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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【番外編】 after episode 1
92/92

side Karen - Christmas Special

本編の約一年半後、香蓮視点のアフター・ストーリーです。

 


 柔らかい光に包まれたのを感じた。

 ん……朝、かな? 起きなきゃ~……。

 でも、もうちょっとだけ。

 だって、ふわふわしてて、ほわほわしてて。

 すごく、気持ちいいんだもん。

 目を開けるのがもったいない。


 冬真っ只中。そして休日の朝。

 できることなら、お布団にくるまってゆっくり眠ってたい。

 翔だって、休日くらいは許してくれるよね?


 私は寝返りを打って横を向いた。

 その拍子に何かが腕に触れる。

 うわぁ、あったかい。

 その、腕に触れたものに顔を寄せる。

 ぬくいー。しあわせー。

 なんだろう、これ?

 私はそれに身体ごと寄っていく。

 んー、これ、結構大きいぞ? あれ、壁、かな? 壁まであったかい。

 私はその壁におでこをくっつけた。

 なんだか気持ちいい。


 しばらくすると頭の後ろを包み込むように何かが触れた。そのまま髪を梳くようにして頭を撫でられる。

 ん???

 私は目を開けた。

 なんか暗くてよく見えない。もぉ朝、だよね?

 瞬きを何度かしているうちに、だんだん意識がはっきりしてきた。

 そして、今の私にとっての頭上――窓のある方を見上げる。

 そこにあったのは、窓じゃなくて、とっても優しい瞳。


「あ、起こしちまったか」


 その声を聞いた瞬間、記憶が一気に戻ってきた。

 そうだ、ここは私の家じゃないんだった。私、昨夜コイツ――浅倉――の家に泊まったんだっけ。

 なんだか急に恥ずかしくなって、私は顔を下に向ける。その拍子におでこが再び浅倉の胸に当たった。

「香蓮、それ、逆効果」

 そう言いながら浅倉は両腕で私の身体を包み込んだ。


 付き合い始めて1年半。

 その前を含めて考えると、もうどれだけ長い間浅倉と一緒にいたか知れないのに。

 未だに私は、浅倉のことを名前で呼べないでいる。たまに「名前で呼んでくれねぇの?」とは言われるけど、ずーっと『浅倉』って呼んできた癖が全然抜けないんだよね。浅倉はとっくに私のことを『香蓮』って呼ぶようになってるのに。

 そして未だに、ふとした瞬間あの優しい瞳を垣間見るたびに、私の身体は一瞬で火照る。熱くなる。

 あーもう! いい加減に慣れなさいよ、私も!

 だけど、わかってるんだ、自分でも。本当は、それを望んでるって。


 頭のてっぺんに、柔らかいものが押し当てられた。

 それが何なのかすぐに思い当たって、私はまた熱くなる。

 あぁ、私。コイツには本当に弱いなぁ。

 とりあえず顔を上げる。

「――おはよう」

 私は微笑んだ。

「ん、おはよ。それと、メリークリスマス」

 笑顔のまま浅倉が言った。

 あ、そうか。今日、クリスマスだ。

「メリークリスマス」

 浅倉と過ごす、2回目のクリスマス。

 来年も、再来年も、一緒に過ごして行けるといいんだけど。

 でも、そんなこと思ってるっていうのは、未だ私だけの秘密だ。男として今後のことを考えるといろいろと敏感なお年頃。下手に口にして浅倉の重荷にはなりたくない。

「あ、そうだ。実はね、プレゼント買ってあるんだ」

 私は浅倉に背を向けて、ベッドの脇に置いておいた自分のバッグの中に手を伸ばす。

 昨夜、朝一番にあげたくて、わざわざそこにバッグを置いておいたんだよね。

 バッグの中を探っていると、首筋にまた柔らかい感触。

 ひゃぁ!

 私は一瞬硬直し、首を回して抗議の目を向けた。

 でも浅倉はニヤリと笑ってるだけだ。

 ダメだ、全然堪えてない。

 おまけに「そんな無防備な姿を見せるお前が悪い」とか言うし。

 もー……とは思いつつ、本気で怒れない。あぁ、相当参ってる、私。

 ようやくプレゼントを探り当て、振り向いた。黒い包み紙に赤いリボンの巻かれた小さな箱。

 はい、と渡すと、すぐさま「開けるよ?」と浅倉が言う。私は頷いた。

 箱の中から出て来たのは、キーケース。今、浅倉が使ってるキーホルダーは、随分古くなっちゃってたから。

「うわ、マジで?」キーケースを見ながら浅倉は嬉しそうに笑った。「マジ嬉しいよ、香蓮。大事にするな」

「気に入ってくれた?」

「ったりまえだろ? そろそろ新しいのにしなきゃなって思ってたとこだし」

 よかった。私まで嬉しくなる。

「あの、さ」

 浅倉が言った。

 浅倉が私から目を逸らしながら何か言うときは、ちょっと言いにくいことを告げるときだ。

 何となく、その内容に予想がついた。

「なに? プレゼント用意してないとか? そんなの全然構わないよ?」

 本当に、そんなこと全然構わないのに。

 近くで仕事している分、普段浅倉がどれだけ忙しいかわかってるから。プレゼントなんて用意している暇、ないに決まってる。

「――違うっつーの。勝手に決めんな」

 そう言う浅倉は、不貞腐れながらも、ほんのりと顔が赤い。

 ん? じゃあ何だろう?

 浅倉は、ベッドの脇にある棚の引き出しを開けた。

「本当はさ、今夜、飯食いに行くときに渡そうと思ってたんだよ」

 私の前に突き出されたのは、私が浅倉にあげた箱よりも、さらに小さな箱。

 あ、でも高さは私のよりもあるかな? 直方体に近い。

「今、開けてもいい?」

 相変わらず私の方をまともに見てくれない浅倉に私は問う。

 好きにしろ、という浅倉の言葉をオッケーだと捉えた私は、箱の包み紙を取り去った。

 包まれていた箱の中から出て来たのは、青いベルベットに覆われた、ケース。

 手が止まってしまう。


 ――これって……。


「開けねーの?」

 浅倉の声がした。

 見ると、また、あの優しい瞳をした浅倉の顔がそこにあった。

「お前が開けねーなら、オレが開ける」

 浅倉は私からベルベットの小箱を取ると、蓋を上に開け、中に入っていたものを取りだす。

 そして、私の左手を布団の中から出して、目の高さまで持ち上げると、そっと、その薬指に自分の手を滑らせた。


 浅倉の手が去った後、私の左手に残ったのは。

 大粒のダイヤモンドをあしらった、銀色の、指輪。


 しばらくそれを見つめてしまう。

「まだ、わかんねぇの?」

 浅倉はいつになく赤い顔で、私の様子を窺っていた。

 ようやくその意味を悟り、私は両手で口元を覆う。


 もしかして……来年や再来年だけじゃなくて、この先もずっと浅倉とクリスマスを迎えられるって言うこと……?

 あ、ダメだ、私。泣く……。

 私の目から溢れ出たものを、浅倉の指が拭う。

「お前なぁ……オレが何も言う前に泣くな」

「何もって?」

「だから、それの」

「それって?」

 浅倉の手が、また私の頭を撫でる。

「お前なぁ……」

 観念したようにため息をつくと、浅倉は私の両肩を持って身体を少し離した。

 目と目が、しっかり合う。


「永野香蓮さん。オレと、結婚してください」


 その瞳は、今までで一番優しくて。そして、真剣で。

 ズルイなぁ……。その瞳は、反則だ。

「はい」

 私は大きく一つ頷いた。

 再び抱き寄せられる。キスの雨が降る。


 きっと、一生忘れないクリスマスになる。


 

このエピソードはここで終わりとなります。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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