第4話 貴族暗殺計画
「……本当に来ると思うか?」
物陰に身を潜めながら問いかける。
トリストリア王国の城砦を出てすぐの森に待機して、既に一時間ほどが経過していた。
エリバの外出情報も確実ではないので空振りの可能性もある。
不安を抱える俺とは裏腹に、ミンテは気楽そうに返事をした。
「来ますよ。セルピナさんは作戦を実行すると約束しましたから」
「よくそこまで素直に信じられるな」
セルピナの提案した作戦は至ってシンプル。
郊外まで出掛けようとしているターゲットに接触し、偽の情報を伝える。
トリストリアの正門出入り口に不審な動きがあったため、外出する際は裏門を使うようにというものだ。
そして、裏門を警備する王国軍の人間にもあらかじめ情報を握らせておく。
エリバという重要人物が諸外国に向かうため、特別に通してやってほしいと。
こうしてエリバを乗せた馬車は、他に人目のない裏門におびき寄せられる。
「そう上手くいくかね」
欠伸を噛み殺し、裏門を見張る。
エリバの雇った警備兵は当初の予定どおり正門に集まっていた。裏門への誘導が成功すればエリバは孤立するが、情報操作だけで分断できるかは疑わしい。
そもそも、セルピナは裏門の兵士に命令を下せる立場なのか?
「というか、なんでミンテが此処にいる? 宿で待ってればいいだろ」
「何かあった時に一人だと困りますし、オルクさんの近くの方が安心です」
「そうかよ」
こちらとしては、ミンテが見つかって人質に取られたりすれば面倒なので帰ってほしいのだが。
どうせ言っても聞かないので、せめて話し相手として役立ってもらおう。
「もう一度聞くが、セルピナの言葉に嘘はないんだな?」
「そうですね。少なくとも、殺したい勇者がいてオルクさんに依頼しに来たのは本当でしょう」
断言するミンテ。
そこまで確固たる意志があるのに、何故セルピナは俺の任務を手伝って信用を得るなんて回りくどいことをするのか。
ターゲットを伝えてさっさと始末すればいいだけなので、行動の不可解さは拭えない。
暗殺対象を伏せなければならない事案。たとえば?
「セルピナの狙う勇者は、トリストリア王国の内部にいるのかもしれない」
「あり得る話ですね。国や権力が欲しい勇者は多いでしょうから」
国の関係者に相手がいるのなら、軍ではなく俺を頼るのに筋は通る。
俺にまで隠す理由にはなっていないが、情報漏洩を気にしているのかもしれない。
そもそも、この世界はおかしい。
女神の加護を受けし勇者なんて言えば希少な存在に聞こえるが、実際のところ勇者は増加の一途を辿っている。
おそらく女神アプナは、魔王を討ち倒せる者なら誰でもいいんだろう。だから能力を世界中にばら撒いている。
しかし、残念ながら敵の親玉に接触した者は一人もいない。
「勇者個人ならともかく、国と繋がっていると面倒な依頼だな」
「……良い勇者さんであってほしい、というのは子どもの考えでしょうか?」
ミンテが縋るような目でこちらを見る。
力を得た勇者たちは、最初こそ魔王討伐という自分の使命を信じて旅立つ。
しかし、人は時間が経つほど私利私欲に溺れる生き物だ。
周囲が自分を頼ってくる以上、その心理を利用したくなる。表向きの名声が増えれば、他者の政治的な動きや利権にも取り込まれる。
純粋なミンテには悪いが、俺がこれまでに出会った勇者はどれも腐り落ちていた。これは経験則だ。
「そもそも、お前も勇者に利用された側だろうが」
「うー。そうなんですけど」
彼女の過去にも勇者が絡んでいる。
俺は依頼の中でその勇者を始末し、結果としてミンテを拾う羽目になった。
「全員が悪い人じゃないでしょう? だってオルクさんは――」
「やめろ」
余計なことを言いそうだったので、ミンテを制した。
俺は依頼に応じて他人を始末する殺人鬼に過ぎない。彼女の言う「悪い人」に含まれる側の存在だ。
勝手に、ありもしない善意を汲み取ろうとしないでほしい。
ミンテがしゅんとして黙り込んだところで、裏門に動きがあった。
「来たか」
門が開き、馬車が橋を渡って城塞の外へ出てくる。
手綱を握る御者と、車内に兵士とエリバの姿を確認。他に護衛はいない。
セルピナの誘導が成功したのだろう。
「あれぐらいなら、簡単に終わりそうだな」
「オルクさん……」
か細い声で呟くミンテ。
「すぐ終わらせる。そこで待ってろ」
「はい。気をつけてください」
俺は敵に向けて走り出した。森を抜け、視界の広い草原へ躍り出る。
すぐさま異変に気づいた敵の兵士が二人、馬車を降りてきた。
戦力はこれだけか。
「お前たちに恨みはないが、これも任務なんでね」
言いながら、兵士の一人に向かって飛び込む。
鎧を着込んだ敵の動きは鈍間だった。抜き去った大剣を交え、力いっぱいに吹き飛ばしてやる。
地面を転がる兵士。
もう一人が背後から剣を振り被ってきたのも見逃さない。
咄嗟に跳躍して攻撃を躱す。
どうも洗練されていない動きだが、金で雇われた私兵ならこんなものかもしれない。
「拍子抜けだな」
相手の後ろに飛び込むと、俺はそのまま横薙ぎに剣を振るう。
金属の鎧に攻撃を受け止められるが、構わず力任せに振り切った。
骨の砕けるような異音がして、兵士が倒れ込む。敵はそれきり動かなくなった。
「き、貴様! 何者だ!」
残り一人。先ほど吹き飛ばした兵士が起き上がって叫ぶ。
「エリバ・ケルコペスを置いていけ。そうすればお前は見逃してやる」
「ふざけるな!」
兵士が怒号を響かせる。こんな状況でも忠誠心とやらはあるらしい。
俺も大剣を正面に向けて、男との間合いを図った。
「来るなら来いよ」
相手を挑発して行動を促してみる。
が、兵士は仕掛けてこない。ただじっと睨み合いを続けるばかり。
怖気づいているのか? それとも何か策が……。
「オルクさん! 馬車を!」
ミンテの叫び声が聞こえた。あのガキ、隠れていろと言ったのに。
だがその声で気づく。馬車にはエリバ本人以外にもう一人、馬を操る御者が残っていた。
「弓兵か!」
察した時には遅かった。
御者は既に弦から指を離し、こちらに矢が飛んできている。
抜かった、避けるのは間に合わない。なんとか受け止めるしか――
「――怒れる稲妻」
突然、目の前に閃光が迸った。矢が弾けて消え去る。
咄嗟の出来事に理解が及ばず、俺は慌てて周囲を確認した。
声の主は――セルピナだ。手にした杖をこちらに構え、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
剣を構えた兵士が叫んだ。
「貴様、先ほどの王国兵か!? 何をしている、賊の始末を手伝え!」
裏門に向かうよう伝令した際に彼女の顔を覚えていたのだろう。
セルピナは冷ややかな目で兵士を見ていた。月の光に照らされた彼女は、一層冷酷で力強く映る。
しなやかな動きで杖を振るい、兵士に向けて雷撃を轟かせた。
「裏切り者め!」
なんとか回避した兵士が、セルピナに向けて駆け出す。弓兵も援護射撃を撃ち込んでいた。
放たれた矢を踊るように避け、直撃しそうな攻撃を杖で弾いていく。並外れた動体視力と回避術だった。
余裕のある動きで、接近する兵士に雷撃を放つ。
「国の品位を乱す愚か者。消えなさい」
「ぐ、貴様ァ……っ!」
至近距離で稲妻を受けた兵士は、そのまま焼け落ちて絶命した。
馬車の弓兵が叫ぶ。
「う、うわぁぁぁあ!」
錯乱しながらも弓を構え、セルピナを狙う敵。
だが、俺の存在を忘れてもらっては困る。兵士の真横まで接近し、大剣を首元に押し当てた。
「逃げろと忠告はしたからな」
首を撥ねて相手を黙らせる。鮮血がこちらの鎧を汚して苦い顔をする。
護衛は殲滅完了。
荷台に残ったターゲットことエリバはというと、震えあがって涙を流している。
「た、頼む! 金ならやる、見逃してくれ!」
「その前に質問だ、エリバ。ダフネという少女を何処にやった?」
「ダフネ? 知らん!」
「そうか。じゃあ死んでもらう」
「待ってくれぇ! う、売り捌く予定の女は、全員屋敷の地下だ! その女もきっとそこにいる!」
ガタガタと震えるエリバ。
「巻き上げた金は?」
「それも全て屋敷で管理している! 許してくれ!」
「なるほど。よく分かった」
結局全部吐くのだから、情けないものだな。
俺の任務はあくまでもエリバの暗殺。質問はついでだ。得られた情報は後でどうとでもなる。
高値で売ることもできるが、使い道は後で考えるとして。
「後はあの世で、女神にでも詫びろ」
「ま、待っ――」
エリバの命乞いを無視して、俺は大剣で脳天をかち割った。
人だった肉塊から発せられる独特の臭気を受けて、思わず天を仰ぐ。
何度やっても、この感覚は慣れない。
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