-95- 貧富
貧しければ心の安らぎは無いのか? 豊かならば安らげるのか? と問えば、必ずしもそうではないことに皆さんも気づかれることでしょう。そうですっ! 人の安らぎは貧富に関係なく訪れるということです。
立岡と座間は小学生からの幼馴染だった。座間は何一つ不自由がない豊かな環境で育ったが、立岡は貧しい家庭で育てられた。欲しい物はお金さえ出せば手に入る座間は、自分の意志で世の中は動く…と錯覚して成人した。一方、貧しい環境で成人した立岡は、無い物を工夫して作ったり、大事に物を使うことを覚えた。立岡は無い物を作り出すと、充実した心の安らぎを得た。それに対して、何でも手に入る…という心の座間は、手に入って当然、という思い上がった生活をしていたから、お金を出しても手に入らない物があると、心に鬱屈した気分が漲り、安らげなかった。二人の心の持ちようには長年の間に大きな差異を生じていた。
老年になった二人は、久しぶりに再会した。座間は老いさらばえ、年齢より十年ばかり更けて見えたのに対し、立岡は溌溂としていて、逆に十年ばかり若く見えた。プラスマイナス、両者の間には二十年以上の差が生じていたのである。このことは、貧富が安らぎとは無縁であることを思い知らせる事実だった。
まあ、豊かに越したことはないのでしょうが、過ぎれば安らぎは遠退くようです。^^




