監視員《オブザーバー》(1)
白く冷たい鋼鉄張りの大きな空間には、壁中に大小さまざまなモニターや計器が並んでいる。その下の方で、整然と並んだコンパートメントに、様々な年齢の男達が並んでいる――全員、スラム出身で去勢を受けている、いわゆる「デブリ」だ。
モニターに映し出されているのは、フェーゲライン愛嬢希望学園――そのありとあらゆる場所の、ホログラムに紛れた隠しカメラの映像だった。
「カミラちゃんマジでいい性格してるよなww」
「最初はウザすぎって思ってたけど、この子も色々大変だったんだな、って……」
「もっと泣いてる顔見たい」
「苛められて絶望する展開もありだったかもな……」
「ヘレンちゃんがいい子過ぎて辛い……」
「俺もあのおっぱいに顔うずめてぇ」
「みんないい子だよなマジで」
「コハルちょっと個性弱くない?」
「Pがマジで邪魔。引っ込んでろ」
ある監視員は画面の下部を高速で流れていくコメントとAIによる評価傾向分析を交互に眺め、思案している。
そしてまた別の監視員は、ドールたちのバイタル情報を周囲からスキャンして収集し、健康状態や大局的な電磁波同調の有無などをチェックしている。
ここはドール総合文化センター第4支部――フェーゲライン愛嬢希望学園の地下奥深く。
人類はドールに、いくつかの役割を課した。労働者、妻、母親。そして、彼女たち自身は知らないもう一つの役目――すなわち、娯楽コンテンツ。
ドールたちの学園生活は、常に録画され、中継され、世界中に物語として共有されるのである――いわば、旧世界で言うところのリアリティショーだ。
ここにいる監視員たちの仕事は、なにか注目すべきイベントをAIが検知した時、それを選別し、カメラワークを選択し、演出の調整や「P」との情報共有、指示を行うことだった。
社会がドールたちに求めるのは「個性」である。視聴者はさまざまな憧憬や嗜好や願望に基づき、564名の中からオンリーワンの個性を探し出し、執心する。個性的な長所、個性的なセクシュアリティ、個性的なファッション、そして個性的な欠陥も――
それに加えて、彼女たち自身が表面上でも主体的な選択をし成長する「物語」。あるいはその場その場の「偶発的」なドラマと「運命性」を感じさせる演出の絶妙なハイブリッドなのだ。
若干17歳にして7班の班長、ガブリイルは、全体的には好意的なコメントに満足しつつも、ヘレンのデータを見て不安材料を見つけた。
友人の助けで能力が向上するという美談を演出で来たのは非常に良かったが、一方で思っていたよりその予測伸び率が高い。このまま語彙力が上がりすぎると、視聴者の不興を買いかねない。
彼女には、愚鈍なままでいてもらわないと困るのだ――それが、彼女と言う「個性」の核だからである。
ドールたちの「個性」は、孵化・条件付けセンターのデザイン部門によって一体一体丁寧に設定されている。遺伝子操作と、古典的条件付けの組み合わせだ。
そして遺伝子操作の中には、ヘレンのように、むしろ特定の能力を低く設定させるものもある――特に人気につながるのは、協調運動と知能だ。
不器用なドール、言葉遣いの幼いドール、愚かしくも可愛らしいドール――視聴者の庇護欲や嗜虐心を誘う格好の「個性」だ。
それに加えて、それぞれが割り当てられた個性に合うように、言動やしぐさの癖を、幼少期から細かく条件付け、訓練し続ける。
例えば、驚いたときに上げる独特な声や、大げさなボディランゲージ。さらに極めて幼くストレートな感情表現、視聴者の共感を誘うための無意味な独り言、等々――挙げればきりがない。
ガブリイルは成績管理担当者にメッセージを送り、ヘレンのテスト結果を調整して自己効力感を下げるように指示した。
画面には、ティータイムでシュークリームをほおばるヘレンの顔がアップで映し出される。
ガブリイルはその能天気な顔を睨みつけ、思い切り舌打ちした。
馬鹿め!お前のためにこっちがどれだけ苦心してるかも知らずに……。
ヘレンは今、最も注目が高いドールの一体だ。彼女のキャラが崩れて人気が下がれば、担当である7班員の多くは、それだけで出世が危うくなるのだ。
それからガブリイルは、画面下を流れていくコメントを眺め、皮肉な笑みを浮かべた。どうやら最近は、スイレンのコハルの関係の行方に注目している者が多いらしい。
彼らはあたかも自分がドールたちの所有者でもあるかのように彼女たちに執着し、上段からあれやこれやと批評をし続けている。
「――監視員の皆さん、お疲れ様です。」
一人でニヤついていたガブリイルの後ろから、良く通る声が聞こえてきた。
周囲のコンパートメントの職員たちが、一斉に振り返る。
「……ブォエン様……突然のお越しですね。何か御用ですか。」
ガブリイルは苦々し気に思いながら、問いかける。
「いえいえ、ただ単に、皆さんの素晴らしい働きぶりを見に来ただけですよ。」
ポニーテールの美青年は、冷たい微笑を浮かべながらそう言った。




