理不尽
「ではクトゥルフのボードゲームで」
葵はキリッっとする。
「またか。葵ちゃん、どんだけクトゥルフ好きなんだよ!」
「ケイちゃん……あのね……人類がなにもできずに滅びるのって楽しい……です」
怖いわ!
「……葵ちゃんって、テロリストが学校に来てみんな殺されないかなあって思ってるタイプ?」
陰キャあるある。陰キャだっていいじゃない。だって生き物なんだもん。必死に生きてるもん!
「クラスごと異世界転移してデスゲームがはじまればいいのにっていつも思ってました。そしたら真っ先に……」
「そういう具体的なのやめて!」
「そう、昼間からボードゲームで時間を潰してるこの現実は夢。私はどこかに脳だけ保存されていて、これはその脳が見ているんです」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!」
薄笑いする葵に俺はビビりまくった。つかね、この娘。顔隠してるけど美形なのよ。怖い系の顔ってたいてい整ってるよね。
でも同時に確信した。こいつナターシャだわ。本当にナターシャだわ。
恐ろしく発言がシニカルだもの。
もうね、こうなったら俺が年長者としてストッパーになってやろう。
まだ葵ちゃんは悪堕ちするには早いのだ。ってただの終わらない中二病か。
「葵ちゃん、フヒヒ笑いしない。かわいい顔してるんだからさ」
俺はそう言いながら頭をなでる。
はいはい、なでなで。
すると葵はなぜかぷるぷると震えた。
「ふわわわわわわわッ!」
葵の震えが大きくなる。
「え、なに? セクハラ違うよ」
「ふえええええええッ!」
葵がガバッと立ち上がる。その顔は真っ赤。
まずは後ろを振り返り走り去ろうとする。だけどさすがは引きこもり、自分の履いた靴下がすべってコケる。コケながらも俺から逃げようとする。
いやだからセクハラじゃねえって! つうか運動神経悪いな!
葵はあわあわとなにかを口にし、前を見ずに全力で走る。前を見ないから今度はドアに頭を強打。どごんと背中から倒れる。
「……うにゃあ~」
やーめーてー! なんか俺の知らないところで俺の有罪フラグがたってるからー! なにもしてなから!
だめだこの娘。本当に運動神経が悪すぎる。致命的に運動に向いてない。
「はわわわわわわわッ!」
背中を強打した葵は滑りながらも立ち上がる。最後に出口に走る。
そして出口のドアを引っ張る。そう、引っ張った。押さないと開かないのに。
「あ、開かない!」
「おーい、押すんだって」
「ふにゃあああああッ!」
ドアを開けると葵は走って出て行く。
警察に通報からの人生終了エンドですね。よくわかります。
……もういいや。どうせかなり前に終わった人生だし。前科が増えたくらいじゃ難易度変わらないだろ。もう、寝よ寝よ。
と、ふて寝を決めこんだ俺のフルダイブ端末にボイスチャットの招待メッセージが届いたのは夕方少し前。
送ってきたのはセリナ。芹沢さんだ。
俺はすぐにボイスチャットを開始する。
「ナターシャが花火しようですって。あの娘、本当にかわいいですね」
なんだかセリナはご機嫌だ。
おかしい。逮捕とか抗議ではないのか? 一応聞いてみよう。
「あの……セリナ。抗議とかではなく?」
「なにがです? ナターシャはジャージじゃ寒いから、コート着ていくって喜んでましたけど。あんなにテンション高いのははじめてで」
引きこもりがお外に出たときの家族くらいの勢いである。
「頭なでたら大騒ぎしてたんですが……警察に通報じゃなくて?」
「ははん。あ、なるほど。そういうことですか。はい。えーっと、ケイさんって恋愛経験は?」
「なくて悪うございましたね」
人生は荒野のようなものだ。誰も愛さず、誰にも愛されず。生まれるときも死ぬときも一人。
この茫漠とした荒野は終わることがないのだ。人類滅びないかな。
「な、なるほど……これはたいへんな……」
なんだかブツブツとつぶやいている。
意味がわからん。
「急に変な態度になって。なにがです? 私の恋愛経験がナターシャに関係あるんですか?」
ただ驚かせただけだぞ。
「あ、気づいてらっしゃらない……あ、そうですか。えっと、また今度そのお話ししましょう……はあああああああああああぁ……」
なぜため息をつく。
「とりあえず花火に行きましょうね! いいですか! ちゃんと服と髪型と靴を褒めてあげてくださいね!」
セリナがごまかすように強い声を出した。
意味がわからん。ナターシャはいつもの貞子ヘアだろ?
でも一応女の子だ。そうだな。そういうのが扱い方なのかもしれない。
「わかりました」
「……わかってない」
「え?」
「なんでもないです!」
とうとう怒られた。
誰か! この理不尽な状態、不条理に終止符を! 意味がわからんのだ!
なんなの! もう!




