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*20 思い出に出来ない

「狭いけどその辺てきとーに座って。コーヒー、飲めるよな?」

 

「あ、ありがと」

 

 部屋に通してすぐにやかんをコンロにかける。

 

佐伯の冷たい指先の感触を思い出しながら。

 

俺が握ってたくらいじゃたいして暖まらなかった。

 

どれだけ冷えてるんだ?

 

「……って、ドコ漁ってるんだよ」

 

「ドコって、ベッドの下?」

 

 ──一体、何を期待してるんだ?

 

床に四つん這いになってベッドの下を覗き込む彼女の姿に、脱力感を覚える。

 

「……それで?何かあった?」

 

「なんにも。アルバムと、この箱は?」

 

「漫画の本が入ってる。読みたきゃ読め。……漫画読みに来たのか?」

 

 人の部屋に入った途端、エロ本探す奴があるか。

 

というか、俺をなんだと思ってるんだ?

 

(そういう類の本がないとは言わないけど)

 

「ほらよ。まずは飲め」

 

 お湯を注ぐだけのインスタントのコーヒーのマグカップをテーブルに置いてやる。

 

「ん、ありがと」

 

「インスタントだけどな」

 

 しばらくの間、コーヒーを啜る音が響くだけで、妙な静寂に包まれる。

 

凄く、切り出しづらいのだ。

 

尋常じゃなさそうな様子の訳を聞きたくても、彼女は『聞いてくれるな』という雰囲気を纏う。

 

「……ふふ」

 

「……なんだよ、いきなり」

 

 両手で包むようにマグカップを持った彼女を見遣る。

 

黒髪に戻したらしい肩までの髪が、学生の頃のようにさらさらと揺れる。

 

「なんか昔みたいだなぁって。よく、こうやって純也にココア作って貰ったっけ」

 

「……そうだったっけな」

 

 中学の頃、よく佐伯はウチに来てた。

 

一緒に勉強しようだの、ビデオを見ようだの、お互いに理由をつけて。

 

 今、思うと、まるで付き合っている恋人のようだった。

 

お互い、恋愛感情はあったのだと、思う。

 

俺にとって佐伯は、初恋の相手で、初めて付き合ったような相手で、今でも好きな相手だ。

 

「あんまり遊びに来るもんだから、うちの親父も妹らもてっきり付き合ってるんだと思ってたみたいだぜ?」

 

 佐伯が家に来ると、代わる代わるお菓子なんかを差し入れしようとしてたっけ。

 

中でも一番うるさかったのは、親父だったりする。

 

「おじさんね。今も元気?」

 

「今も元気だ。ピンピンしてる。殺しても死にそうにねえ」

 

 俺の言い草に、声を上げて笑う。

 

だって、ほんとにそうだし。

 

つか、妹二人も家を出たおかげでうるせぇのなんの。

 

「あの頃ね、」

 

 ひとしきり笑った後で、佐伯が口を開く。

 

「うん?」

 

「あの頃ね、あたし、純也のこと好きだった。今だから言えるんだけど」

 

 ──反則だ。

 

現在進行形の俺にはかなり厳しい。

 

そんな俺の気持ちには気付かずに、彼女は笑う。

 

懐かしいね、と。

 

「ほんと、あの頃はよく一緒にいたよね。ほら、夜中に皆で学校に忍び込んだりさ」

 

 ──覚えてるさ。

 

夏休みの夜中に、柴崎達と中学校の敷地に忍び込んでかくれんぼなんかした。

 

隠れた先のプールの陰で、佐伯と二人息を潜めて隠れた。

 

その時、俺からキスをしたことなんか、

 

 ──忘れられる訳がないじゃないか。

 

俺と佐伯が一番近くにいた時のことなんか。

 

そんな簡単に懐かしいとか、言うなよ。

 

思い出に出来ないままの俺の気持ちを、思い出にしないで。

 

 言うよりも先に体は動いていた。

 

足は、間にあったテーブルを越えて。

 

腕は、彼女の体をベッドに縫いとめて。

 

()は、驚いて大きく見開いた彼女の瞳を映し。

 

唇は、思い出を語るそれを塞いだ。

 

 力に任せた肺の空気さえも奪うような、貪るような。

 

佐伯が抵抗しないのをいいことに一方的に交わす。

 

「……抵抗、しねぇの?」

 

 音を立てて離す。

 

その体は抑えつけたままで。

 

「しないってんなら、何するかわかんねぇけど」

 

 殴るというのなら、大人しく殴られるくらいの覚悟はしていた。

 

「……いいの」

 

「……よくねぇだろ。抵抗しろよ。俺は、アイツみてーに紳士じゃねぇから途中でなんてやめられねぇし」

 

 市田の澄ましたような表情の乏しい顔が思い浮かぶ。

 

好きだの愛してるだのなんて言葉は程遠そうなアイツを。

 

俺はアイツじゃないから、好きな女を自分のモノに出来るって時に途中で辞められる自信はない。

 

たとえ、泣かれたからって。

 

「いいの。あたしが、そうしたいの」

 

 そう言って真っ直ぐに俺を見上げる彼女の瞳に、彼女の真意は見えない。

 

だが、そう見上げられて我慢出来る奴はいるんだろうか。

 

きっと、俺はその馬鹿なんだろう。

 

「……ばぁか」

 

 そう囁いて、もう一度だけ、唇を塞ぐ。

 

触れるだけのキスをして、彼女を縫い止めていた手を離す。

 

 ベッドの上に体を投げ出す。

 

とてもじゃないが、今は真っ直ぐに顔を見るなんて出来そうにない。

 

「……何があったのかなんて聞かねぇけど、そんな状態で縋り付くな。もうちょっとで……」

 

「もうちょっとで?」

 

 佐伯の方は聞き返しながら、俺の顔を覗き込もうとする。

 

俺の気なんて解らずに。

 

「……聞くなよ。あー、もう」

 

 ほんと、ニブイんだかわざとなんだかわかんねー。

 

言わないとわかんねぇのかよ。

 

それともわからないフリなのか?

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