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外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~  作者: 宮塚慶
2:王女ミンテと偽りの女神

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第36話 ザグレーンへ向けて

 ザグレーン王国は魔法教育によって発展してきた国だ。

 有名な魔術師を多数輩出しているところに一日(いちじつ)(ちょう)があるが、その実情はかなり厳しい。

 産業などの面で他国を上回る特徴がないため、政治的苦戦を強いられているのが主な原因だろう。

 田舎の小国が故に、有能な魔法使いが育っても他所へ出稼ぎに行くしか道がない。そうして他の国で教育を施せば、周辺諸国の魔法技術も盛んになる。

 とんでもない悪循環だ。


「実際、どんな国かはあまり分かってないんだよな」


 キュプリスを出る前に買っておいたドリンクを啜りながら、俺は何の気なしに感想を漏らす。甘ったるいお茶だが、意外と旨い。

 ザグレーンがイマイチ成長し切らない国ということは知っているが、これは他人から見た印象だ。

 実際に暮らしていた人間なら別の意見もあるだろう。

 案の定、出身であるミンテは自慢げに話し始めた。


「ザグレーンは魔法が有名ですが、そもそも女神様を信仰している宗教国家なんですよ」

「女神……。女神アプナですか?」

「はい!」


 疑問を挟んだセルピナに、満面の笑みで答えるミンテ。

 その返事に、俺とセルピナは揃って苦い顔をした。


「大丈夫なのか? 女神を信仰しているなら、俺たちはだいぶ背教者側だが」

「うーん。たしかにそうとも言えますが」


 この世界には女神アプナに魅入られた者たちがいる。

 それが――勇者。

 女神の加護を受け、世を混乱に陥れる魔王と戦う運命を定められた存在。

 勇者になった者は世界から丁重に扱われるが、その立場に胡坐をかいて道を誤る奴も多い。

 俺は勇者として目覚めたが、一方で堕落した勇者を粛清して周る暗殺者を生業としている。

 そしてセルピナも、勇者でありながら他の勇者へ反逆したお尋ね者だ。


「たとえオルクさんやセルピナさんであっても、女神の加護を受けた者である以上無下にはできません。それぐらい、ザグレーン王国の信仰心はあついんです」

「そうは言ってもだな……」


 こっちは、これまでに多くの勇者を始末してきた<死神オルク>だ。

 女神の加護を受けた人間が、他の勇者を殺している。この場合ザグレーン王国はどちらの行いを正しいと見るのだろうか。


「俺もセルピナも名が知れてる。勇者を信仰してくれるとはいえ、公に名乗るわけにはいかないだろ」

「それは、あたしもですけど……」


 ミンテが寂しそうに言う。

 そうだった。彼女はザグレーン王国の元第二王女。それもかなりの訳ありで、俺やセルピナよりも名乗り難い立場にいる。

 セルピナが問いかけた。


「ミンテは、完全に死んだ人間扱いなのですか?」

「遺体が見つかっていないので、扱いとしては行方不明者みたいです。ただ婚約相手である勇者クリーズが亡くなっていたのもあって、一緒に弔いの儀が行われたとか」


 一縷の望みをかけて捜索活動は続けられているが、葬儀も行われて公には死んだことになっている。

 これがミンテのややこしい立ち位置だ。


「……今からでも、戻ろうと思えば戻れるんだよな。ミンテは」


 万が一本人が生存していた場合について、王国は考えているだろう。捜索を続けているのがその証拠だ。

 だからこそ今でも考えてしまう。

 ミンテは俺との旅に同伴して幸せなのか?

 俺は復讐を目的とした血生臭い旅をしてきた。その復讐が果たされた今でも、一度手を染めた人間に他の生き方はないと思っている。

 ミンテはそんな俺の行いから逃げないと言って戦場へついてくる。人の死を目の当たりにし、時には本人も危険な目に遭った。

 平和に生きられたはずの少女を巻き込んだ罪悪感は今でもある。

 だが。


「もー! オルクさんってば、またそんなこと言って!」


 本人は、頬を膨らませて子どもっぽく怒ってみせる。


「あたしは、政治に利用されて好きでもない人と結婚するより、今の方がずっと幸せなんです! オルクさんやセルピナさんとも一緒にいられますからね」

「……ああ。分かってるよ」


 ミンテは常々こう言っているので、俺の考えはただの杞憂でしかない。

 理解はしているんだが、悩むことは止められないのだ。


「弔いの儀が行われた以上、王国でのあたしは死人です。ネイロスお兄様がそうまでして逃がしてくれたんですから、戻る理由はないですよ」

「ネイロス。第二王子ですか」


 セルピナがその名を聞いて頷く。

 ネイロスはミンテの兄であるザグレーン王国第二王子だ。

 父であるザグレーン王が彼女を政略結婚に利用したことを不憫に思い、独自に婚約相手である勇者クリーズを調査していた人物。

 その結果、クリーズの悪事を知って俺に暗殺依頼を出してきた。ミンテを逃がしてほしいという申し添えまでつけて。

 たしかにそうまでしてくれた人間がいる中、王国に戻るのは気が引けそうだ。


「お兄様とは今でも時折お手紙のやりとりをしているので、国内であたしがどう扱われているかも分かるわけです!」

「俺たちは一つの村に長く滞在することが少ないから、向こうからの手紙は滅多に来ないけどな」

「ふふーん。どこかのおバカ暗殺者さんが大怪我してくれたおかげで、キュプリスではお返事が届きましたよ」

「誰がバカ暗殺者だ、おい」


 ミンテがネイロスとやりとりをしているのは知っていたが、直近で連絡をもらっていたのは初耳だ。

 そもそも、入院中にミンテとセルピナが何をしていたのかイマイチ把握していない。

 こちらはずっと病室で退屈をしていただけ。

 リハビリで体を動かす時以外はほとんど寝ていたも同然だった。


「で、その手紙には何か書いてあったのか?」

「それが、特に王国の情勢については書かれてなかったんですよね。お兄様の近況も、当たり障りのないものでした」


 顎に手を当てて、不思議そうな顔で思案するミンテ。

 セルピナも自身の疑問を口にする。


「であれば、こうして高額報酬の依頼がザグレーン王国周りで増えているのは疑問ですね」


 ミンテが今回の旅を強行したのは、そうした不安もあったわけだ。

 実際、ミンテが持ってきた依頼はどれも一筋縄ではいかない強力な魔物の討伐要請ばかり。

 とても平和な国のものとは思えなかった。


「そもそも、ザグレーン王国ってのはどのぐらい魔物に対抗できるんだ?」


 冒険者に頼らないとやっていけないほど貧弱なら、色々と問題があるだろう。


「王家の人間は、あたし以外みんな魔法に長けているんです。お兄様やお姉様の指導の甲斐もあって、魔法の兵力育成はかなりのものなんですが……」


 ミンテが口籠る。

 彼女にとって兄や姉は尊敬できる人物のようだが、内情はそれほど芳しくなさそうだ。


「お兄様たちが教育に力を入れるまではかなり貧弱な軍隊でした。今でも万全とは言い難いと思います」

「なるほどな」


 そりゃあ、心配も絶えないことだろう。

 セルピナが慰めるように申し添える。


「私はランパス峠の戦いに参加しましたが、ザグレーン王国の魔術師は優秀でしたよ」

「セルピナさん……! ありがとうございます!」


 彼女のフォローに顔を明るくして、腕にギュッと抱き着くミンテ。それを満足そうに見守るセルピナ。

 どうやら、彼女らは俺が入院している間にすっかり仲良くなったようだ。

 それよりも、気になる話が出てきた。


「セルピナは、ザグレーン王国の奴らと一緒に戦ったことがあるのか?」

「はい。三年前に大規模な魔物との戦いがあり、救援要請を受けた複数の友好国がザグレーン軍に手を貸しました」


 なるほど。ミンテ以外に、セルピナも多少は軍の内情を知っていそうだ。

 二人がいるならば、ザグレーン王国について詳しく調べられるかもしれない。


「国に着いたら、今どうなっているのか調べてみるか」


 あまり強くないらしい軍隊と、冒険者に頼らざるを得ないほど魔物の出現が増加している現状。

 ザグレーン王国に何が起きているのか、個人的に興味がある。

 と、俺の言葉にミンテが驚愕した。


「なんだ?」

「オルクさん……! 依頼でもないのに、ザグレーンのことを調べてくれるんですか!?」

「ん? ああ。依頼が増加しているなら良い食い扶持になるかもしれないし……って、なんでそんな嬉しそうなんだよ」


 ニコニコしながら、先ほどセルピナにしたのと同じように俺の腕をがっしりと掴んでくるミンテ。

 そのまま云々頷いた。


「分かってます分かってます! あたしのためですよね、これは愛ですよ! 愛!」

「ちげぇよ」

「ふふーん! 照れなくてもいいですよー」


 何かを自己解決している。絶対に分かってない。

 そのままミンテ、俺が手にしていた飲み物を勝手に啜り、中に入っていた黒い団子のようなものをもちゃもちゃと食べ始めた。

 勝手に飲むな。


「……なるほど」


 隣でセルピナが謎の関心を見せている。


「何に納得したのか知らんが、たぶん違うぞ」

「そうですか。……愛ですね」


 こいつら、誰も話を聞かない。

 我がパーティの女子二人は、どうにも勝手に納得してしまう性質らしい。

 厄介な奴らを拾ってしまった、と改めて俺はげんなりした。

読んでいただいてありがとうございます!

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