第5話 もう一つの依頼
翌朝。
宿のベッドから体を起こすと、ミンテがパタパタと駆け寄ってきた。
既に外行きの服に着替えており、後ろ髪の一つ結びが忙しなく揺れている。
「オルクさんオルクさん! これ!」
「なんだ朝っぱらから。お前は落ち着くことを知らねぇのか」
差し出された手には紙の束が握られている。
新聞の号外だ。わざわざ情報収集のために出掛けたのだろうか。
不用心だと思いながら文面に目を通す。
「――資産家エリバ死亡。誘拐など複数の事件に関与か。……なるほどな」
記事では、昨晩エリバ・ケルコペスが何者かに襲われて亡くなったことがセンセーショナルに報じられている。
彼は人身売買に関与しており、誘拐した被害者や不正な金品が屋敷地下に蓄えられていた。捕まっていた人は国軍によって解放され、余罪も含めて調査が進んでいるという。
エリバ殺害の実行犯はまだ分かっていない、という括りの文章を読み終えてひと息つく。
「やりましたね! セルピナさんもすぐに動いてくれたみたいで良かったです!」
「トリストリアの人間にしては、意外と律儀な女だ」
昨日、エリバの口から明かされた誘拐被害者や金品に関してはセルピナに一任した。
国の腐敗は国で落とし前をつけるべきだと考えたからだ。
その結果が一夜にして現れている。セルピナはトリストリア軍人だが、国そのものほど怠慢なわけではないらしい。
あるいは、この行動を以て俺の信頼を勝ち取ろうとしたのか。
「何を考えているのかは分からんが……」
「依頼主から報酬を貰ったら、いよいよセルピナさんのお話を受けるんですよね!」
ミンテが大きな目をキラキラさせて聞いてくる。
たしかに昨日の戦いは、セルピナの援護が無ければ危なかった。あれだけの働きをしてもらった以上、約束について真剣に考えるべきだろう。
おそらく報奨金に目が眩んでいるだけのミンテは置いといて、もう一度内容を精査しておくか。
「殺してほしい勇者がいる……だったか?」
それがどんな相手なのか、俺は知らない。
一般的に勇者は敬われる存在だ。女神アプナに選ばれ、世界を救うために戦ってくれる人間。
勿論現実は単純な話ではないので、彼らに恨みを持つ者もいる。
旅先でそういった人たちの依頼を受けてきたし、俺自身も勇者には特別な感情があった。
セルピナもそうなのか?
「依頼を受けるならきちんとこなすが、どうにも謎が多すぎる」
「まあまあオルクさん。何かを考えて頭を動かすには栄養が必要です。まずは昨日の任務達成を祝って、ご飯に行きましょうよ!」
「……お前、腹減ってるだけだろ」
言われてみれば、昨日の作戦終了後はすぐ宿に戻って寝た。ロクに食事もとっていない。
金の使い道として、飯はちょうど良いか。
「じゃ、報酬を受け取ったらエトールに行くぞ」
「えー? せっかく大きい額が入るんだからもっと良いお店に行きましょうよー」
「昨日の代金を払ってねぇぞ。踏み倒していいのか?」
「ぐぅ! そういえば、そうですね……」
セルピナとの一件で店を出たので、昨日の食事代は有耶無耶になっている。
俺はどうでもいいが、料金を払っていないことでミンテの良心が痛むのは分かり切っていた。後から気づいてガミガミ言われるのは勘弁願いたい。
渋々といった感じで了承した彼女を見て、俺は身支度を整え始めた。
◇
ダフネとその父親の下を訪ねて感謝の言葉と報酬を受け取った後、俺たちはエトールの席を囲んでいた。
人助けをして機嫌の良いミンテは、先ほどから口を閉じる気配がない。
「本当に、ダフネさんもお元気そうで安心しました!」
「元々、売り捌く予定の商品だったからな。傷がついちゃ価値が下がる」
「うへぇー……嫌な言い方ぁ」
聞くところによると、盗まれた金品については持ち主の把握が難しく返却が進んでいないそうだ。ダフネ一家の手元にも戻ってきていなかった。
おかげで報酬を支払うのも苦しそうだったが、そんなのは知ったことじゃない。契約どおり全額いただいた。娘の命を助けたんだし当然だろう。
おかげで懐事情はだいぶ改善され、飯も美味い。
俺はテーブルに並んだステーキを口に運んで咀嚼する。
「やっぱり戦いの後は肉に限る」
「オルクさん、そういうの気にしないですよね。あたしはエリバの死体が頭をよぎって、気分が悪いです……」
魚の煮付けにナイフを通しながら苦い顔をするミンテ。
それだって言ってしまえば動物の死体だと思うが、嫌悪の基準が分からん。
「人の死が苦手なら任務についてくるな」
「オルクさんと一緒にいるなら、避けては通れない道です。あたしも見慣れておかないと」
「慣れてどうすんだよ。別に未来永劫一緒にいるわけでもないし」
「未来……!? それって、遠回しに告白していますか!?」
「してねぇよ、ガキ」
「あー! またガキって言った!」
怒りながら魚にナイフを突き立てて、そのままガツガツと喰らうミンテ。元気そうで何より。
その後も運ばれてくる料理を片っ端から平らげていると、エトールの入り口にローブ姿の人影が現れた。
昨日の今日で、またしても招かれざる客に空気が張り詰める。
「あ、セルピナさーん! こっちですー!」
そんな周囲の視線を一切気にせず、ミンテが大きく手を振った。
招かれざる客ことセルピナは、相変わらず顔色一つ変えずこちらへ歩み寄ってくる。
「よう。エリバの件はご苦労だったな」
「勤めを果たしたまでです。問題ありません」
謙遜なのか素なのか、セルピナはあっさりと答えた。
そうは言っても、昨日の解散後すぐに軍を使って屋敷の捜索をしたはずだ。多忙だったのは間違いない。
疲れを見せない彼女に向けて、俺は席に座るよう促す。
「報酬の山分けは出来ないが、流石にあの働きでタダってのも悪い。此処は奢ってやる」
「いいのですか?」
「遠慮なんていらないですよー! その分オルクさんが働きますから!」
「まずは働いていないお前の飯を抜きにしたいんだが」
「えー。オルクさんの甲斐性なしー」
遠慮なしに料理を頬張るミンテ。その小さい体の何処に食べ物が消えているのか不思議だ。
セルピナにフォークとナイフを受け渡すと、困惑しながら食事を始めた。
俺たちが彼女を招き入れたことで、他の客も平静を取り戻そうとしている。チラチラ様子を伺われているのは仕方ないだろう。
「で、次はアンタの依頼についてだ」
「受けていただけるのですか?」
「戦いで世話になったのは事実だからな。約束は果たしてやる」
ふむ、と顎に手をあて考え事をするセルピナ。
受けると言っているのに何を悩む必要があるのか。様子を見ていると、彼女はおずおずと聞いてきた。
「少し遠回りをしても構いませんか?」
「遠回りもなにも、俺は何処の誰を相手にするのかすら知らないんだが」
「そうですね。対象を始末する前に、寄りたい場所があるのです」
始末する前に? つまり、別の任務ということか?
「なんだそれは。俺たちは何をすればいい?」
「トリストリアとの往復に際して、護衛をしていただけますか? その分の報奨金もお支払いします」
ますます分からない提案だ。
旅行なら対象の勇者を始末してからゆっくりやればいい。
そうでなくとも、彼女の戦闘力なら俺を護衛につける理由はなさそうだが。
話を聞いていたミンテが代わりに質問を投げかける。
「セルピナさん。その目的地は遠いのですか?」
「いえ。近隣の村ですので、往復でも数日といったところです」
「そこに行った後、今度こそターゲットを始末するのですね?」
「はい」
ひと通り質問をしてからミンテが俺の方を向く。力強く頷いたので、受けろという意味だろう。
近所の村に行って帰ってくるだけ。セルピナ本人の強さもあって道中に心配もない。実に簡単な任務だ。
そこにミンテのお墨付きが出たのなら、答えは一つしかない。
「まあいいか。報酬が貰えるならなんでも」
疑問は止まないが、こちらは根無し草。任務があるなら何処に行くのも自由だ。
俺が同意したのを聞き届けたセルピナが短く答える。
「助かります」
すると、ミンテが立ち上がって叫んだ。
「それじゃあ、出掛ける前に腹ごしらえですよ! マスター、追加注文ー!」
「まだ食うのかよ。金無くなるぞ」
「セルピナさんも食べてくださいね!」
「は、はい」
勢いに気圧された様子のセルピナだったが、やがてミンテの真似をするようにテーブルの食事を平らげ始める。
大食いな女性陣二人に若干引きつつ、俺は気を引き締めた。
不信感は拭えないが、後はなるようになれ。どうせこちらは失うものも無いのだから。
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