第39話 迷いも分け合って
ザグレーン王国への道のりは、徒歩だと一週間ほど掛かる計算になっている。
馬車に乗り合わせた幸運もあり予定は前倒しできたが、それでもまだまだ先は長い。
御者のトクラは王国近隣の状況も鑑みて慎重に移動すべきだと提案し、いくつかの村を経由して宿を確保するルートを選択。野宿より良いだろうと俺たちも了承し、早速近場の村へ進路を切った。
ざっと見積もっても三、四日程度の旅になるだろう。
行動を決定して荷台の中でうとうとしていると、気づけば一日目の停留地であるシェオールの村へと辿り着いたのだった。
「本日はゆっくりとお休みください。明朝すぐに出発しますので、よろしくお願いします」
宿に着いてすぐにトクラはそう言い残し、休むという言葉に反して外へとスキップしていった。
道中の雑談で、彼は結構な酒豪であることが分かっている。
運転中は流石に素面だが、こうして宿に泊まれるタイミングでは必ず村の酒場に顔を出すのだとか。
楽しみがあるのは結構。ウキウキの彼を見送ってから部屋へと向かう。
「トクラさん、優しい方で良かったですね」
室内に入ると、ミンテがそんなことを言いながら俺用のベッドに腰かけた。
男女で別部屋を借りられたのだが、今は作戦会議も兼ねてこちらの部屋に集合している。
俺も近くの椅子に腰かけて、ホッと一息ついた。
「しかし、彼の話が本当ならばザグレーン王国の現状は芳しくありません」
壁にもたれかかり、腕を組んだ状態のセルピナがぴしゃりと告げる。
いきなり本題に入るつもりか。
案の定その言葉を聞いたミンテは、苦笑いと悲しみを綯い交ぜにした複雑な表情を見せている。
「お兄様の手紙には、国の苦境なんて一つも書いてなかったのに」
「ミンテを心配させまいという優しさでしょうか?」
「そう、なんですかね……?」
ネイロスが愛する妹のために事実を伝えなかった可能性は捨てきれない。
しかし魔物の増加や新しい勇者のことなど、何一つ知らせていなかったのには違和感が残る。
慎重というよりは隠蔽気質にすら感じるのは思い過ごしだろうか。
真意については計りかねるが、用心しておくべきだろう。
「俺はザグレーンに来た勇者ってのが引っ掛かる」
「その者に心当たりがあるのですか?」
「いや。勇者はすべからく警戒すべきってだけだ」
今のところ相手に関する情報は持っていない。
見目麗しい女性勇者というのがトクラの評だったが、流石にそれだけで思い当たる節はなかった。
それでもそいつは勇者だ。
自身の力に驕れる者は、常に何かを隠している。
「今度こそ良い勇者様かもしれませんよ」
「お前なあ」
相変わらず、勇者に対して希望的観測をするミンテ。
何度も裏切られてきたというのに、何故そこまで信じようとするのか。
女神信仰が篤いというザグレーン王国の教えに基づくのかもしれないが、少しは警戒してほしい。
「ともかく、ザグレーン王国は何かしらのピンチに陥っている。俺たちはそれを調査することになるが……」
改めてミンテの表情を確認。
彼女は俺の視線を受けて、力強く頷いた。
「大丈夫です。受け止めてみせます!」
「いえ。重要なのは見捨てる覚悟の方です」
精一杯の元気さで胸を張るミンテを、セルピナが制止する。
「王国が本当に危険ならば、私たちの手には負えないかもしれません。そんな時に、ミンテは諦める覚悟がありますか?」
「そ、そんな……!」
冷酷な発言に当惑するミンテ。
言い出しづらい話題を臆せずズバズバと告げるセルピナに驚いたが、嫌われ役を買って出てくれているのだと理解した。
故郷のピンチを見捨てる覚悟を持つ。
かなり重い話だが、俺もセルピナの意見に賛成だった。
「ミンテはザグレーン王国では故人扱いなのです。もしも国の危険が内政に絡む話ならば、あなたに関わる権利がないことを自覚しなければなりません」
セルピナの突きつける事実に、ミンテは閉口してしまった。
追い詰めるつもりはないが、俺も一言伝えておかなければならない。
「今すぐ結論を出す必要はないが、ザグレーン王国でお前がどうしたいのかはきちんと考えておいた方がいいぞ。半端な優しさは、逆に色々なものを傷つけるかもしれない」
押し黙ったままのミンテだが、俺の言葉には小さく頷いた。
静寂が部屋の中を包む。
「……さて。では食事にしましょうか」
閑話休題とばかりにセルピナが口を開いた。
トクラは一人で酒場に向かったが、俺たちも夕食は摂らないといけない。
「どうする? この村、市場とか食事処はあるのか?」
「はい。このようなものが売っていました」
俺の問いかけに応じ、荷物の中から次々に食べ物を取り出してくるセルピナ。
話の流れから察するに、この村で買える料理なんだろうが……。
「いつの間に買い物を」
「馬車が村に入った瞬間から良い匂いが漂っていたので、勝手に下車して買い漁りました」
「……いなくなってたのにも気づかなかったぞ」
たしかに俺は半分夢見心地だったが、それでも勝手に馬車から降りていれば気づきそうなものだ。
困惑する俺を放置して、セルピナは肉の香ばしい香りがする串を包み紙から取り出す。
「さあ、ミンテ。暗い話はやめて、これでも食べて元気を出してください」
「……はい」
俯きながらもしっかりと串を受け取り、もしゃもしゃと口に運ぶミンテ。
本人はいじけた態度を貫くつもりだったんだろうが、肉はかなり旨かったらしい。一瞬にして瞳に煌めきが戻る。
現金なやつだ。
「オルクも、むすっとした顔だと食事も楽しめませんよ」
「余計なお世話だ」
腹は減ったので夕食自体は歓迎だが、なんだか釈然としない。
よくもまあ暗い現実の話をした直後にのほほんと飯を食えるな、こいつらは。
不満はありつつも、セルピナが差し出してきた魚の塩焼き串に齧りつく。
「……いや、たしかに旨いな」
前言撤回。飯はたしかに楽しんだ方がよさそうだ。
「オルクさん。セルピナさん」
肉を噛みしめているミンテが、俺たちに声をかけてくる。
その表情はまだ暗さを残していたが、瞳の奥には強い光が感じられる気がした。
「あたし、まだまだ決められないことばかりです」
「仕方ない。まだガキだからな」
「なんでそこでガキって言うんですか、もー!」
真剣な態度のところを茶化してやると、ミンテはへにゃへにゃと顔を歪めた。
そのぐらい緩い方がお前らしいぞ、とは言ってやらない。
コホン、と咳払いして彼女は続ける。
「いざ決断しても間違うことがあるかもしれません」
「はい」
「なので、あたしが間違っていたら叱ってください。お二人がいてくれれば、あたしはきっと正しい道に向かえます」
なんだそれは。結局俺たち頼りなのか。
「自分のことだぞ。自分でどうにかすると宣言してほしかったがな」
「頑張りますけど! それぐらい、お二人を信じているって話です!」
「そうかよ」
決断力はないのに自信満々な彼女のおかしさに笑いつつ、俺はもうひと口魚を頬張る。
別に俺やセルピナが正しいわけでも、ミンテを導くような人間というわけでもない。
けれど、まあ。
こいつが俺の価値観と違うことをした時は、文句の一つぐらい言ってやってもいいかなとは思った。
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