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19/45

*19 過ぎる過去

 その辺にあったジーパンにパーカーを身につけ、携帯と財布だけを手に駅に向かう。

 

心境は嬉しさ半分と不安半分。

 

佐伯には悪いと思うけど。

 

忠告してくれた鷹司にも。

 

 駅の改札前に着くとほぼ同時に、この路線最終の地下鉄が滑り込む。

 

改札を通る人の波の中に彼女の姿を探す。

 

なんだってこんなに人が多いのだろう。

 

彼女らしい姿を発見できないことに焦りだす。

 

 しばらく待って、キャスケットを目深に被った彼女が歩いて来るのが見えた。

 

垂らした肩までの黒髪と目深に被ったキャスケットで表情を隠した彼女に思わず声を掛ける。

 

「佐伯?」

 

 俺の呼びかけに弾けるように顔を上げる。

 

彼女の()は真っ赤で痛々しい。

 

その憔悴したような姿に思わず抱き締めた。

 

「あ、朝倉っ?」

 

 腕の中で佐伯が声を上げる。

 

そりゃそうだ。

 

いきなり抱き着かれてるんだから。

 

ってか、俺は変態か?

 

「わりぃ。なんとなく」

 

「朝倉はなんとなくで抱き着くの?まずいよ、それ」

 

 無理をしてるだろう佐伯の笑顔に、少しだけ、安心する。

 

「ハラは? 減ってねぇ?」

 

「大丈夫」

 

「じゃー、ウチいっか」

 

 ほらよ、と右手を出してやる。

 

出来るだけさりげなく。

 

自然に見えるように。

 

昔はよく繋いでたじゃないか。

 

何も気にすることはない。

 

 考えるように、躊躇(ためら)うように、戸惑うように、……誰かに遠慮するように。

 

俺にとっては結構な時間が経ってから、やっと彼女の左手が重ねられる。

 

冷たくて、細い。

 

こんな手だったろうか?

 

俺が大きくなったのに、まるで佐伯が小さくなったかのような錯覚。

 

「いくぞ。ってか、ウチ、マジで狭いけどいい?」

 

 大学に近いという利便性優先で借りた部屋の為、あまり広くはない。

 

「あたしこそ、ごめん。いきなり押しかけて」

 

「いや、いいんだ。それは」

 

 多分、きっと。

 

寝ていたとしても迎え入れていたし、迎えにも行っただろう。

 

 大学から2丁程しか離れていない、明らかにウチの大学の学生の為に建てられたのだろうアパート。

 

外装はかなり古いが、内装は手入れをきっちりしてあるからそんなに不便じゃない。

 

友人以外には実の妹くらいしか入れたことのない俺の城に佐伯を招き入れる。

 

「古いって言うなよ?」

 

「言わないよ。それより、今じゃあんまりない意匠……。モダンって言うの? 建築史は専攻じゃないしなぁ……」

 

「あぁ……、ちょっと変わってるだろ?」

 

 階段の明かり取りの色ガラスを嵌めたステンドグラスに目を止めた彼女をせっつく。

 

正直、アパートの他の連中には見付かりたくない。

 

ここは同じ大学のやつばっかり住んでるから。

 

「あ、ごめん。つい」

 

 見とれている間、俺が待っていたことに気付いたらしい。

 

「うん? いや、いいよ」

 

 狭い階段を上り、3階の俺の部屋へ。

 

「散らかってるけど、どうぞ」

 

「ありがと。お邪魔します。……何年振りかな、純也(すみや)の部屋に入るの」

 

「……いきなりだなぁ、オイ。中学以来じゃね?」

 

 昔のようにはしゃぐ佐伯。

 

痛々しい赤い目を隠すように。

 

そんな姿に、胸が痛い。

 

 昔みたいだね、なんて笑うな。

 

少なくとも俺には昔なんかじゃねぇ。

 

過去、なんて言うなよ。

 

 ──佐伯と俺にとっては、過ぎた時間に差があるらしい。

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