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外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~  作者: 宮塚慶


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第1話 プロローグ

「随分とくだらない生活だな」


 侮蔑の意味を込めて、俺は目の前の男に吐き捨てた。

 天蓋付きの華美なベッド。横の棚には花瓶が置かれ、ランプの灯かりがほのかに部屋を照らしている。

 さぞ贅沢な生活をしているんだろう。


「貴様、何者だ!?」


 困惑しながら声を荒げる男。

 部外者への常套句だが、何者かと問われて答える馬鹿はいない。

 質問を無視して俺は相手の名前を言い当ててやる。


「勇者クリーズだな」


 男――クリーズ・エルカイオスがビクッと震えた。


「俺を知っているのか?」

「当たり前だろ。ここはアンタの屋敷で、俺はアンタに会いに来たんだからな」


 クリーズは、ザグレーン王国と呼ばれるこの一帯を魔物から救った勇者様だ。

 短い金髪の爽やかな青年で、その容姿と人当たりの良さから民間人にも愛されている。

 近々、国の第二王女と結婚の予定がある果報者。

 ……表向きは。


「俺を狙った暗殺者というわけか」

「察しが良くて助かるぜ」


 クリーズが長剣を手に取る。

 就寝前で装備を整えていない彼だが、それでも愛用の剣は手近に置いていた。即座に臨戦態勢へ移行できる辺りは流石の才覚か。


「愚か者め。勇者がどういう存在か、知らないわけではないだろうに」


 声色が冷静さを取り戻す。

 自分が()()だという自信に満ち溢れている。俺のような暗殺者ごときに負けないという自信。

 その甘さが命取りになるというのに。

 俺も大剣を抜き放ち、正面から彼と対峙した。


「質問だ、勇者クリーズ。アンタ、恨みを買っている自覚はあるか?」


 意味のない質問だが、一応問いかけてみる。


「恨み? 些末な冒険者に妬まれることなんて日常茶飯事だ。どうせ貴様も嫉妬心に駆られた賊の一人だろう」


 提示されたのは凡庸な予想だった。

 たしかに勇者は特別な存在である。この世界では彼のような人間が敬われ、他の冒険者は指を咥えてその栄光を見ているだけ。

 これまでにも力のない者からの嫉妬を浴びてきたんだろう。

 しかし、俺の依頼主は冒険者じゃない。


「ハズレだ。他に心当たりは?」


 次の回答を待ってみたが、クリーズは答えない。思い浮かばなかったのか、お喋りは終わりだという合図か。

 ……どちらにしろ、こいつはハズレだろう。分かっている。

 俺も仕事に専念しよう。


「さて、死んでもらうぜ? 勇者様」


 宣言すると同時に、俺は一気に間合いを詰めた。

 大剣を振るって先制攻撃を仕掛けたが、クリーズは自身の剣でこちらの一撃を受け止める。


「おお、良い反応速度だな」


 感心したので褒めてやったが、相手は喜ばない。

 そのまま剣を跳ねのけたクリーズは、逆にこちらを刺突しようとしてくる。

 刃を避けて飛び退き、俺は一度距離をとった。

 相手の方がリーチの長い武器を使っている。懐に飛び込んで一撃を決めないと逆に危ない。


「流石に勇者相手だと一筋縄ではいかないか」

「ナメた真似を……!」


 睨みを利かせたクリーズが憤る。

 すると、彼は突然そっと目を閉じた。

 傍から見れば無防備な行動だが、俺はそれが何かを理解している。


「――氷結剣技(パイエトーナス)


 唱えたのは、勇者だけが持つ能力(スキル)。氷を操る秘技。

 勇者とは女神アプナによって加護を与えられた存在の総称だ。彼らの操る力は千差万別だが、そのどれもが常識を超えた効果を発揮する。

 クリーズから、冷気を纏った長剣が繰り出された。

 ガチッとぶつかる互いの刃。相手の力強い踏み込みに圧され、俺は一歩後ずさる。

 追い打ちをかけるように、クリーズは連続して剣を撃ち込んできた。

 じりじりとにじり寄られる感覚。


「チッ!」

「さっきまでの威勢はどうした、暗殺者!」


 吼えるクリーズ。

 曲がりなりにもザグレーン王国を救った英雄だけあって、実力は本物だ。

 だからこそ嘆かわしい。それほど秀でた才能があって、なぜこうも……。

 いや、恨み言を言っている場合ではない。


「その場に縛りつけてやる。貴様には雇い主を吐いてもらわねば!」


 そう告げると、クリーズは自身の体から凍える風を放出し始めた。

 手にした長剣からも冷気が溢れ、部屋中を凍結させていく。氷に覆われた床がミシミシと音を立てた。

 足を凍らせて動きを奪うつもりか。理に適っている行動だ。

 ……さて。


「じゃあ、ここからは俺の番だ」

「何?」


 相手を威圧する演出としてニヤりと笑ってみせる。

 驚いた様子のクリーズだが、ハッタリだと思ったのだろう。自身の能力(スキル)をさらに解放してきた。

 部屋に風が吹き荒れ、閉められた窓がガタガタと揺れる。家具に霜が降りて室温がぐんぐんと下がっていった。

 けれど、そこで気づいたらしい。

 奴の冷気が俺の体に一切届いていないことに。


「どういうことだ!?」


 凍った床が俺を避けるようにぽっかりと開いている。

 クリーズが目を見開いたので、俺は先ほど投げかけられた言葉をそのまま返してやった。


「さっきまでの威勢はどうした、だったか?」

「っ!」


 みるみるうちに能力(スキル)の出力が落ちていく。

 俺は受け止めていた敵の刃を押し返して、大剣を構え直した。


「女神の加護がついている人間はすぐにこれだ。驕り高ぶって、相手の実力を見誤る」


 驚愕したクリーズだったが、再び果敢に挑んでくる。

 能力(スキル)が無くても相手の一撃は重い。一発一発確実に受け止めて、隙を作らないように警戒する。

 懸命に戦う相手だが、流石に自分を律することができていない。太刀筋が甘くなっているのをはっきりと感じた。


「剣の腕だけ磨いていれば、こんな結果にならなかったと思うぜ? 勇者さんよ」

「黙れ!」


 クリーズが大きく振りかぶった剣を受け止め、鍔迫り合いになる。

 そこで俺は、懐に隠していた短剣を抜いた。

 がら空きになっていた相手の左脇腹を突き上げる。


「ガッ……あ……!」


 じっとりと赤く染まる服。力が緩んだところで相手の長剣を弾き飛ばした。

 恨めしそうにこちらを見るクリーズ。

 なおも追いすがろうと腕を伸ばして抵抗してきたので、その根性には感服するところだが。


「勇者クリーズ。第二王女との結婚を契機に、ザグレーン王国の実権を握ろうと画策していたな?」

「何故、それを……」


 急速に光が失われていく瞳で、俺を見つめるクリーズ。


「何故もクソもあるか。既に計画の邪魔になる人間を何人も始末していた癖に」


 だから、恨みを買っている自覚はあるかと聞いたんだがな。

 まあ、理解していたところで俺の依頼が消えるわけじゃないので、どうでもいいことだ。

 最後の力を振り絞り、俺に向けて凍える風をぶつけようとするクリーズ。

 その息吹が目の前で雲散していく。


「そうか……貴様、死神……」


 ようやく、俺が何者か気がついたらしい。

 死神。あまり好きじゃないが俺はたしかにそう呼ばれている。

 ようやく言い当てたところ悪いが、これから死ぬやつに答え合わせをしてやる義理はない。


「後はあの世で、女神にでも詫びろ」


 俺はそう言い残し、大剣を横薙ぎに振るった。

 クリーズの首が飛ぶ。

 温かい鮮血と生臭さを浴びて、俺は重たい息を吐いた。


 ――任務完了。

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