がれた。
今度はちゃんと目を閉じた。
が、唇が触れたのはその一度きりで。
おそるおそる目を開くと、朝倉はベッドに身を投げ出すように伏せていた。
俯せの状態のまま、顔をこちらに向ける。
目が合うと、ふっと目元が優しくなる。
「……何があったのかなんて聞かねぇけど、そんな状態で縋り付くな。もうちょっとで……」
「もうちょっとで?」
「……聞くなよ。あー、もう」
言いたい事のおおよその意味は解ってて聞いたあたしに、気付いてか、気付かないでか。
彼はごまかすように苦笑いし、あたしの髪をグシャグシャと不器用に撫でた。
ガシガシと力一杯撫でるその手は、いつもの双子のお兄ちゃんの不器用な手だった。




