5.過去と偽りpart2
「誰に言われたの。お城の人……?それとも侍女かしら?いいえ、友達……あるいは、令嬢達の噂の可能性もあるわね。」
えぇ、そんな真剣に考える必要、ある?
私のために怒ってくれるのは嬉しいけどさ。
王妃様、目が笑ってません。
威圧さえも感じてしまいますよ。
これ絶対に名前だしたら、その人、ただじゃ済まないよね?
「えっ…と。誰かは言えないんです。(というか、この世界にいないから、言ってもわからないと思うし。)」
「……あら、優しいわねぇ。犯人を庇うなんて。でも、それじゃあ、いつか自分の身を滅ぼしちゃうわよ?あなたは公爵令嬢として生をなしたんだから、時には率先して、物事を決めていかなくちゃならないことだってあるの。貴族というのは、国民の見本となることが大切な役割なんだから。悪事を見逃していると、他も真似してしまうわよ。これくらいなら大丈夫なんだって。それが回りに回って、自分に帰ってきちゃうのよ?」
うっ、わかってるよ、そんなこと。
でも、わかっててもできないだもん。
私の手に力が入るのがわかった。
ギュッと手を握りしめて、どうしようもない怒りの行き場をつくる。
もう会えない人達に、何を言えっていうの?
自分で対処できないほどに、その頃は幼かったの!
本当は悔しいよ?
どうにかしたかったんだよ。
苦しかった。
誰かに助けて欲しかった。
今からどうこうできる問題じゃないけど。
「私、優しくなんてないですよ。だって、やられたら、その分やり返さないと気が済まないし、いつも自分優先にしちゃうし……。それに、他の人ができてないと、イライラもしちゃうんです。他人のことで、心配して助けてあげられるほど、お人好しでもないですし。ただ、自分勝手で、わがままで……だからっ、いっつも周りに迷惑かけちゃうんです。それがわかってたから、自分の気持ちを押し殺してまで周りに合わせて……結構、空回りするんです。そしたら、やっぱり前の自分のほうがいいって、思って……でも、習慣はなかなか直らなくて、“いい子”を演じてしまうんで す。家族の前でしか、自分らしくできなくて……。今までの努力って、なんだったんだろ うなって、結局後悔して。……そんな時、や り直すチャンスが訪れたんです。もう一度、 生まれ変わるチャンスが。私としては、それ に乗っかるしかないじゃないですか。でも、 気がついたら、また、同じことの繰り返しを してしまいそうで……怖くなったんです。」
そこでいったん区切り、私は息をついた。
「不安でいっぱいだった時、アルとの初顔合わせがあったんです。それが、やり直すための最初のきっかけだったんです。アルの最初の印象は仮面を被っていて、昔の私みたいだって、思いました。この人も、周りに流されてるんだなって。でも……王妃様を助けるために、わらにもすがる思いで私に頼む姿を見たら、なんだか馬鹿らしくなったんです、今までの私の考え方に。だって、世の中には、こんなに誰かを大切に思って、こんなにも必死になる人もいるんですよ?……そしたら、周りに相談してもよかったんだって、胸のモヤモヤが晴れてくみたいにスカッとしたんです。私も、こんな風に助けを求てよかったんだって、思えたんです。周りに合わせてても、何にもならない。『助けて』って、言えばよかったんです。自分を押し殺してまで合わせるなんておかしい。だったら、自分らしく生きようって……、アルを見て、そう思えたんです。だから、私、過去のことはもうどうすることもできないけど、今からでも…前を向いて生きていこうって、思えたんです。なのでこれから、公爵家の令嬢として、頑張っていくつもりです!許す……とかじゃないけど、私のこと悪くいった人は、見返してやるんだって気持ちでこれからのエネルギーに変えようかなって。だから、言いませんっ!!」
そう、殿下を見た時に一番に感じたのは、 表面上だけで“王子様”をやっていて、自分で は気づいてないかもしれないけど、周りの目を気にして、王子としてふさわしい在り方でいるんだ、ということ。
それが、目立たないために周りに合わせて生きている、私と似てるなって思ったんだ。
だから、それがうまくいかないんだってことを教えようと思ったのに……私なんかより も、ずっと、そのことをわかってるみたいだった。
それが悔しくて、ちょっと意地悪しちゃっ たけど……。 殿下は、この国の王様にふさわしい人間だよ。
乙女ゲームじゃ描かれない、以外な一面を知ることができたから、そう言える。
「ちょっ…と、ソフィ!それじゃあ、最初っから気づいていたんですか?その、私の性格……に。」
殿下は私の話を聞いて、慌てたように問いかけた。
「えー?そうに決まってるじゃないですか。アルは、分かり易すぎるんですよ。私が作り笑いしただけで、笑顔が引きつってしまうんですから。バレバレでしたよ?」
私はちょっと悪ノリして返す。
「……っ。珍しかったんですよ!あんな反応をするのは、ソフィくらいですからっ。……それに、私だって今までの経験があるんですよ?すぐに気づかれてしまうような、そんなヤボはしません。だから、途中から手私の側近に気づいたあたりからだと……」
あー、あの茂みにいた人は、殿下の側近だったんだね!
協力してもらってたんだ。
側近さんも大変だなぁ。
変な役目押し付けられて。
「確かに。アルって、イケメンですしね。見た目だけで惚れられてアタックされるのも別に不思議なことじゃ……って、えっ、どうしたんですか?顔、真っ赤ですよ。」
私の話を聞いていた殿下が、頰を染め、隠すようにして口元を手で覆っていた。
どうしたのかな?……風邪?
いや、さっきまで平気そうだったし……
殿下は、うつむいて、何かをこらえているようだった。
「それ、本当ですか?」
かと思えば、覚悟を決めたように顔を上げ、
真剣な表情で私にそう言った。
「ん?“それ”って……なんですか?」
ごめん、何が知りたいのかわかんない。
私のさっき言った言葉に対しての質問なの
は、わかるんだけどね。
「あ、その……“イケメン”って、ソフィが本 当に思ってくれているのかな、と。あっ、い や、別に無理に答えなくてもいいですけど……」
だんだん声が小さくなっていく殿下。
えっ!?
それが気になるの?
そんなことが……?
「う、ん。アルはイケメンなんじゃないでしょうか?」
なんなら、乙女ゲームの攻略対象キャラクターだし。
イケメンじゃなかったら、人気も出ないしね!
しかも、私の好みドストライクなんだよね。
ゲームでは最推しだった!
そんな推しに迫られたら、多分、断れない。
自信を持って言える!
本当は貴族の令嬢としてダメなことだけど。
「ありがとうございます!」
だから、なんで嬉しそうなの?
これが漫画の世界だったら、『ぱあっ』て言う効果音ついてそうだよ?
私にイケメンって言われたくらいで、嬉しいものなのかなぁ。
周りから散々言われたことあるだろうに……。
「ふふっ。ソフィアちゃんは、本当にリシャちゃんにそっくりねぇ。恋愛に関しては、鈍感なんだから。」
えっ!
王妃様っ、それはあんまりです!
私は鈍感じゃないもん......。
お母様の性格を知っているから余計に、ショックです!
「王妃様、私は鈍感じゃありませんよ?鈍感なら、相手の気持ちとか、察せないじゃないですか。これでも、人の表情から感情を読み取るの、得意なんです!アルの作り笑いだって、(前世抜きで)見破れるんですから!あっ、あと、(前世で)彼氏だって、いたこと、ある、し?」
「えっ!?/あらっ!」
あっ、しまった……
目の前には目をキラキラさせていかにも興味深々な王妃様と、不意をつかれたかのように驚き、目を丸くしている殿下の姿。
……さて、どうしようか。