はじめてのBAN
俺たちはバギーに乗る。
いつものモヒカンヘルメットに今回は片手にラジカセを担いで……ってこれなによ?
「大昔の映画で見た。これで大音量で音楽を流しながらビールを飲んでヒャッハーだ!」
「飲酒運転じゃね?」
最近は飲酒運転で事故を起こしたら罪は重い。飲酒運転という凶悪犯罪に背中がザワザワする。
「ケイちゃん……昔の人はなに考えてたんだ?」
「とりあえずアルコールはやめよう……ってナターシャお前未成年じゃん!」
「ケイちゃん……それは違う。両手でビール缶持ってヒャッハー言いながらがぶ飲みしたいじゃん。酒飲んだことないけど」
「最高に頭悪い絵面だな」
「ケイちゃん……今、日本に足りないのはそういう頭の悪さだと思うの。バカがバカのまま生きてもいいじゃない」
「ゆ、理想郷」
「そうだ! バギーに乗りながら両手に斧を持ったモヒカンがヒャッハー!」
「それは人類滅んだ後じゃん!」
たいへん文化的な会話を繰り広げた俺たちは海に向かう。
俺が担いでいるラジカセからは、なぜか演歌が流れていた。
「なあ、普通さ、こういうときの音楽って洋楽なんじゃね?」
「ケイちゃん、俺……英語わかんない……あ……お前わかんのか! 聞き取れるのか! このエリート戦士め!」
「俺も無理……」
「我ら下級戦士はそれでいいのだよ」
原始時代から進化できなそうという意味で、環境に優しい文化的会話をしているとビーチが見えてくる。
カップルが楽しそうに遊んでいるのが見える。憎しみだけで人が殺せたらいいのに。
「心の友よ! 行くぞ! くくくく、ビーチに樹液にたかるカブトムシみたいにカップルがおるわ! 死ねい! 邪知暴虐のものどもよ! 今こそ陰キャの怒りを見せつけてくれるー! そう、このバギーでな! ヒャッハー!」
と、最高に頭の悪い長台詞を叫んだナターシャがビーチにバギーで突っ込んだそのときだった。
「迷惑行為検知。排除します」
システムメッセージと同時にバギーが爆発した。ちゅどむ。
ですよねー。ですよねー!
俺たちは爆発に巻き込まれ空高く飛んだ。
ヒットポイントがゴソッと減って一気に0に。
そして視界はホワイトアウトする。
「あなたは死にました。ペナルティとしてゲーム内時間で三日間ログインできません」
いきなり画面が暗くなり、システムからのお知らせが表示され、強制ログアウト。
バカの口車に乗せられた結果がこれだよ!
しかたがない。寝よう。
ヘッドマウントディスプレイを外した俺は布団に入る。
そう今の俺はかなり容態が改善していた。寝ることができる程度には。オフトゥーン愛してる!
ぴーんぽーん。
クソが、俺の眠りを邪魔するとは命知らずめ。
しかたなく布団から這って出る。
そのままインターホンのカメラをのぞく。
ナターシャがいた。いやナターシャではなく葵か。
出て大丈夫なのか? 通報されない? ……しかたないか。
おっさんの悲壮な覚悟など理解できないであろうお年頃の女の子を出迎える。
「どうしたの葵ちゃん」
笑顔で出迎え近所の知っている子感を出す。
「あ、あの……ログインできなくなっちゃった……」
自業自得である。
「しかたないよね。今日は家で大人しくしてなさい」
俺は大人の対応をした。なにも間違ってないはずだ。うん。
だけど葵の反応は俺の予想の斜め上を行く。
なぜか葵は俺の裾を引っ張った。
「……暇……です。遊んでください」
この野郎。相手が女子高生なのにぜんぜん嬉しくない!
いや現実の女子高生などこのようなものだろう。
リスクばかりでいいことなどなにも、なにひとつとしてないのだ。
いや……待てよ。それは女性側も同じだ。おっさんの家に遊びに来るリスクを考えてないのではないだろうか?
俺は誓ってなにかする気はないが、精神が汚いおっさんだったら体を要求されるかもしれない。
それなのに……なぜおっさんの家に来る?
しかもいつものジャージで……。着替えてないだけか。
「葵ちゃん……一人暮らしの男の家に来るリスクはわかるかな?」
コクコクと葵はうなずいた。
「でもケイちゃん。……お友だち……です」
だめだこの娘! なんとかしないと!
俺は驚愕していた。どれだけ人に接していなかったらこんなにピュアな人間に育つのだろうか。
真の姿、心は汚いおっさんなのに!
近いうちに襲われちゃう!
「わかった。入って」
断じて下心などない。
ここで拒否したら、俺への嫌がらせのためだけにドアの外でゲームやってそうな気がするのだ。
葵はどうかわかないが、ナターシャなら絶対にやる。
葵はこくりとうなずくと「お邪魔します」とか細い声を出し、部屋に上がる。
「その辺適当に座って。冷蔵庫には……コーラしかないけど飲む?」
「ありがとうございます」
俺の差し出したコーラを受け取ると、葵はフローリングの床にぺたんと座る。
座布団くらい用意しておけばよかった。
さあ、ここで問題が持ち上がる。女の子となにを話せばいい?
「花火……できませんでしたね……」
葵がぽつりとつぶやいた。心なしか葵はしょぼんとしている。
「いや、バギーでカップルに嫌がらせしようとしたのが悪かっただけのような」
「花火……したいです」
葵は下を向いて言った。
なんだろうか。この小型犬を叱ったときのような罪悪感は。
しょぼんとして下を向いているのだ。
ふむ……相手は子どもだ。教育的に……大人として……たいていの問題は金で解決できるということを教えてやろう。
「よしわかった。花火買おう」
「ブルジョア……」
断じて違う。
「冬だから手に入らないかもしれないけどな」
今はネットスーパーを使えば、ドローンで1時間以内に配達してくれる世の中。手に入らないことはない。
でも一応断っておく。そして期待に満ちた目をしている葵にもう一言。
「ただし条件がある。誰か大人を連れてこい」
「ケイちゃん!」
即答。だめだこの娘。俺を完全に信用してやがる。
そういうのは俺たちはよくても世間が許さないの!
「俺以外! おっさんが女の子外に連れ出して花火してたら逮捕されちゃうでしょ!」
葵は下を向いて「むむむ」と考えている。顔形がいいせいか、まるで小動物みたいでかわいいが、こいつの正体はナターシャだ。名誉おっさんだ。
「セリナ……芹沢さんなら、夜なら来てくれると思います」
「葵ちゃんと芹沢さんって親戚なの?」
葵はぷるぷると首を振る。
「違います。あの……芹沢さんは秘書の人で……」
「秘書? だって葵ちゃんって女子高生でしょ?」
「えっと……学校は行ってなくて……芹沢さんは会社がつけてくれた人で」
葵は小動物みたいにちょこちょこ手を振る。
話の内容はぜんぜんわからん。だけど聞いたらだめなやつだった!
俺のどん引きを見て焦ったのか、葵は腕を一生懸命振り回す。
「と、とにかく、芹沢さんを呼びましょう!」
「お、おう、そうだな! 呼んでくれ。……それで、それまでなにして遊ぶ?」
そう、まだ現実世界は午後。夕方ですらない。
夜まで時間を潰さなければならないのだ。
俺……昼間からなにやってるんだろう……い、いや考えるな。流されるままに生きるんだ。
「ボードゲームで」
ふんすッと葵の鼻息が荒くなった。
ふむ、望むところだ。
俺が普通の据え置き型ゲーム機の操作をしていると、ふと疑問がわいた。
そういや、芹沢さんことセリナは無職って言ってなかったっけ?
なのに会社からつけてくれた? 女子高生に?
俺は葵を見る。葵はテレビの画面を期待をこめて眺めていた。
いやないわ。葵もドロップアウトしてなければ女子高生。十代後半の女の子に「秘書」とかないわ。たぶん同じギルドのメンバーが無職だらけの中、本当の事を言うのは恥ずかしかったに違いない。
そういう持ちネタなのだ。そうだそうだ。葵ともたぶん親戚だろう。
はい、俺を論破。
でも……NPCのアオイに芹沢さん。謎が深まったような気がする。
葵ちゃんってなにもの?




