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 心の底から意味がわからない。

 まるで潮が引くように俺や8月32日オンラインへの悪意あるニュースが消えた。

 その代わりに引きこもり対策にVRゲームが有効などのニュースであふれる。

 実際、俺たちは戻れるのであれば学校に戻ることを推奨した。

 誰もが体験する共通の思い出っていうのは大事だ。

 共通の文化という土台があったほうが生きやすいのは事実だろう。

 どうしようもなく学校がクソだったり、どうしても学校という制度に適応できないのであれば別だが。

 実際、俺たちは数十人を学校に送り出した。

 現実より体感時間を多く使えるVRなら学習の遅れを取り戻すことは難しくないのだ。

 制限時間がないから俺たちも焦る必要はないしイライラする必要もない。

 そもそも人生をぶん投げた俺たちに子どもたちへ偉そうにする資格はない。

 限界を超えたダメ人間の背中を見せれば子どもたちも現実に帰ろうと思うのだ。

 というわけで当初の目的は達成。

 会社側の予定通り海外支部ができて、その支部と会議することも多くなった。

 するとやや過分な給与が振り込まれるようになった。

 こうして俺は豪遊するほどではないが、余裕がある生活を送れるようになったのである。

 なお余裕ではあるのだが……食費は二人分。

 葵の部屋は物置に。

 とうとう葵は俺の部屋に寝具まで持ち込んだ。

 完全に同棲状態である。

 でもやましいことはしてない。

 一緒に住んでいるだけである。

 とはいえこちらは忙しい身。

 葵と過ごす時間が少なくなっている。

 でもなぜかやつの機嫌がいいのだ。

 ……正直言って怖い。


 少し恐れながらも俺は日常を過ごしていた。

 10月になると、あれだけ叩いていたメディアから俺に取材が殺到する。

 オールドメディアが嫌われる理由がわかったような気がする。

 ……いや違う。

 叩くのを予想していたのだ。

 本社か葵かはわからないが、誰かが知っていた。

 朝ご飯のときに俺は葵に聞いた。


「あのさ、葵ちゃん。

葵ちゃん、もしかしてマスコミの動き知ってた?」


 すると葵は露骨に話を変える。


「ケイちゃん、米変えました?」


「北海道のなんとかっていう新しいブランド米らしい。

それよりも知ってやがったな?」


 このやり取りからわかるように、朝食を作ったのは俺である。

 メニューは目玉焼きのベーコンエッグにご飯。

 スープはインスタントのミネストローネである。


「……ま、そうですね。

私、昔から抜け穴を探すのが得意だったんです」


「確かにシステムの穴を探して暴れまわってたな」


 森での暴挙は忘れない。


「それもあるんですけど……全般です」


「ビルに忍び込んだり?」


「そうです。

目立たない地味子ですしね」


 嘘つけ。

 その胸じゃ目立つわ!


「それで私の将来を悲観したお祖父様が会社で部門を立ち上げまして」


 なんだかぼんやりと全体がわかったような気がしてきた。


「最初はセキュリティ監査の会社だったんですけど……私が中学生の時から不登校気味だったので……」


「不登校って中学ときから学校嫌いだったの?」


「いえー、授業が退屈で」


 葵らしすぎる。


「それで暇つぶしに既存のライブラリ使ってゲーム作り始めたんですね」


「ちょっと待て……それって!」


「グラフィックの出来はひどかったんですけど、お祖父様に見せたら気に入ってくれて正式にプロジェクトが立ち上がりました。

ゲームエンジンも大手のものにして、色んなイベントを作って……楽しかったな」


「待て……つまり葵ちゃんが」


「製作者? プロデューサー?

でも途中からはイベントくらいですよ」


 俺は葵の頬を引っ張る。


「あの森を作ったのは貴様か?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 触手にくっころされた恨みは忘れない。


「だって海外のゲーマーがハードコアモード作れって苦情が殺到させたんだもん!

それにモデリングしたのは私じゃないもん!」


 やはり悪はここにいた。

 でも俺は悪の魔王を解放してやった。

 俺も無事に社会復帰できたし、借りがあると言えるだろう。


「ようやく全体がわかった。

……で、どうやってマスコミ黙らせた?」


「別の隠してる不祥事の提供しただけですよ。マスコミの。

横領に背任、窃盗に強盗、アルコール絡みの痴漢に……。

示談にした分まで探る能力が我社にはある……ということです」


 怖い。この子怖い!

 脅迫じゃん!


「マスコミは知らなかったの?

メタリックゲームスのセキュリティ部門のことを……」


「下調べすらしない人たちの集まりですから。

ケイちゃんだってゲーム会社が業務用システム作ってたりしてるの知らないでしょ?

うちなんて大手メーカーの下請けで介護事業所用のソフトウェアとか、医療用品の中のソフトも作ってますよ。

あと不動産とか建築とか、ポイントカードとか、保険もやってたかなあ?」


 規模の大きさは元の会社とは比べようもない。

 つまりだ。

 連中は負けていたのだ。

 最初から。


「ま、元婚約者の動きを知ってこりゃ潰しておかなきゃって思いましたし」


「それってどういう意味?」


「それよりケイちゃん。お願いがあるんですけど」


「多少怖いが言ってみて」


「はい、会社のクリスマスパーティに来てくださいって。お祖父様が」


「あ、うん。いいけど」


 嫌な予感がする。

 すごく嫌な予感がする。

 だが……。


「えへへへ。楽しみにしてますね」


 大きな借りのある相手だ。

 会社も葵も。

 でもなんか嫌な予感がするんだよな。

 人生が決まってしまいそうな。

 自惚れているわけじゃなくて、確信的に。

 だから質問を変えてみる。


「葵ちゃん、なにを企んでる?」


 葵はうーんと考える。


「いえー。高認受けようかと」


 葵は微笑む。

 高認とは高等学校卒業程度認定試験である。

 これに合格すると高校スキップした人が大学受験資格を得たりできるのだ。


「高校の授業は退屈で嫌いですけど、ケイちゃんのとこで勉強したら大学行きたいなって思いましたもので。

それをメッセージで送ったら大騒ぎになっちゃって、それで勢いで次の出願しまして」


 貴様ぁ、なぜそんな大事なことを言わない!

 でも俺は余裕を持って答える。


「葵ちゃんなら次でいけると思うよ」


 17歳。試験はあと一ヶ月だが、8月32日のシステムを使えば難しくない。

 ……いや、そうとう楽なはずだ。

 だって頭いいもん。この娘!

 この間は海外スタッフ相手に普通にスラングだらけの英語で会話してたし。


「楽しみにしてますね!」


 葵はいい顔をした。

 俺は葵に気づかれないように神に祈る。

 神様……どうか、どうか、葵が「学校クビになった原因を作った連中を地獄送りにする」ことができることに気づきませんように。

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