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第一話 異議あり

ディートリヒ殿下が、被告人席に立っている。


殿下の両手には、鎖が繋がれている。

傍聴席にはかつて彼を称えていた貴族たち。


無罪の人間を陥れた罪で、今度は彼自身が裁かれようとしていた。


審判官が形式的に尋ねた。


「被告人は弁護人を立てますか」


ああ、この場面…見覚えがある。

少し前まで、あそこに立っていたのは私だった。


両手に繋がれる鎖の冷たさ。

周囲の冷たい視線。私を守ってくれる人が誰もいない孤独。


全部…覚えている。



でも今は違う。

今、私はあの孤独な席に立っているのではない。




……全部、あの裁判から始まった。





私はリーゼロッテ・ヴァイス。公爵家の一人娘だ。




この世界に転生してきてもう六年になるけれど……正直なところ、ここは前と比べるとけっこう居心地がいい。



前世の私は企業の法務部で毎日書類と格闘して、上司に怒鳴られて、終電でクタクタになりながら帰って、コンビニの冷たい値引き弁当を食べて寝る。


そんな日々の繰り返しだった。


仕事中、取引先の担当者に不当な契約変更を押し付けられそうになったことがある。

うちの上司は反論できなかったのか、そのまま契約を進めようとしていた。


でも私は契約書の条項を一つずつ読み上げて、相手の主張がどこで矛盾しているかを全部指摘した。


取引先の人は強面で怖くって、手も声も震えていた。

でも、理屈が合ってるなら負けないって、そう信じていた。


結局、こちらの主張が通って会社は損をすることはなかった。

その上司に褒められることも感謝されることもなかったけど。




そんな平凡な生活を二十八年続けていたある日の朝、いつものように会社に出勤しようとしていたら、駅のホームでプツンと意識が途切れた。




そして目覚めたら……急に公爵令嬢になっていた。


最初は受け入れられなくってパニックになったり、元の生活に戻ろうとしていた時もあったけれど……もうどうにもならないって諦めて、公爵令嬢として生きていくことを決めた。



でも、この生活は前の世界とは全然違った。



もちろんご飯は毎食誰かが作ってくれて、好きなものも作ってくれる。


部屋は広くって、ベッドも大きくてふわふわ。

家も庭も広いし、苦だった毎日の仕事はない。最高!




……だったのだけど。





「リーゼロッテ・ヴァイス。貴女を、聖女エルミナ様への毒殺未遂の罪で告発します」



今、私は王家の大広間の真ん中に立っている。



両手には鎖が繋がれて、周囲には好奇の目で私を見る貴族たち。

三人の審判官が正面の高い席に座っている。




そう、今から始まるのは公開断罪裁判。この国独自の制度だ。


告発された者が大勢の前で裁かれる。

弁護人を立てることもできるらしいけれど、断罪裁判で弁護を引き受ける物好きはこの国にはいない。


実質、告発された時点でほぼ有罪。それがこの国の共通認識だ。




告発したのは、王太子ディートリヒ殿下。


そう……私の元婚約者だ。




「証拠は揃っています、もちろん目撃者もいる。リーゼロッテ、貴女は聖女エルミナ様の杯に毒を混入した、そうだな?」




殿下の声が広間に響く。

自信に満ち溢れた顔で豪華な椅子に座り、鎖につながれた私を上から見下ろす。



完璧な演出だ。民や他の貴族への印象操作だろう。



周囲の貴族たちがざわめいている。

私を見る目はもう「有罪」と決まったかのようだった。



もちろん、聖女エルミナ様に毒なんて盛っていない。



エルミナ様と会ったのだって、あの晩餐会で二言三言世間話を話しただけだ。

でもそんなこと、ここで叫んだって誰も聞いてくれない。




この裁判は最初から結論が決まっている。



審判官のひとり、ハーゲン卿が形式的に尋ねた。



「被告人リーゼロッテ・ヴァイス。弁護人は立てますか?」




弁護人。


そんなの、誰もいない。

お父様は病床に伏せていて来られないし、お母様は他界している。



家の使用人たちも考えたが、王太子の圧力で口を封じられているだろう……


友人と呼べる人は…正直、いなかった。友人がいないわけでもなかったのだが、皆王太子の婚約者だった時の付き合いの友人なので、ここで弁護をしてくれるとは考えられない。



正直、王太子であるディートリヒ殿下に物申せる人間など、ここにはいなかった。



「べ、弁護人は…」


声が震えそうになった。




でも、ふと思った。前世の私はそもそも何の仕事をしていたのだったか…




そうだ、企業の法務部だ。ブラック企業ではあったけれど…


契約書の穴を見つけて、交渉相手の矛盾を指摘して、不当な要求を跳ね返す。それが仕事だった。


相手が怖い顔をしても、理屈が通っていれば負けない。そう叩き込まれた。




今だって同じだ。

告発の根拠が証言だけなら、その証言に穴がないか確かめればいい。



ディートリヒ殿下に物申せる人がいないといったけれど、あれは嘘。



「弁護人は、自分で務めます」



そう、ここにいる。



広間のざわめきが止まった。



審判官たちは困ったように顔を見合わせている。


ディートリヒ殿下が眉をひそめて、悔しそうに歯を食いしばっている。



「……前例がありませんが」


審判官、ハーゲン卿が小さく呟く。



でも私は退かない。

「ですが、禁止もされていませんよね?」



ハーゲン卿が少し考えて、頷いた。


「規則上は、許可されます」




よし、ここまでは想定の範囲内。

心臓がばくばくしてる、手が震えて手汗が出ている。




でも、前世で学んだことと記憶がある。

震えてても声さえ出していれば、戦える。



「では、告発側の証人を呼んでください」



私が言うと、ディートリヒ殿下が少し不愉快そうな顔をした。

被告が仕切るなんて想定外だったのだろう。






最初の証人は、王宮騎士のブルクハルトという男だった。




「私はあの晩、晩餐会の入口に立っていました。リーゼロッテ様が聖女様の杯に何かを入れるのを、この目ではっきりと目撃いたしました」



堂々とした証言で、声も大きい。

きっとよく練習したんだろうな、と思った。




「ブルクハルト様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」



「ええ…なんでしょうか」




「あなたは先ほど、晩餐会の入口にいたと言いましたね。入口というのは、大広間の北側の扉のことでしょうか?」




「……ええ、そうです」




「でも確か、聖女様のお席は大広間の南側の奥でしたよね。入口からだと、柱が何本か間にあります。その中であの位置から、杯に何かを入れる手元が見えたのでしょうか?」



あきらかにブルクハルトの目が泳いでいる。



「……み、見えました」


「あの何本もある柱の間から、でしょうか?」



「は、はい」



「実はあの大広間は柱が八本あって、南側の席は入口から直接見えない配置です。あなたが見えたというのは、一体どの角度からでしょうか?

良ければここにいるみなさんで今から実際に確認しに行きましょうか?」




そう早口気味に詰めると、ブルクハルトは黙った。



観衆がざわめいた。

その間に、ハーゲン卿が手元で何かメモを取っているのが見えた。




もう一押し。

矛盾は一つ見つけたら、別の角度からもう一回突く。


そうすると、嘘の土台は完全に崩れるだろう。


前世ではそうやって矛盾を見つけてきた。




「もう一つ聞かせてください。あなたは"杯に何かを入れるのを見た"とおっしゃいました。でも……晩餐会の杯は給仕が配膳しますよね?」




「……」




「ハーゲン卿。晩餐会の給仕記録はお手元にありますか」




ハーゲン卿が書類をめくった。


「ええ、聖女様のお席への配膳は……第三鐘の後、と記録されています」




「ハーゲン卿、ありがとうございます。ブルクハルト様、あなたの入口当番の記録も確認しましょう。当番簿によると、あなたの当番は第二鐘までですよね?」




ブルクハルトの顔から血の気が引いた。




「杯が配膳されたのは第三鐘の後……でもあなたの当番は第二鐘で終わっている。当番が終わった後、あなたはまだ入口にいたのですか?」




「それは……ええと……」




「いたのですか、いなかったのですか?」




「……い、入口にいました……」




「当番が終わったのに、なぜまだ入口付近にいたのですか?」



ブルクハルトは答えられない。

そりゃそうだ。この人は嘘しかついていないのだから。


証言を崩すまで、もう少し。



「では最後に質問です。私が聖女様の杯に入れたのは"何色の液体"だったのですか?」




「……っ」




「何色、ですか?答えられないのですか?」




「……そ、それは、透明、な……」



「柱の向こうの、燭台の光だけの席で、当番が終わった後の時間に。透明な液体が杯に注がれるのが見えた……とおっしゃりたいのですか?」




広間が静まる。




「……それは目撃の証言としてはかなり信ぴょう性が低い、現にこの場で正確な証言ができていない……その証言は、でっち上げた嘘の証言ではないですか?」




観衆や審判官たちが大きくどよめいた。



「あ……あ……私は……」


ブルクハルトの膝は床に付き、何も答えられなくなっていた。




ハーゲン卿が手元の木槌を鳴らす。

「ブルクハルト殿、もう結構です。では、次の証人を」




(よし。一人目は崩したわ!)


心の中でガッツポーズをする。




また前世の記憶が断片的だけど蘇ってきた。

前世で法務部の先輩が言っていた。


「嘘をついてる人間は、詳細を聞かれると必ずどこかで辻褄が合わなくなる。だから細かな矛盾を探して突くんだよ」、その先輩の言う通りだった。



このままのペースで必ず私の無罪を証明してみせる。




二人目の証人は、侍女のフィーネだった。




フィーネ……そう、彼女は私の元侍女だ。

短い間ではあったけれど、二年間毎日そばにいてくれた子。




彼女が証言台に立った瞬間、わかった。


手が震えていて、目が赤く腫れている。どう見ても泣いた跡がある。




「フィーネは、リーゼロッテ様が毒を準備するところを見たと聞いています。フィーネ、証言を」




ディートリヒ殿下が促した。


フィーネは小さく頷いて、口を開いた。




「……リーゼロッテ様が、お部屋で……小さな瓶を……」




声が震えている。

目が私の方を見て、すぐに逸れた。


すぐわかった。この子は嘘をつかされている。




前世の私なら、ここで証言の矛盾を突いて崩すところだ。

でも、この子は敵じゃない。きっと脅されているだけだ。





私は、できるだけ柔らかい声で声を掛けた。




「フィーネ、大丈夫。怖くないから、本当のことを話して」



フィーネの目に涙が溜まった。



「でも……うぅ……で、殿下が……私の家族を……」




広間がしんと静まった。そしてすぐに大きくざわめいた。


「ぁあっ……!えっとこれは…これは違って…!」


フィーネははっとして、慌てて口元を隠している。

…口が滑ってしまったのだろう。



「殿下が、何をしたの?」



「うぅ……嘘の証言をしなければ、か、家族の安全は無いと……」




フィーネが泣き崩れた。




観衆がどよめいた。審判官たちの表情が変わってざわざわとしている。


ディートリヒ殿下の顔から、初めて余裕が消え、不機嫌そうな顔をしている。




「フィーネ、ありがとう。もう大丈夫だから」




フィーネは怖かっただろうに、本当のことを話してくれた。


フィーネのためにも、殿下の嘘を暴かなくてはならない。




私も泣きそうだった。でもまだ泣く時じゃない。




「殿下」


私はディートリヒ殿下に向き直った。




「証人の一人目は、物理的にも時間的にも目撃が不可能な状況から見たと嘘をついていました。二人目は、あなたに脅されて偽証させられていました…これはどういうことでしょうか?」




殿下の顔が強張っている。

「これは……裁判の冒涜だ!被告人が告発者を攻撃するなど許されない!」



そう殿下は声を荒げている。


その瞬間、私の口が勝手に動いた。



「異議あり!」



……大きな声でそう言ってしまった。




広間全体が、審判官が、貴族たちが止まった。


ディートリヒ殿下が、止まった。



これ、前世の時も思っていたけどいつか言ってみたかったのよね。


でも観客や審判官たちは驚いて固まってしまっている。


「……こほん、声を荒げてしまい申し訳ありません。攻撃の意思はなく、事実の確認です」





ハーゲン卿が、小さく頷いた。



私は一歩前に出た。手に巻かれた鎖が鳴る音が静まった広間に響いた。




「殿下、一つだけ聞かせてください」



「……何だ」



「私をここまでして陥れて、断罪したい本当の理由は…何ですか」




「毒を盛ったから、ではないですよね?わかっていると思いますが、まず毒なんて存在しないんですから。証拠も証言も、そもそもこの告発自体が全部作り物だった。では…なぜ、そんなにも私を消したいのですか?」




ディートリヒ殿下は答えなかった。

五秒、十秒と殿下は黙ったままだった。




そう、答えないのではなく、答えられないのだ。

沢山の人の前で言えない、本当の理由。




「聖女に夢中だから邪魔な婚約者を消したかった」なんて…王太子の口からは出せないでしょうね。



「ここで、皆さんの前で答えられないということが、答えだと思います」




私はそう言って、審判官たちの方を向いた。




「審判官の皆様。私は毒を盛っていません。証人の証言はどちらも崩れました。この告発には根拠がありません。無罪の裁定を、お願いいたします」




ハーゲン卿が隣の審判官と目を合わせた。


耳打ちでの短いやりとりの後、立ち上がった。




「被告人リーゼロッテ・ヴァイスに対する告発について…証拠不十分により、無罪とします」




「また、告発側の虚偽についても、別途調査を行います」




ディートリヒ殿下の顔がどんどん蒼白になっていく。



…完全な勝利ね。




観客が皆退場して、手元の鎖が外された。

まだ手首の跡がじんじんする…




でも、痛みのことなんかよりも…全身から力が抜けていくのが感じる。


やった……本当に勝てたんだ……!






前世では誰かの理不尽に「おかしい」と言いたくても、上司に押し潰されて、黙って飲み込んで生きていた。

そうやって何もできなくて、何も変えれなくて……。




でも今日は、今回は、きちんと声を出せた。


自分の言葉で、自分の意志で。




ふと、ガラガラになっていた傍聴席の方に視線を向けた。


穏やかな笑みを浮かべた中年の男性が、こちらを見ていたようで、目が合った。


別に気になるような人物ではない。

むしろ印象に残らないほど、柔らかい表情をしていた。


その男が、判決の後、蒼白なディートリヒ殿下のもとに歩み寄っていくのが見えた。


殿下の耳元で、何かを囁いている。

殿下の顔が、蒼白から……少しだけ、ほっとした表情になるのが見えた。





あれは誰?なんなんだろう、と一瞬思ったけれど、勝利の余韻に浸っている中で考える余裕はなかった。




「リーゼロッテ様…」


後ろからの声に振り向くと、そこには聖女エルミナが立っていた。



「エルミナ様……」



「リーゼロッテ様、私…何も知らなかったんです。ディートリヒ殿下が私の名前を使って、あんなことを……本当にごめんなさい」



エルミナ様は私に深く頭を下げた。

エルミナ様の目にもうっすらと涙が浮かんでいた。



「あなたのせいじゃないでしょう。悪いのは、人の名前を勝手に使ったあの人ですよ、顔を上げてください!」




「でも……」




「でも、じゃないですよ、あなたは何も悪くないですから」



そう言うと、エルミナ様は涙を浮かべながら笑った。



「ありがとうございます。リーゼロッテ様は……お強くて、とっても優しい方なのですね」



「そ、そんなことないですよ!……実はあの裁判の間、ずっと震えていました、お恥ずかしいです…」



「でも、リーゼロッテ様は泣かなかったでしょう?」



「泣いたら負けかなって……昔からそう思ってて」




エルミナ様が去っていくと、少ししてディートリヒ殿下が現れた。



「…リーゼロッテ。戻ってこないか」




「……は?」


い、いけない、あまりにも驚きすぎて、思わず素の声が出てしまった。

…こいつは何を言っているんだ?



「今回のことは……行き過ぎた、反省している。だから、婚約を戻すことも…」




「いいえ、お断りします」


即答してしまった。当たり前よ、今さら何言ってるの?頭がおかしくなったのかしら…、いや、裁判で罪をでっち上げようとしていた時点でもうおかしくなってたのかも……。


そんな気持ちは一旦心の中でとどめておくとして。



「……私を殺そうとした人の隣に戻る理由はありません」




「殺すなんて…そこまでは言ってないじゃないか!」



「殿下も公開断罪で有罪になったら、どうなるかご存知ですよね?

まず領地はもちろん没収、身分も剥奪されて国外に追放。歴史上、追放された令嬢がどうなったか……殿下もご存知のはずですよね?」



ディートリヒ殿下は口を閉じた。

何も言えないのか、黙ったまま私を見つめている。



「そういうことです。もう貴方との関係はありません、さようなら」




そう言って私は振り返らなかった。



これからあの男がどうなるか、知る由もないし興味もない。


早歩きでこの場を去ろうとしていると、背中でエルミナ様の声が聞こえた。




「ディートリヒ殿下。私も、こんなことをする人の傍には居られません」




「エ、エルミナまで!待ってくれ……」




「自分の名前を使って、罪のない人を陥れる方の傍になど居られません。私は聖女ですが、人を陥れる嘘の道具にはなりたくありません」




殿下は床に倒れ、私たちに何か言おうとしていたけれど……もう誰も振り向かなかった。






それから三日後。



公爵家の居間で、フィーネが紅茶とお茶菓子を運んできた。

顔は怯えたような表情をしていて、手はまだ少し震えていた。




「そんなに怯えないで、フィーネ。私は怒っていないわ、しばらくはうちの屋敷にいなさいね」




「……い、いいんですか?」




「当たり前でしょう、貴方は家族を盾にして脅されていただけだもの」




遠方に遠征している父から、封書が届いていた。



まずは今回の状況を確認したこと、そしてヴァイス家として今後の対応をできる範囲でしてくれるということ。


そしてフィーネの家族を保護するよう領地の騎士に命じたという内容だった。

殿下の報復に備えて、家族の安全を先に確保してくれたらしい。


お父様の命であれば、安全だろう。




「お父様……お忙しいのに、対応が早いわ」



手紙を読んでいる私を見ているフィーネが、涙を拭きながら話す。



「お父様……やっぱりお嬢様に似てますね」



「ええ?似てないわ、私はもっと不器用よ…」




フィーネの家族は安全。

それがわかっただけで、胸の重さが少し軽くなった。




でも、ふと思う。


フィーネはたまたま私のもとにいたから、今回助けを求められた。


でもこの国には、弁護人もつけられず…誰にも助けを求められないまま有罪にされた人がいるんじゃないか。




制度として存在はしているが、誰も出来なくなってしまっている弁護人。

告発された時点で有罪がほぼ確定する告発制度。


国家として、こんな仕組みはありえない。




……一旦今は考えないでおこう。

これは私一人でどうにかなるスケールじゃない。






また一週間後。



今日は公爵家の庭で、お茶を飲んでいた。


向かいにはエルミナ様が座っている。



「リーゼロッテ様って、どうしてあんなに落ち着いて話せるんですか?審判官の前でも全然動じなくて」




「いやいや、動じてましたよ。手が震えてたの、見えませんでした?」




「全然!すごく堂々としてるように見えました」




「前の……昔の癖ですかね」




「なんだかかっこいい……!」




「かっこよくないです。裁判の後、部屋に戻って三時間は泣いちゃいましたから…」




「えっ、そうだったんですか?」




「泣いたんです。怖かったーって。フィーネと二人でわんわん泣いて」




エルミナ様が笑った。私も笑った。


あの裁判の後、エルミナ様とは個人的に交流するようになった。


始まりはあの人からだったけれど、結果として良い縁になったのは間違いない。



前世では仕事の後に泣く余裕もなかった。

家に帰ってもすぐ布団に倒れ込んでいたら、気づいたら次の日の朝が来ている。そしてまた仕事に向かって……仕事で得られることは多かったけど、そんなせわしない毎日だった。




でも、今はゆっくり泣ける。




「ねえ、エルミナ様……」



「はい、どうしました?」



「前世……いえ、昔の私は、一人で戦ってばかりでした、誰かのために声を上げても、誰も隣にいてくれなくて」




「……」




「だから、今こうして隣にいてくれる人がいるのが、すごく……嬉しいです」



エルミナ様が少し驚いた顔をして、それから柔らかく笑った。



「私もです。聖女になってから、初めてできた友達がリーゼロッテ様で、よかったです!」



そうやって二人で笑いながら紅茶を一口飲んだ。一人で飲むよりすごく美味しく感じた。




前世では気づかなかったけど……誰かと一緒にお茶を飲むって、こんなにいいことだったんだ。




「そういえば、フィーネが言ってました。……殿下のこと」




「……ディートリヒ殿下の?」




「フィーネがお屋敷にいた頃の殿下は、もう少し穏やかな方だったって。半年くらい前から、急に変わったみたいだって、びっくりしていました」




「半年前……」




「何かきっかけがあったのかもしれませんけど、フィーネにはわからなかったそうです」




半年前に何があったのだろう。

私が婚約を解消したのもそれより前だし……まあ、いずれにしろ私には関係のないことだ。


……たぶん。






今は泣いてもいい。

泣いた後にお茶を飲んで、隣に笑ってくれる人がいるから。




断罪裁判の元被告人と、名前を勝手に使われた哀れな聖女。




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