第8話 ひらめきと挫折
待ちに待った宇宙旅行!
確かに発射台だ。
細くて美しいロケットに、以前鈴丸たちが海洋調査に行くときに乗ったような、最新鋭のジェット機が乗っかっている。
まさしく乗っかっているのだ。
「うおお、あれに乗るのか! 俺たちは!」
「ジェット機の方にだぞ」
「んなこと、わかってるよお~」
情けない声を出して綴の後を追いかけていく直正。
「すごいね、すごいね。クイーンシティでは、そもそも空の彼方へ飛んで行こうなんて発想がないんだもの」
「うーん、そうだね。俺も向こうにいると、大気圏を飛び出したいって言う願望はなくなるなあ、なんでかなあ」
その昔なら、厳しい訓練を受けた宇宙飛行士しか、宇宙へ行くことはかなわなかった。
けれど今は、安全性の高い宇宙船や人工重力の開発により、一般人にもそれが可能になった。
そしてなんとその発射台が、SINGYOUGIホテルから車で30分ほど走った場所にあるのだから、彼らの興奮はただいま最高潮だ。
簡単な注意事項を聞くだけで、彼らはその飛行機型宇宙船に乗り込んだ。
中は何の変哲もない飛行機の客席だ。
ただし、シートベルトは普通の飛行機とは違って、遊園地にある絶叫マシンのような、身体を頑丈に座席に固定するタイプのものだった。
「なーんか、アトラクションに乗る気分」
「直正は絶叫マシン大好きだからな」
「絶叫マシン?」
「遊園地、って、クイーンシティにはなかったね確か。あのね、ジェットコースターって言う乗り物があってね・・・」
これから宇宙へ行くと言うのに、なぜか絶叫マシンの説明をする鈴丸。
乗客は数えるほど。
彼らを入れても15人ほどだ。座席はがらがらで、1つのグループごとに分かれてゆったりと座っている。
それに、どうやら彼らがどこの誰かなど、他の乗客には関心がない様子だった。
そして。
とうとうカウントダウンが始まる。
と、同時に、ロケットと宇宙船を乗せた発射台が、ゆっくりと立ち上がっていった。
「え? わあ」
「垂直に立ち上がるんだよ」
「うー! アトラクションっぽい! ワクワクしてきた!」
「落ち着け直正」
秒読みが10秒を切った。
3・・2・・1、
轟音とともに、ロケットは空高く飛び出して行った。
5分と立たないうちに、彼らはもう宇宙空間に浮かんでいる。
「シートベルト着用のサインが消えましたので、これよりお飲み物をお配りします」
本当に、普通に飛行機に乗っているのと何ら変わりはない。
彼らはがっちり固定されたシートベルトを外すと、うーんと伸びをした。
思い思いに外の景色を眺めたり、化粧室に行ったりしている。
そんな中、彼らの所へ客室乗務員がやってくる。
「宇宙開発スクールご一行様ですよね。船長がお呼びになっていますので、あちらへお越し下さい」
と、操縦席の方に案内された。
宇宙船の船長が話してくれたのは、彼らにとってと言うか、泰斗にとっては願ってもない話だった。
「今回、宇宙開発スクールの訓練と伺っておりますので、これより皆様には、船外へ出ていただくことになっています。ツアーコンダクターの方は辞退も出来ますので、それはご自由に」
ツアーコンダクターはもちろんのこと、辞退する者は当然いなかった。
「うわあ」
泰斗は初めて体験する無重力に、大きな興奮と驚きを感じていた。
いや、宇宙空間に出るなどと言う体験は、未来はどうか知らないが、今現在では数えるほどだろう。
無重力。
どんなに大きくて重い物体も、ここではこの手1つで動かせる!
「以前来たときに潜った海の中みたいだ」
「うん、浮いてるのは同じだけど、水のなかは抵抗があるから、動き回るのはこっちの方が、断然楽!」
そして、この位置から見る水の惑星は、本当に美しい。
エメラルドグリーンにきらめく大きな海と、白と茶色と緑が入り交じる陸地。半分暗くなっているのが夜の部分だろう。
直正は宇宙にはまってしまったらしく。
「いつか自分のロケットで飛んで来るぞ! そんときは、君たちも乗せてあげるからねー」
などと、実現可能かどうかはわからないが、大きな夢を描いている。
これはどうあっても、空間移動を確立させて、あの彗星を移動させなくては。
無重力なら大きなパーツも軽々組み立てられる。と、ここまで考えて、R4の移動部屋や天文台型移動部屋の登場シーンを思い出し、思わず苦笑いした。
そんなに大きな装置はいらないね。
あ、だけど、ここで空間移動が起きる、と言う目印がいるかもね。
泰斗はふうわりと空間を漂いながら、やってきては消えていく思いに胸を弾ませた。
夢の宇宙旅行から夢心地で帰ってくると、ナオがネイバーシティにやってきた。
彼女は「大陸のなりたち」と言う不思議な物語のコピーと、それを読んだ人たちの感想を持ってきたのだ。
「先輩も感想書いて送って下さいね」
と、彼女はひととき、本当に嬉しそうだったのだが。
大きな期待と興奮を胸に、空間移動の確立を目指した時が、受難の始まりだった。
「空間移動の実験が、どうしてもうまくいかない!」のだ。
もう、「大陸のなりたち」どころの騒ぎではなかった。
まずは試しにと、小さな箱。失敗。
小さすぎるのかと鞄。失敗。
まだまだ! と、椅子。まだまだまだまだ! と、テーブル。どちらも失敗。
等々・・・いくら対象を大きくしても小さくしても、場所が悪いのかと外で試しても、ホテルに持って行っても、果ては海の中でも試したり、色々変えてみても、ひとつもうまくいかない。
「計算は合ってる。式も間違いない。何もかも完璧なのに・・・」
「まだまだこれからですよ、先輩! 頑張りましょう!」
「そうだよ泰斗! さっきもう一度、時田さんに確認してもらったから、今度は大丈夫!」
ナオと鈴丸も言いながら手を変え品を変え、頑張っている。
けれど。
「ああ、また失敗か」
対象物は1ミリも移動しないどころか、最初に起きるはずの、空間のゆがみすらまだ1度も起きていないのだった。
これは本当におかしい、今までにはあり得ない状態だった。
幾日も幾日も、ただむなしく日々が過ぎていく。
そのうち、丁央たちが「水の起源」を見つけたと連絡が入る。彼らは頑張ってそれを見つけたのに、自分たちには何の進展もない。そのふがいなさが悔しくて悲しくて、本当に情けない思いで胸がいっぱいだった。
そんなある日、今日も実験に疲れて、泰斗はナオに断ってからふらりと外へ出ていく。
研究だけでなく、ただ歩きたいときや目線を変えたいとき、泰斗はクイーンシティでもよく散歩に出ていた。
ここへ来てからの楽しみは、最初に案内してもらった農場。
彼らの手伝いをして農作業で身体を動かす事は、とても良い気分転換になる。
特に、ハリスに似たマクランと言う男と知り合いになってからは、必ず彼の所へ来て話をするようになった。彼は素朴であたたかい人柄で、作物の事をよく知っているし、その他の話も泰斗にはとても興味深かった。
けれど。
「おい、大丈夫か?」
いつもなら少し作業をしているうちに元気を取り戻す泰斗が、ここしばらくはどんどんやつれて行っているようだ。
「うん・・・って言いたいところだけど、ちょっと疲れてる。本当にうまくいかないんだよね。なんだろう、何かが足りないんだ。足りないって言うのはわかってるんだけど、何が足りないのかすら、全然わからない」
そう言って深くため息をつく。
「そうか」
と言ってはみたものの、隣で作業をしていてもふと手が止まってぼんやりする泰斗に、マクランが見かねて言う。
「おい、今日はもう帰れ」
はやばやと散歩から帰ってきた泰斗の様子を見たナオが、
「先輩、顔色が悪いです。今日はもう帰って寝て下さい」
と、別荘へ連れて行こうとする。
「え、でも」
「俺もそうした方がいいと思う」
「俺もさんせーい、泰斗ふらふらだよ」
鈴丸と直正もナオに同意している。綴も頷いている。
「了解!」
そのあとナオが強引に別荘へと連れて帰り、食欲がないと言う泰斗になんとかスープだけ飲ませて、ベッドへ押し込んだのだった。
もう夜中だ。
寝たのか寝ていないのか、ずっとうとうとしていた泰斗は、ふいに目が醒め、ベッドの中でなぜ空間移動がうまくいかないのか、そればかりを考え続けている。
少し開いたカーテンの向こうをぼんやり眺めながら、そういえばこっちの世界は、星なんだっけ。丸い惑星なんだよななどと思う。それが回って、なんて言ったっけ、ああ、自転だ。それでこうやって夜空の星が動いているように見えるんだ。
そうこうするうちにまた強い眠気を感じる。ああ、眠い、・・・意識が飛ぶ瞬間。
あることが啓示のようにひらめいた。
「自転だ!」
泰斗は飛び起きて研究所へ行こうとした。音声画像転送装置が向こうにしかないからだ。
そのとき、ふと半開きのカーテンの間から次元の扉が見えた。そうだ、直接伝える方が手っ取り早い。泰斗はパジャマ姿のまま部屋の外へ飛び出した。
ドタドタと階段を走り降りる。
「泰斗さま?」
物音に気づいたマダムスミスがリビングへとやってくる。
彼はそのあとリビングからウッドデッキへ出て、裸足のまま次元の扉へと走って行く。
「泰斗さま!」
次元の扉にたどり着いた泰斗は、押しても引いても動かないそれをバンバン叩いて言う。
「あけて! 開いて! お願いだから!」
すると何かがポンポンとはじける音がして、扉は中へと開いていく。
泰斗がすり抜けるように中へ入ると、また扉は静かに閉じていった。
次元の扉を大急ぎで抜けた泰斗は、そこに一角獣がいるのが目に入った。
まるでわかっているように、彼は角をすりつけてくる。
「連れてってくれるの?」
背に乗った泰斗に、ブルウといななくと、一角獣はブレイン地区へと飛んでいくのだった。
バアン!
ものすごい勢いで入ってきたにもかかわらず、トニーと時田は研究所のソファと床に突っ伏して、死んだように眠っていた。
「時田さん! 起きて! トニーさんも! 」
2人を行ったり来たりして揺さぶる泰斗。
「なんだあこんな夜中にぃ」
先に目を覚ました時田が、ものすごく不機嫌にいう。
「時田さん! わかりました! わかったんです!」
「なんだあ、泰斗かあ、俺はまだ眠いんだあ」
「時田さん、いいからそのまま聞いて下さい。あっちで何度空間移動をテストしても、計算しても、ちっともうまくいかなかった訳がわかったんです。それは、クイーンシティは動いていない。ネイバーシティは動いているんです! 」
「はあ?」
「ネイバーシティは宇宙空間に浮く惑星です。それが自分で回って昼と夜を創り出している。自転です。その自転があるから、あっちの空間移動には時間が関わってくるんです! だから、ネイバーシティのはただの空間移動じゃなくて、時間と空間移動。なんて言えばいいのかな、あ、時空間移動! そう、これ! 時間が空間移動にゆがみを作ってしまうんです。そして自転に伴う重力! これがあるために何度計算しても正確な数値が出てこなかったんですよ。ああ、わかったー! ようやくわかったぁ」
泰斗の興奮した説明を聞くうちに、少し覚醒した時田が返事をする。
「ああ? 時間・・・移動だとお?」
「泰斗ー俺たちさっき寝たばかりで、まだ眠いんだあ、一度眠らせてくれえ。それからならいっぱい話をきくからあ」
そう言うと、2人はまたバタンキューと眠ってしまった。
「もう、もう! やっとわかったのに」
珍しくだだをこねるように言う泰斗だったが、2人の安らかな寝顔を見て安心したのか急に眠気が襲ってくる。そうして彼もまたそこに崩れ落ちると、寝息を立て始めた。
翌朝、少しだけど気力が回復した泰斗は、トニーと時田の2人に勢い込んで時間移動の事を説明する。
けれど顔を見合わせた2人は首をひねるばかりで全然反応しない。
「すまん、泰斗、ちんぷんかんぷんだ」
「え?」
「悪いが俺も」
両手をあげて降参を示したトニーに驚いて聞く。
「なんで? すごく簡単な事じゃないですか」
「ああ、自転があるんだろ? けどなんでそれが空間移動に関わってくるんだ?」
「だから!」
泰斗は、何度も何度も説明した。それこそ息が切れそうになっても、ろれつがおかしくなっても。けれど2人とも理解する気配すら見せないのだ。
ああ、これはもうこの2人は、時間移動の概念をどこかに置いたまま忘れて生まれてきてしまったんだ。
とそんなおかしな事まで思うほど、悔しくて。
けれど僕じゃダメなんだ。
トニーさんと時田さんでなければダメなんだ。
僕じゃ、だめなんだ!
「なんでわからないんですか! トニーさんと時田さんなのに! 時田さんなんていっつも自分は天才だって言ってるくせに!」
涙をボロボロこぼしながら怒鳴る泰斗に、トニーと時田はぽかんとする。
はっと気がついた泰斗は、「すみません」と頭を下げる。その拍子に床にポロポロと涙がこぼれ落ちた。
そんな様子を言葉なく見ていた時田が、苦笑いしながら泰斗の肩をポンと叩いて言った。
「まあ、頭冷やせや」
「いつもの泰斗らしくないね」
2人は、しばらく彼を1人にしておく方がいいだろうと、研究所を出て行く。
「さあー飯だ飯だ」
「ホント、おなかすいたな」
どれくらい頭を下げていたのか、ようやく顔を上げた泰斗は、ふらふらと音声画像転送装置の所へ行く。
「R4」
かすれた声でR4を呼んでから、またふらふらした足取りで研究所の外へ出た。
グニャグニャとゆがむ空間。
R4が無言で降りて来て彼の前に立つ。
「R4、僕に休息を」とつぶやいた泰斗は、入り口にやってきた分析ちゃんに導かれるまま、リフレッシュカプセルに横になった。
R4が鈴丸たちに連絡を入れたのは、泰斗が安らかな寝息を立て始めてからだ。
すると、R4に頼んで通信してきたと思ったのだろう、心配そうな鈴丸と、ものすごく怒ったナオがそこにいた。
「先輩! 許可なく次元の扉を通っちゃダメなんですよ! 忘れたんですか!」
「そうだよ、マダムスミスが慌てて俺を起こしに来て。でも、泰斗の後に次元の扉を通ろうとしたら、いつも通り鍵がかかってて開かなかったんだ。泰斗鍵を持ってたの? って、あれ? 泰斗は? R4」
「寝てる」
その言葉を理解した鈴丸とナオは、気が抜けたように画面の下へ消えた。
2人とも安心してしゃがみ込んでしまったらしい。
しばらくしてまたぬっと現れたナオは、
「目が覚めたら一番にここに連絡させてね! いっぱいお説教しますから!」
と興奮して言う。その隣で鈴丸が苦笑している。
「だそうです」
「リョーカイ」
泰斗が寝ている間に、ラバラが移動部屋を訪れる。
時間移動の話を聞いた彼女が、以前ルエラのいた年代に戻った時の事を思い出し、R4にそのことを聞きに来たのだ。
「のう、お前さん以前、わしらをあの伝説の魔女の所へ連れて行ってくれたではないか。あれが時間移動というものじゃろう」
「ウン、だけどあのときハ、ラバラさまの出した、ヘンテコリンな、カードのおかげで、成功シタ」
「ほほう。まあ、こちらの世界ではダメでも、あちらの世界はまた違うじゃろう?」
「ワカラナイよ」
「じゃが、泰斗ほどの天才なら、あちらでちょちょい、と確立出来るのではないか?」
「ダメなの、同じ天才デモ、コト、空間移動や、時間移動に関しては、トニーと時田でなければ、その概念は確立出来ないノ。天才にも色々あるんだヨー」
「そうか、泰斗でも出来ん事はあるのか」
「アタリマエ」
そう言ってすやすやと眠る泰斗を見やるラバラとR4。
R4は黙っているが、ラバラには言えないこと、と言うより誰にも絶対に話せない事がある。
やり直しで100%戻ってきたのは、この世界では泰斗ただ1人。トニーも時田も他の者も、ほんの少し何かが欠けている。99%という感じだろうか。
そしてトニーと時田の場合は、時間移動の概念というのが欠けてしまっているのだ、たぶん。
100%の泰斗なら以前この世界にあった時間移動の概念はすんなり入ってくる。けれど、それがない彼らには決してそれを理解することは出来ないだろう。
ラバラは物思いにふけるR4を興味深そうに眺めていたが、「まあ泰斗なら、また何か思いつくじゃろう」と言い残して、移動部屋を後にした。
目を覚ました泰斗が最初にさせられたのは、ナオに連絡を入れること。
案の定、ものすごい形相で延々と説教を続けるナオに、泰斗は困ったように「ごめん」と謝るしかない。
必死でなだめる鈴丸の横で、ナオは泣きそうになって言う。
「本当に心配したんですから。どこかへ飛んで行ったんじゃないかって・・・」
「・・・ごめん」
何度かのごめんを聞いたあと、ようやく気が済んだナオは笑顔になって言う。
「で! その埋め合わせとして!」
ナオはバッと何かのパンフレットを取り出してみせる。
「クルスさんがこんな展覧会やってるって教えてくれました」
画面には「大宝石展(舞踏会の装い)」という文字が、でかでかと映り込んでいた。
開催場所は、当然、ラン教授のいる国立研究所に併設された博物館だ。
「一緒に行きましょうね。遼太郎さんとステラさんも誘って」
「と言う訳なんだけど、急がなくていいよ。泰斗はしばらくそっちで休んでから、うーんと元気になって帰ってきて」
鈴丸の言葉にまたごめんと言おうとして、「謝らないの」と釘を刺され、泰斗はちょっとだけ微笑んで言った。
「ありがとう、鈴丸」




