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悪意の宴

 記者の男はにやけた顔の40代だった。

 中年特有の腹だけ出た痩せ型。

 俺を軽く見ているのが表情に出まくっている。

 もしかするとマウンティング癖があるのかもしれない。

 ところが、こちらもブラック企業出身。

 こんなやつらしかいない職場をクビになったのだ。

 あおり方なら心得ている……ってダメじゃん。

 でも本当にあしらい方は知っていた。

 まず服を見る。

 舌を噛みそうな名前の高級ジャケット。

 デニムもファストファッションではない。

 指輪ははめておらず、指輪のあともない。

 おそらく正社員、結婚はしてない。


「いえね、みんな(・・・)気にしてるんですよ。大企業の娘さんの婚約者なのに、どうにも正体がつかめないってね」


「あははははは。それはデマです。私はお嬢さんと婚約してません。たまたま隣に住んでいて、たまに遊ぶ友人ですよ」


「世間はそう思わないんじゃないでしょうか?」


「どう思われようと、やましいことはありません」


 本当になにもヤッてないからこそ、この自信よ!

 でもおかしい。

 やけに内部情報に詳しくないか?

 だって完全に個人情報だよ。


「どこに問い合わせされてもかまいませんよ。なんなら警察にも行きましょうか?」


「問い合わせ、ねえ」


 おうおう、態度が悪いな。

 感じ悪いぞ。


「問い合わせって例の芹沢ですか? あのドーピングで有名な」


「そうですが、なにか?」


 アホらしい。

 あちらも言いがかりだ。

 少なくとも俺はそう信じることにした。

 動じるわけがない。


「あのねえ、彼女には国民の血税が使われたんですよ!」


「そういうのは本社にどうぞ」


 もう俺も態度が悪い。


「だいたいね。他の教師も胡散臭い連中ばかりじゃないですか!」


「私も含めてね。みんな社会で失敗した人間ばかりですよ。それがなにか?」


 俺たちクズの人生をノーガード戦法で生き抜いてきたしぶとさを舐めるなよ!


「いいんですか? そんなこと言って」


「ええ、なにも問題ありません。なにが仰っしゃりたいのかよくわかりません」


「じゃあ率直に聞くとしましょう。あなた、中川恵梨香さんをご存知で?」


「はいッ!?」


 元婚約者である。

 なぜいまさら名前が出る?


「あなたは妊娠した彼女を捨てて社長令嬢とお楽しみだったというわけですよね?」


「はい?」


 捨てられたのは俺の方だ。

 たしかに元のさやに収まる気もなかったのは事実ではある。

 それにしても悪意がある言い方だ。


「えーっと、事実誤認があるようです。

私が彼女を捨てたんじゃなくて、彼女が私を捨てたんです」


「でも彼女は妊娠していた」


「私と彼女の間にはなにもありません。

どう考えても私の子どもじゃありませんね」


 本当になにもない間柄だ。

 なにもないのだから俺の子どもではない。

 結婚だって彼女を愛していたからではない。

 望まれていたと思っていたのと、嫌ではなかっただけだ。

 このセリフは男が言うと不誠実に思える。

 でもボケっと生きてきた俺のようなやつの本音なのだ。

 結婚してみたかっただけ。

 女性だってそうやって結婚した人は多い。

 むしろ彼の年収や生活の安定性を愛している女性は案外多いと思う。

 でも……それでもいいのではなかろうか。

 世間は結婚を神聖視しすぎている。

 誰もが大恋愛するわけではないのだ。

 そう考えれば、俺はまだマシな方ではないだろうか?

 俺は少なくとも彼女の財産目当てではなかった。

 それが不満なら嫌なら別れればいい。

 実際、今は別れたこと自体にはなんの不満もない。

 俺よりもっといい人間に出会ったのならそれでいい。

 ただ会社ぐるみで嫌がらせする必要はなかったと思うのだ。

 あれだけは不当だと思うのだ。


「そうやって逃げるんですか?

職場のように」


「私を会社から追い出したのは先方ですが」


 そうやらこの男、なにがなんでも俺を悪役にしたいらしい。


「仕事を投げ出して職場をめちゃくちゃにしてきたとか?」


 会社の偉い人の娘と結婚する予定だったのだ。

 その後継者として重要度の高い仕事を割り振られただけである。

 それを引き継ぎなしで仕事を取り上げて、挙げ句の果てに会社から追い出せば、後任がわからなくなるのも当然だろう。

 それだって資料も連絡先も社内のグループウェアにちゃんと残してきた。


「私一人追い出しただけでめちゃくちゃになる方が異常かと」


「では今の職場は、あなたがいなくなっても問題ないと?」


 うん?

 文化が違う。

 今どき歯車一つ壊れたくらいでプロジェクトが回らなくなるとか、どんだけマネジメントが無能なのよ。


「もちろん。私の代わりなんていくらでもいる。

それがマネジメントってものでしょ?」


「冷たい男だな君は!」


 唐突の感情論!

 意味がわからない。


「冷たくなれないから、たった今、ここで、話の通じない記者に問い詰められてるんですよ。

いったいなにを望んでいるんですか?

私にどうしろって仰るんですか?」


 本気でわからない。

 彼女の妊娠も会社のその後も俺にはコントロールできない事柄だ。

 さらに言えば俺に賠償をするいわれもないし、そもそも金などない。


「私はねえ、あなたのような悪いやつが許せないんですよ。

いいですか。ちゃんと元婚約者の方に謝罪して責任を取りなさい!」


「私は非難されるようなことは何一つしてません」


 あーあ、こりゃマスコミを敵に回したな。

 今や20年前よりはだいぶ力がない。

 それでも個人の発信力が強くなったとはいえ、一次情報はまだ彼らの手にある。

 味方にすればそれなり、敵に回せば面倒なのは相変わらずだ。

 そもそもだ。まだ交渉の余地はあったかもしれない。

 いきなり記事にしなかったということは、記事にする自信がないのだ。

 もしくは事実などなくリンチするつもりだったのか。

 どちらか見極める必要があった。

 だとしたら適当にはぐらかすなり味方につければいい。

 我慢するべきだった。

 ここで我慢ができなかったのだ。

 やはり俺はサラリーマンに向いていない。


「いいか。後悔するぞ!」


「あの……それはさすがに脅迫かと。

もうインタビューやめましょう。

インタビューもこれをもって終了といたします。

ここでの会話は録画されていますので。

あとで正式に抗議させていただきます」


 俺がそう言うと記者が強制ログアウトされる。

 監視もちゃんとされていたようだ。

 するとセリナの声が響く。


「ケイちゃん、ご安心ください。

顧問弁護士に会話データが送信されました。

1時間以内に抗議文を送付。

2時間以内に公式サイトにて公式見解を発表いたします」


「つまり、最初からこうなるのを予想してた、と?」


 最初から文書用意してただろ!

 じゃなければこんなに早いわけがない!

 つまり会社は知っていた。


「確信はありませんでしたが。

いくつか情報がありましたので」


「私に関係すること……ですか? もしかして……」


「ええ。ケイちゃんの前の職場……経営が傾いているそうです。

元婚約者さん、結婚で会社を建て直すつもりだったのに捨てられたそうで」


 なんだかね。

 本当に、心の底から他人事だった。

 本当にどうでもよかった。

 なので現実に戻ってもすぐに忘れて葵と遊んでた。

 その程度の情報だったのだ。

 だけど……次の日、寝ぼけ眼でネットニュースを開くと……驚いた。


【スクープ!

話題のフルダイブ学習塾リーダーの乱行!

元婚約者を強制堕胎! 鬼畜の所業!

他の教師も問題だらけ!

これでいいのか! 徹底大追求!】


 ……誰だこいつ。

 ちょっと待てやコラ!

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