第7話 水の起源
進む先の道がない。
唖然とする調査隊は、前に進むことも出来ず、かといってまた砂嵐に入っていく気も起きず、そこで立ち往生するしかなかった。
「とにかく、トニーさんたちにこの事を知らせて、来てくれるまで待つしかないな」
天文台型移動部屋は、砂嵐のすぐ手前で第5拠点を建設中だと連絡が入っていた。完成するまで手は抜けないし、そこを動けない。とは言え、あの時田のことだ。大地が綺麗に切り取られているのを早く見たくて、必死になるだろう。
とりあえず今夜は、ここでキャンプをすることになった。
丁央は、さすがにツインダイヤモンド星座もトライアングル星座も消えているだろうと予測したのだが、それはどうやら甘い考えだったようだ。夜が来てあたりが暗くなると、当然のようにそこに2つの星座が輝いていた。
と言うより。
「なんとまあ、ツインダイヤ、ぐにゃーんとゆがんで、崖の底の方を指してるよ」
「トライアングルもですわ」
ハリス隊のレヴィとパールが驚いたように言う。
「この奈落の底へ落ちてけってかー? 情けも容赦もないねえ」
すると、こちらはちょっと可笑しそうにジュリーが言う。
「けど、それだけ俺たちの覚悟を試してるのかもしれないな」
「まあ、移動車は飛べるからね」
丁央は、他に方法がないなら移動車で降りていくのもありかと思ったが、それにしても、底があるのかどうか。空は下に向かって延々と続いているのだ。
「まあ一晩寝れば、何か思いつくかもしれないな」
もともと楽観的な丁央のこと、その日は皆にも早く寝るようにと伝えておいた。
深夜。
星たちも寝静まるように空から消えた暗闇の中に、ひとりの人影があった。
ステラだ。
彼女はゆっくりと移動車から降りてくると、何かに惹かれるように切り立った果てへと進んでいく。その目はどこも見ていない、まるで誰かが操っているようだ。
同じ頃、遼太郎は何かを感じてふと目を覚ました。
外をのぞくとあたりは闇に包まれている。まだ夜中だ。
もう一度寝ようと思ったとき外に動く影を見たような気がした。何だろうと目をこらすと、人だ。
「? ステラ?」
ステラがふらふらと歩いて行くのが見えた。慌てて飛び起きると、大急ぎで彼女を追いかける。
「ステラ!」
追いついて抱き留めたのだが、ステラは足を止めようとしない。
「行かなくちゃ・・・行かなくちゃ」
「ステラ? おい! 目を覚ませ! こっちは崖だぞ!」
抱き留めながら止まらせようとするが、ものすごい力が前方から彼らを引っ張るような感じがする。
遼太郎はステラを抱きながら必死に抵抗したが、その力にはかなわなかった。
足が空を切る。
2人は、そのまま崖の向こうに消えてしまった。
翌朝。
遼太郎とステラがいないと、皆が大騒ぎしていた。
「え? トイレじゃないの。どこかで逢い引きしてそのまま、な、わけないよな。こんな広っぱに隠れるところなんてありゃしない」
最初、そんな冗談を飛ばしていた丁央も、さすがにどこにもいないのがわかると、怖いほど真剣な目つきに変わる。
「まさか・・・」
そう言って、崖っぷちまで走る。
「遼太郎! ステラ!」
大声で呼んでみるが、当然返事はない。
同じ頃、遼太郎は自分を呼ぶ声で目が覚めた。
かすむ頭で昨夜の事を思い出す。
崖の向こうに足を踏み出し、ステラを抱いたまま落ちる遼太郎は、とにかく何かに捕まらなければと、ツルツルしたその表面に手を伸ばす。それに手が触れた途端。
ぐるんと世界が回ったような気がして、ドサリとどこかに倒れ込んだ。
ああ、案外底は浅いんだ、と、思ったあと、夜の闇の中で彼は気を失った。
「遼太郎! ステラ!」
丁央の声だ。
「丁央か? 俺はここにいる」
思わず返事を返してから周りを見渡して、遼太郎は唖然とする。
ーーーここは、どこだ?
自分が座っているのは、ツルツルしたガラスのような表面の床。なのに冷たくない。いやむしろあたたかい。
そして、周りも同じようなガラスの床なのだが、其処此処に草木が豊かに生い茂り、心地よい風まで吹いている。空は青くて雲がゆったりと飛んで行く。
雲の行方を追って思わず目を見張る。
彼方の空に、透明で、大きな・・・なんと言えばいいのか、しずくの形をした鉢のような物体が浮かんでいて、尖った先端から滝のように水が落ちているのだ。その水は床に落ちると同時にどこへともなく消えていく。
「え? 遼太郎? どこから声がしてるんだ、おい! 遼太郎!」
しばらくぼんやりしていた頭に、再び丁央の焦ったような声がした。
そちらを見ると、ここの大地も直線に切り取られ、丁央の声はその向こうから聞こえている。
「そうか・・・信じられないが、試してみるか」
そうつぶやいた遼太郎は、まだ目を覚まさないステラを腕に抱いて、地の果てに立つ。
そして、覚悟を決めて足を一歩、下に踏み出した。
「なんだよ、どうなっちまってるんだ!」
声はすれども姿が見えない遼太郎に、丁央は訳がわからないと言う様子で頭をかきむしる。
すると。
空間から足が生えてきた!
「うわっ」
思わず後ずさりする丁央が次に見たものは。
出てきた足が地に着くと、いきなり遼太郎がそこに立っていた。
「わあ!」
驚いて大声が出てしまう丁央。
「ああ、やっぱり」
「ど、どうしたんだよ、なんなんだよ、説明しろ! 遼太郎!」
すると、あちこちに散らばって2人を探していたメンバーが、丁央の大声に気づいてやってくる。
「遼太郎!」
「まあ、ステラも一緒ね、無事だったのね」
皆にもみくちゃにされながら、遼太郎は今見てきた世界のことを説明する。
「だからこの先は、陸続きの世界なんだ。ただ、90度折れ曲がっているだけで」
「ええー?」
「けど、ここから覗いても、なーんにも見えないよー」
ステラを移動車に運ぶと、水澄が看病を買って出てくれる。ありがたく彼女を任せた遼太郎がまた崖へ行くと、丁央とカレブとレヴィがうつぶせに寝そべって、崖から顔を覗かせて下を見ている。
他の物は、肩をすくめたりあきれたりしながらそれを見やっている。
「試しに手をついて進んでみろ」
「こう? 」
言われて丁央がそのツルツルに手をついてハイハイしながら進んでいった。
すると。
丁央が消えてしまった。
「え? 丁央!」
慌てた月羽が丁央の足を引っ張ろうとして手をつき、中へ入ってしまう。
月羽も消えた。
「あ、ずるい!」
「俺も!」
ついでにカレブとレヴィまで。
ぐるん。
4人は少しめまいがしたように感じたが、落ち着いて辺りを見回すと、
「うわあ」
「すごい」
「やったー」
「世界の果て!」
遼太郎が言ったそのままの世界が広がっていた。
「おい! すごいな! なんだ、ここ」
丁央が砂漠側に身体半分だけ現れて、面白そうに言う。
「うわ」
思わずのけぞるハリスがあきれたように、「ちゃんと立っていけ」と大胆にも空間に足を出して、そのまま90度落ちながら、下の壁に足をおいた。
するとハリスは、当然のごとく立ったまま向こう側へ現れる。
「ハリス、自分だけ格好つけてるー」
と、カレブやレヴィは競って立ったまま行ったり来たりしはじめた。
しばらく大騒ぎだった一行が、ようやく落ち着いたと思ったら。
グニャグニャと空間がゆがんで、おなじみの天文台型移動部屋が現れたことで、またまた輪をかけて大騒ぎになるのだった。
「ここが世界の果て、そして水の起源、って言うことでいいんですかね?」
その日の夜、丁央はラバラたちの移動車を訪れて、ステラとともに話を聞く。
「そうじゃの、ステラは昨晩の事はほとんど覚えておらんのじゃろう?」
「ええ、そうなの。でも、夢を見ていたような気がする。なんだか懐かしい夢」
「そうか」
頷いて何かを考えていたラバラは、
「まずはこの下、と言うのか、90度先の世界をよく調べるところからじゃろうな。ただし、こんな異質な状況じゃ、くれぐれも慎重に。そして向こうの世界を傷つけることのないように」
と、一言一言、丁寧に言って聞かせる。
「はい、心得ています」
丁央は、いつになく生真面目にそれに答えていた。
翌日。
第6拠点の地質調査を始めている斎たちに手を振って、丁央と月羽、ハリス隊、遼太郎、そして琥珀が、護衛ロボを引き連れて、「水の起源」と名付けた向こうの世界へ入っていく。
ぐるん、と回った世界は相変わらず、心地よい風とそよぐ草木が本当に清々しい。
しばらく進んで行くと、双眼鏡を手にしていた琥珀が何かに気づいたようだ。
「一角獣がいる!」
嬉しそうに言う琥珀から、丁央が双眼鏡を受け取ってそちらを見ると、確かに角が1つの動物が見えた。
「けど、色が微妙に違うような・・・」
丁央が言うとおり、クイーンシティやダイヤ国にいるのとは、色が違っている。あちらは水色と黄色、こちらのはオレンジと薄い緑だ。
まだ少し遠くにいた彼らは、こちらに気づくと背を向けて逃げてしまう。
「飛ばないんだ」
また丁央が不思議そうに言ったとき、一角獣の走り去ったあたりから、こちちらに向かってかなりの勢いでやって来るものが見えた。
「ロボットだ!」
言うが早いが、ハリス隊は戦闘陣形を取る。
丁央もそれに加わり、月羽は残りの2人を引き連れて、後方へと下がる。
やってきたロボットは言うまでもなく、クイーンシティのでも、ダイヤ国のでもない。数は10体。しばらくはにらみ合っていたが、やがてその後ろから、今度は人が現れた。男性とも女性とも区別がつかない顔立ちで、漆黒の髪と、吸い込まれそうな闇色の目を持っている。
その人は彼らを一通り見渡すと、
「(????、??????)」
丁央たちにはまるで意味がわからない言葉で話しかけてくる。
「何だ? 何を言ってるのかわからない」
仕方なく丁央が、身振り手振りで答える。
「私たちはクイーンシティより水の起源を求めてきました。どうかお話を聞かせて下さい」
「(????、??????)」
向こうも意味がわからないのだろう、首をかしげながら答えている。
「どうする・・・そうか、R4をよ呼べばいいんだ」
「連絡します」
ゾーイが腕につけた音声転送装置を口元に持って行こうとしたのを、向こうのロボットが勘違いしたようだ。
ギュイ
シュッ・・・ガン!
いきなりゾーイめがけて飛び出したロボットが、護衛ロボットに阻止されている。
彼らは体当たりした姿勢のままで、均衡を保っている。
「(???????、???!)」
するとそれを見た人が何かを叫び、ロボットは彼らに襲いかかってきた。
ドオン! ドオン!
ギギ、ガン!
「目に撃ち込んでも崩れねえ!」
「造りが違うんだ! とにかくどこでもいいから撃ち込んで弱点を探せ!」
さすがのハリス隊も、倒し方がわからねばどうする事も出来ない。けれど百戦錬磨は伊達ではない、護衛ロボとうまく連携を取りつつ、手や足や胴体や、あらゆる所を狙って撃ちまくる。
その間に、護衛ロボに守られつつ、果てまで退却した遼太郎と琥珀が砂漠へと戻っていた。
「こちらには来ないんだな」
追ってきていたロボットは、彼らが90度の崖に足をかけると、あきらめたように引き返して行った。
すぐさま移動車に戻った遼太郎が、どこにいるかわからないR4に通信を送る。
「R4! すぐに来てくれ、水の起源に人がいたんだが、言葉がわからず襲撃を受けている!」
「言葉がわからん?」
ラバラが通信を聞いて遼太郎に聞く。
「はい、おまけにロボットも造りがかなり違うようです」
「一角獣がいますが、クイーンシティとは色が違っています」
最後のは、もちろん琥珀が付け足した。
ラバラはうーん、と考え込んでいる。
そんなとき。
「おっせーよ!」
いつものごとく、時田が素早く反応する。
お待たせしましたと言うように、空間がグニャグニャゆがんで。
「僕だっテ、忙しーいノ」
R4がブーブー言いながら到着した。
「ウーム」
さっきのやりとりを何度か聞き返していたR4が、言う。
「i帝国言語の、旧の旧の、シカモ、バリエーション?」
「またi帝国言語か」
「ソ、ここの言葉は、たいていそこに帰結スルのダヨ」
遼太郎に説明した後、R4は戦闘中の彼ら全員に通信を入れる。
「通信スピーカーモード、大音量に、シテ」
「今、・・・忙しいんだよ!」
丁央の声だ。その後にドオン! と銃の音。
「了解した」
さすがにハリスは忙しくても、まだ余裕があるようだ。
「セット完了した」
「はいはーい」
そして大音量で、R4の叫ぶ声がした。
「(止まれ! ロボット! そこで待て!)」
この指示は誰もが理解できた。
「i帝国言語じゃないか。ダイヤ国のじーちゃんがよく使う」
丁央が言うと、なんとロボットはいったん動きを止めてしまう。
だが、こちらの人が、
「(?????、?????、????)」
と何か言うと、また動き出す。
「(止まれロボット!、もう、しつこい。????????、????!)」
もう一度指示を出した後、R4は、こちらの人が話した言葉と同じ言葉で何か叫んだのだった。
すると、その人はぽかんとした後、可笑しそうに笑ってロボットに指示を出した。
「(止まれ、ロボット。攻撃中止)」
それは、とても綺麗に響くi帝国言語だった。
その人は、ここ、水の起源に長いこと住んでいる。
名前を聞くと、「水瓶の護り」とその人は答えた。
誤解が解けた丁央たちは、改めて、彼らがクイーンシティの水不足の原因を調べるためにここへ来たことをきちんと説明した。水瓶の護りはそれを聞いてよく理解し、丁寧な謝罪をしてくれた。
そうして、この世界の事を話してくれる。
水瓶の護りの説明によると、ここはやはり、その昔まだたくさんの国が健在であった頃から、クイーンシティやダイヤ国やジャック国や、そのほかの国々に水を供給していた。
何万年かごとにリトルダイヤたちが大宇宙に水を集めに行く、と言うのも事実だと言うことだ。
ただ。
「(本来なら、もう帰ってきているはず)」
と水瓶の護りが言う。
「(宇宙のゆがみにとらわれて、迷い子となった。新たな帰り道を探している)」
とも。
そのため、水瓶の水が減り、各地で水の出が悪くなっているのかもしれないと。
けれど、まだあと数百年は、水がつきることはないそうだ。
「よかったあ」
「だけど宇宙のゆがみってもしかして」
「ダークサークル?」
綴から聞いた、ダークサークルに吸い込まれてワープした彗星の話を思い出す丁央たち。
「ダークサークルがなければリドルダイヤは、軌道上のどこかにある本来の次元の扉を通って、もうすでにここに帰っていたんだ」
「新たな帰り道が、水の惑星なのか」
「これはあの彗星、ただ移動させるだけじゃダメみたいだな」
この事実を泰斗と鈴丸に知らせて、また新たな対策を立てなければならないだろう。
考え込む彼らを、微妙に見つめる水瓶の護りがいた。
「(ところで、先ほど流ちょうにここの言葉を話していた者は誰だ? 今は来ていないな)」
帰り際、水瓶の護りが丁央に聞いた。
「(ここの言葉を話す? ああR4のことか)」
「(R4?)」
「(そうなんだ。あいつは、クイーンシティが誇る翻訳ロボットだよ)」
「(ロボット?)」
「(すごいだろ!)」
唖然としているような水瓶の護りの表情を、R4の優秀さだと勘違いした丁央は、笑顔で答えると砂漠へと帰っていった。
「(ロボットだと?)」
水瓶の護りは、信じられないと言うように首を振る。
「(だったら、なぜ感情があるのだ)」