第2話 王国の女魔導士
表世界から追放された者にも、その後の人生がある。
酒場・エトールは、そんな外れ者たちが辿り着く限界集落の中にあった。
「オルクさん、そろそろ決めませんか?」
「ん? ああ」
テーブルを囲む同行者――ミンテが、卓上に置かれた書面を指さして問いかけてくる。
ハーフアップの髪は後ろで一つ括りになっていて、テーブルを叩くたびにぴょこぴょこ揺れていた。幼い顔で精一杯険しくこちらを睨んでいる。まったく怖くない。
正直、判断が面倒くさい内容なので真面目に聞いていなかった。
俺の態度を察して、彼女は頬を膨ませる。
「もう! またボーッとしていましたね!?」
「別にいいだろ。急ぐもんじゃねぇし」
「急ぎます! 急いでるんです! 路銀が尽きる前に次の依頼を決めないと!」
「あのなあ。金が尽きそうなのは、お前のせいで食費が嵩んでるからだろうが。嫌なら働きやがれ、この穀潰し」
「ぐぅ! 痛いところを突いてきますね……」
悔しそうに歯噛みするミンテ。
訳あって旅先で拾ったこの少女だが、今のところ何の役にも立っていない。
非力なミンテでは冒険者稼業も手伝えず、その癖見た目からは信じられないほどよく食べる。無駄飯食いだ。
それでも同行を拒否しなかったのは、彼女の持つ特技に使い道があると思ったからなんだが……。
こうも口うるさいなら置いてくればよかった。
「最悪、お前を敵に売りさばいて金にする」
「最低ですオルクさん! そんな思ってもないことを!」
「うるせぇ! とにかく、ガキが金のことに口出しすんじゃねぇ!」
「ガキ!? ガキって言いました!?」
「聞こえなかったなら何度でも言ってやるよ、ガキ! クソガキ!」
「クーソーガーキー!? 大人げないです、この貧乏冒険者!」
ここ数日はずっとこんな調子だ。
ミンテが勝手に金の管理を始めて以来、財布を見てはガミガミと説教を垂れてくる。
そのたびに俺が言い返して、下らない口論を繰り広げるのだ。
できれば目立つ行動は避けたいのだが、お喋りな彼女に慎ましい生き方はできそうにない。
唯一助かるのは、エトールが非常に騒がしい酒場で俺たちも浮かないことぐらいだった。
しかし。
「失礼します」
そんなエトールの空気が不意に一変した。
凛とした女の声。周囲が一斉に顔をあげ、口論中の俺たちも思わず視線を向ける。
酒場の入り口にローブを着た魔導士が立っていた。黒の布地に金色の刺繍が施された、この場に似つかわしくない上等な装い。
流れ者は皆兄弟と言わんばかりのエトールだが、相手が富裕層とあれば話は別だ。
ひりついた空気が辺りを包む。
「なんだ姉ちゃん? 此処は貴族様の来るところじゃねぇぜ?」
見るからに荒くれ者といった風体の客が詰め寄っていく。
俺たちの席からだとフードに隠れた顔は確認できないが、彼女は意に介さない口調で話を続けた。
「人を探しているのですが、どちらに伺えばよろしいでしょうか?」
「あぁ!? 聞いてなかったのかこのアマ! 国の犬どもに話すことなんかねぇっつってんだよ!」
短気な男が声を荒らげる。激しい罵声に、無関係なミンテがビクッと震えた。
それでも女魔導士は退かない。肝が据わっているのか、状況を理解していない愚か者か。
案の定、短気な男はその態度に逆上した。
「すっこんでろや!」
言うや否や、斧を振りかぶる男。
身構える間もなくその刃が振り下ろされ――なかった。
「ぐがァ!?」
気づけば、男が店の奥に吹き飛ばされている。机を薙ぎ倒し、壁に全身をぶつけて白目を剥いていた。
今のは魔法か?
発動前の予備動作も、呪文の詠唱も全く確認できなかった。それだけで手練れであることが分かる。
酒場全体の警戒色が強まる。
魔導士はカウンターに向かっていき、エトールのマスターに頭を下げた。
「騒ぎ立ててしまい申し訳ありません」
「……お前さん、王国軍の人間か?」
よく見ると、ローブの刺繍はトリストリアの国章を象ったものになっている。
王国軍。つまりは軍人らしい。
「トリストリア王国軍所属。セルピナ・リベイラと申します」
所属が分かり、周囲がざわめく。
トリストリアは流れ者を食い物にしている国だ。
普段はこの下層集落を無法の地として放置しているくせに、時折見せしめとして住民に危害を加える。
金品の巻き上げ。人身売買。無意味な殺害。悪逆な行為は枚挙に暇がない。
「国から手出しはありません。ある冒険者を探しに来ただけですので」
「申し訳ないが、うちは何でも屋じゃない。人探しなら他を当たってくれ」
穏やかな語調のマスターも、表情から不信感が漏れ出ている。
このまま騒ぎになられると居心地が悪い。俺はミンテに声をかけた。
「面倒事になる前に店を出るぞ」
「え? でもまだ御代を払ってないですし……」
「次来る時でいいだろ」
「駄目ですよそんなの!」
無銭飲食も日常茶飯事な流浪人の酒場だ、大して咎められないだろう。
しかし良い子ちゃんのミンテは後ろめたそうにしている。
こちらが話している間にも、セルピナとマスターの会話は進んでいった。
「此処に来ているという噂を耳にしたのです」
「何を言われようと情報は渡せない。客の話なら尚更だ」
「こちらも訳あって引くことはできないのです。少しでいいので話を聞いていただけませんか?」
「トリストリアに表立って協力するのは、この酒場の信用に関わる。分かってくれ」
「お願いします。冒険者――オルク・フェブルスが来ていると聞いたのです」
その言葉で、また酒場の空気が変わった。
マスターと客たちが揃ってこちらを一瞥する。どうやら聞き間違いではなさそうだ。
立ち上がろうとしていた腰を下ろして、再びミンテと向き合う。
「……言ったよな?」
「えーっと。そうですね……たしかにオルクさんのお名前が挙がったような……」
それでも無視してこの場を離れる選択肢はあっただろう。
だがセルピナは目ざとく周囲の反応に気づいた。まっすぐ俺たちの方へ近づいてくる。
「あなたがオルク・フェブルスですか?」
問われた。ということは、どうやら顔は割れていないらしい。
見たところセルピナは俺と変わらない、18歳ぐらいの女だ。軍属にしては随分と若い。
何にせよ面倒事には巻き込まれたくないので、しらばっくれてみる。
「さてな。俺が誰であろうと、軍の女に話すことは無いね」
荒くれやマスターへの対応と変わらず、セルピナは退く気がない。
「あなたの仕事について、話がしたいのです」
「仕事?」
「そうです。此処では話しにくい内容ですので、場所を変えませんか?」
完全に俺をオルクと断定して話してくる。面倒なやつだ。
それにしても、話の内容は少々引っ掛かる。
冒険者への依頼なら、ギルドに募集を出して他の腕利きを頼ればいい。
なんならトリストリアは巨大な都市国家だし、面倒事は軍の中で十分に片付けられるはず。
そんな中、わざわざオルク個人に宛てた話しにくい内容の仕事とは。
「アンタ、そのオルクって冒険者が何をしてる人間か分かってるのか?」
「はい。その力を必要とした、個人的な依頼があります」
「個人的? トリストリア軍は関係なく?」
頷くセルピナ。
名前を知られている以上、ただのホラ吹きではない。罠の可能性も否定はできないが……。
一応、同行者にも聞いてみるか。
「ミンテ。お前はどう思う?」
「うぇっ!? そのー……お話ぐらいは聞いてもいいかな、と思います」
「そうか。決まりだな」
お墨付きをいただいたので、俺は立ち上がった。セルピナと共に酒場を出る。
その後ろをミンテがおっかなびっくりついてきた。
しばらく歩いて人気がない路地裏まで辿り着くと、そこで彼女は周囲を伺いながらローブのフードを外した。
長い銀の髪が広がり、切れ長の目がこちらを向く。
「さて、聞かせてもらおうか。個人的な依頼ってのはなんだ?」
しんと静まり返る空気。ミンテがごくりと唾を呑み込む音が聞こえる。
たっぷりと間を置いてから、セルピナは口を開いた。
「――あなたに、殺してほしい勇者がいるのです」
読んでいただいてありがとうございます!
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★もよろしくお願いします。
感想コメントや誤字・脱字の報告、応援のポイントなどもお気軽にお待ちしています。
これからもよろしくお願いします!




