第11話 ロクザの村
翌朝。なんの脅威もなく、俺たちは目的地に辿り着いた。
……だが。
「これは……」
ロクザの村。
正確に言えば、かつてロクザの村だったであろう廃村というべきか。
目の前に広がっているのは、おそらく10年以上は放置されている、荒れ果てた土地だった。家々はどれも朽ちており、木材の腐敗も進んでいる。
自然の中でそうなったのか、あるいは戦火に呑まれたのか。見た目だけでは判断がつかなかった。
ミンテが不安そうにセルピナの顔を見上げる。
「セルピナさん……」
「大丈夫です」
彼女の表情に変化はない。悲しんでいるのか、冷静に見つめているのか。
俺はと言えば、この結果は想定内だった。道中に違和感がたくさんあったからだ。
初日こそ魔物と戦ったものの、以降は人にも魔物にもまったく出会わなかった。
それはつまり、生命が生きている気配がなかったということ。
他にも崩落したままの橋。氾濫した川。どれもがトリストリア王国からの導線になり得ない状態で放置されていた。
どれもが、ロクザの村に行く理由がないと物語っている。
そして何より最初の疑問点。
旅の目的地を聞いて、俺とミンテはピンと来なかった。王国からたった三日ほどの距離なのに、まったく知らない村の名前。
それも、この村がとっくの昔に滅んでいたとすれば説明がつく。
「どうする?」
極力感情を出さないように、俺はセルピナに問う。
「廃屋に何か残っているかもしれません。少し、探してみてもいいでしょうか」
「……ああ」
言うや否や、返事も待たず彼女は近くの家に踏み入っていった。
今は一人にした方がいいだろう。ミンテに声をかける。
「俺たちは別の家を見てみるか」
「そう、ですね……」
感受性が豊かなミンテは、セルピナ以上に落ち込んでいた。
お前が暗くなっても状況は好転しないぞ、とは思ったが口には出さないでおく。いくら普段明るいとはいえ、10歳の少女に気丈な振る舞いを求めるのは酷だろう。
俺とミンテが入った家には屋根もなく、雨ざらしになった家具がカビを育てていた。
「生活感が残っているのが、余計に悲しいです」
「そうだな」
あらゆる日用品がそのまま残されている。
夜逃げならまだいいが、この光景から良い推測は浮かばない。
「セルピナの出生について分かるもの……たとえば親が残した手記とか、そういうのがあればいいんだがな」
そんな都合の良いものが残っているとは思えないが。
それでもセルピナの気持ちを考えると、手がかりなしで終わるのは忍びなかった。
ミンテも同じ気持ちだろう、真剣な面持ちで家の中を見て回っている。
俺も無言のまま物色を始めた。
その数分後。ふとミンテが呟く。
「オルクさん、ロクザの村がこうなったのって何が原因なんでしょう?」
なんとなく、彼女の言いたいことに察しがついた。
だが、それは早計な考え方だと思って俺は答える。
「勇者の仕業だとは言い切れないぞ」
「……でも」
「分かっている。だからこそ何か証拠を探した方がいい」
ミンテはこくりと頷いた。
ロクザの村に何があったかは分からない。魔物の襲撃を予見して全員で逃げただけの可能性もある。
しかし、家に残された営みの形跡が違和感を募らせた。
まるで明日があると信じていた人々が、忽然と姿を消したような状況。
それは俺の記憶――故郷の最期に酷似したものだ。ミンテもそれに気づいたから確認したのだろう。
「勇者の仕業だったとしても、俺の復讐と相手が同じとは限らない」
「あたし、嫌です。村を見捨てる勇者が何人もいるなんて」
「それは諦めろ。勇者なんてそんなもんだ」
相変わらず、勇者の善性を信じているミンテに釘を刺す。
すると彼女はムッとした顔で抗議してきた。
「でも、オルクさんはあたしを救ってくれたじゃないですか」
またそれか。
エリバ暗殺前の会話でも、ミンテは俺を良いヤツに含めようとしてきた。
それはハッキリと否定しておかないといけない。
「俺は人殺しだ。お前を拾ったのは、勇者暗殺のついでに過ぎない」
「違います! いつでも捨て置けるのに、オルクさんはずっと一緒に旅を続けてくれています!」
「夢を見るのはやめろ、俺は善人なんかじゃない! 勇者を殺す力を得た時から、俺は多くの血を流してきた! 今更ガキのお守りをしたぐらいで許されるわけないだろうが!」
思わず怒鳴ってしまう。
俺は自分のために戦っている。ミンテのことだっていつでも見捨てられるし、俺自身も復讐を成し遂げた後に長らえるつもりはない。
こいつが勝手に守られているつもりになっているだけ。同行を拒否しないのは、持っている特技に使い道があると思っただけだ。
ミンテはさらに言い返そうと口を開くが、それは言葉にならず閉じられた。
立ち尽くす彼女を置いて、俺は家の物色を進める。
「勇者の仕業、ね……」
俺は自分の故郷にやってきた勇者を思い出していた。
名前も覚えていない朧げな記憶だが、たしかあいつは毒を操る能力を持っていた。
勇者なんて言いながら随分と薄暗い力を授かったんだな、と内心思ったのを覚えている。
村のみんなを喰らった魔物と、男が対峙した時に使った技。
敵の四肢が腐り落ち、断面がボコボコと泡を吹く光景。内部から相手を腐らせる恐ろしい能力だった。
「似ている、か?」
この家も、周囲の木材に腐食した跡がある。
経年劣化によるものかと思ったが、もしかすると……。
「いや。こんなところで因縁の相手に出会うなんて、都合の良い話があってたまるか」
この村を襲った相手が、俺の果たしたい復讐と同一人物なら話は早い。セルピナの因縁でもあるその勇者を始末するだけだ。
けれど、この惨状が勇者のものである証拠は何処にもない。
セルピナが依頼してきた、暗殺してほしい勇者がそいつかどうかも分からない。
すべては妄言に過ぎなかった。
「ミンテ」
「……なんですか」
しばらく家を見回った後、俺はミンテに声をかけた。
不機嫌そうにしているが知ったことではない。次の家を確認すべく、移動を促す。
渋々同意した彼女と共に、俺たちは他の家へと歩を進めた。
◇
何時間経っただろうか。
建物の残骸はひと通り見終え、俺とミンテは村の一番奥地に建てられた教会らしき場所に辿り着いていた。
比較的綺麗な状態で残されていたので期待したものの、その教会も仲は荒れ果てている。
散らばった椅子やキャンドルスタンドに目をやり、俺は残されていた長椅子に腰かけた。ミンテも同じ椅子の端に距離を空けて座る。
しばらくして、セルピナも建物に入ってきた。
「よう。何か見つかったか?」
こくりと頷くセルピナ。表情は変わらない。
手にはボロボロの手帳が握られている。まさか、本当に自身の過去を記した何かを見つけたのだろうか。
「それは?」
「誰かの日記です。かなり汚れていますが、最後のページに気になる記述がありました」
セルピナは日記を開いて、俺の前に示した。
「生まれた勇者を贄にするしかない、というものです」
日記は汚れと破れでほとんどが判別不可能な状態だったが、セルピナが指さした文言はハッキリ読み取れる。
勇者を贄にする。村には生贄を捧げるしきたりでもあったのだろうか。
それよりも。
「少なくとも、ロクザの村に勇者の子どもが誕生したのは事実だってことか」
「はい。それが私かは分かりませんが、可能性は充分あるかと」
「そうか? セルピナの能力は不死の再生力だ、生贄にするには向かないし、違和感がある」
贄、というのが何なのか不明だ。これだけでは判別できない。
しかし彼女は今の情報だけで出自について納得したらしい。日記を閉じ、俺をじっと見る。
「どうした?」
俺もその視線を受け止めた。
「旅は終わりです、オルク。あなたには次の任務を任せます」
「次? セルピナが最初に持ち掛けてきた、勇者を殺す依頼か?」
セルピナは首肯するも、そのまま沈黙した。
何かを言おうと逡巡しているのを感じ、こちらもただ返答を待つ。
やがてゆっくりと、彼女は自身の考えを言葉にした。
「あなたには勇者を――私を殺してもらいます」
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