side Karen - Christmas Special
本編の約一年半後、香蓮視点のアフター・ストーリーです。
柔らかい光に包まれたのを感じた。
ん……朝、かな? 起きなきゃ~……。
でも、もうちょっとだけ。
だって、ふわふわしてて、ほわほわしてて。
すごく、気持ちいいんだもん。
目を開けるのがもったいない。
冬真っ只中。そして休日の朝。
できることなら、お布団にくるまってゆっくり眠ってたい。
翔だって、休日くらいは許してくれるよね?
私は寝返りを打って横を向いた。
その拍子に何かが腕に触れる。
うわぁ、あったかい。
その、腕に触れたものに顔を寄せる。
ぬくいー。しあわせー。
なんだろう、これ?
私はそれに身体ごと寄っていく。
んー、これ、結構大きいぞ? あれ、壁、かな? 壁まであったかい。
私はその壁におでこをくっつけた。
なんだか気持ちいい。
しばらくすると頭の後ろを包み込むように何かが触れた。そのまま髪を梳くようにして頭を撫でられる。
ん???
私は目を開けた。
なんか暗くてよく見えない。もぉ朝、だよね?
瞬きを何度かしているうちに、だんだん意識がはっきりしてきた。
そして、今の私にとっての頭上――窓のある方を見上げる。
そこにあったのは、窓じゃなくて、とっても優しい瞳。
「あ、起こしちまったか」
その声を聞いた瞬間、記憶が一気に戻ってきた。
そうだ、ここは私の家じゃないんだった。私、昨夜コイツ――浅倉――の家に泊まったんだっけ。
なんだか急に恥ずかしくなって、私は顔を下に向ける。その拍子におでこが再び浅倉の胸に当たった。
「香蓮、それ、逆効果」
そう言いながら浅倉は両腕で私の身体を包み込んだ。
付き合い始めて1年半。
その前を含めて考えると、もうどれだけ長い間浅倉と一緒にいたか知れないのに。
未だに私は、浅倉のことを名前で呼べないでいる。たまに「名前で呼んでくれねぇの?」とは言われるけど、ずーっと『浅倉』って呼んできた癖が全然抜けないんだよね。浅倉はとっくに私のことを『香蓮』って呼ぶようになってるのに。
そして未だに、ふとした瞬間あの優しい瞳を垣間見るたびに、私の身体は一瞬で火照る。熱くなる。
あーもう! いい加減に慣れなさいよ、私も!
だけど、わかってるんだ、自分でも。本当は、それを望んでるって。
頭のてっぺんに、柔らかいものが押し当てられた。
それが何なのかすぐに思い当たって、私はまた熱くなる。
あぁ、私。コイツには本当に弱いなぁ。
とりあえず顔を上げる。
「――おはよう」
私は微笑んだ。
「ん、おはよ。それと、メリークリスマス」
笑顔のまま浅倉が言った。
あ、そうか。今日、クリスマスだ。
「メリークリスマス」
浅倉と過ごす、2回目のクリスマス。
来年も、再来年も、一緒に過ごして行けるといいんだけど。
でも、そんなこと思ってるっていうのは、未だ私だけの秘密だ。男として今後のことを考えるといろいろと敏感なお年頃。下手に口にして浅倉の重荷にはなりたくない。
「あ、そうだ。実はね、プレゼント買ってあるんだ」
私は浅倉に背を向けて、ベッドの脇に置いておいた自分のバッグの中に手を伸ばす。
昨夜、朝一番にあげたくて、わざわざそこにバッグを置いておいたんだよね。
バッグの中を探っていると、首筋にまた柔らかい感触。
ひゃぁ!
私は一瞬硬直し、首を回して抗議の目を向けた。
でも浅倉はニヤリと笑ってるだけだ。
ダメだ、全然堪えてない。
おまけに「そんな無防備な姿を見せるお前が悪い」とか言うし。
もー……とは思いつつ、本気で怒れない。あぁ、相当参ってる、私。
ようやくプレゼントを探り当て、振り向いた。黒い包み紙に赤いリボンの巻かれた小さな箱。
はい、と渡すと、すぐさま「開けるよ?」と浅倉が言う。私は頷いた。
箱の中から出て来たのは、キーケース。今、浅倉が使ってるキーホルダーは、随分古くなっちゃってたから。
「うわ、マジで?」キーケースを見ながら浅倉は嬉しそうに笑った。「マジ嬉しいよ、香蓮。大事にするな」
「気に入ってくれた?」
「ったりまえだろ? そろそろ新しいのにしなきゃなって思ってたとこだし」
よかった。私まで嬉しくなる。
「あの、さ」
浅倉が言った。
浅倉が私から目を逸らしながら何か言うときは、ちょっと言いにくいことを告げるときだ。
何となく、その内容に予想がついた。
「なに? プレゼント用意してないとか? そんなの全然構わないよ?」
本当に、そんなこと全然構わないのに。
近くで仕事している分、普段浅倉がどれだけ忙しいかわかってるから。プレゼントなんて用意している暇、ないに決まってる。
「――違うっつーの。勝手に決めんな」
そう言う浅倉は、不貞腐れながらも、ほんのりと顔が赤い。
ん? じゃあ何だろう?
浅倉は、ベッドの脇にある棚の引き出しを開けた。
「本当はさ、今夜、飯食いに行くときに渡そうと思ってたんだよ」
私の前に突き出されたのは、私が浅倉にあげた箱よりも、さらに小さな箱。
あ、でも高さは私のよりもあるかな? 直方体に近い。
「今、開けてもいい?」
相変わらず私の方をまともに見てくれない浅倉に私は問う。
好きにしろ、という浅倉の言葉をオッケーだと捉えた私は、箱の包み紙を取り去った。
包まれていた箱の中から出て来たのは、青いベルベットに覆われた、ケース。
手が止まってしまう。
――これって……。
「開けねーの?」
浅倉の声がした。
見ると、また、あの優しい瞳をした浅倉の顔がそこにあった。
「お前が開けねーなら、オレが開ける」
浅倉は私からベルベットの小箱を取ると、蓋を上に開け、中に入っていたものを取りだす。
そして、私の左手を布団の中から出して、目の高さまで持ち上げると、そっと、その薬指に自分の手を滑らせた。
浅倉の手が去った後、私の左手に残ったのは。
大粒のダイヤモンドをあしらった、銀色の、指輪。
しばらくそれを見つめてしまう。
「まだ、わかんねぇの?」
浅倉はいつになく赤い顔で、私の様子を窺っていた。
ようやくその意味を悟り、私は両手で口元を覆う。
もしかして……来年や再来年だけじゃなくて、この先もずっと浅倉とクリスマスを迎えられるって言うこと……?
あ、ダメだ、私。泣く……。
私の目から溢れ出たものを、浅倉の指が拭う。
「お前なぁ……オレが何も言う前に泣くな」
「何もって?」
「だから、それの」
「それって?」
浅倉の手が、また私の頭を撫でる。
「お前なぁ……」
観念したようにため息をつくと、浅倉は私の両肩を持って身体を少し離した。
目と目が、しっかり合う。
「永野香蓮さん。オレと、結婚してください」
その瞳は、今までで一番優しくて。そして、真剣で。
ズルイなぁ……。その瞳は、反則だ。
「はい」
私は大きく一つ頷いた。
再び抱き寄せられる。キスの雨が降る。
きっと、一生忘れないクリスマスになる。
このエピソードはここで終わりとなります。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




