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3-6 ドールの価値

 誰もいない白い廊下を,カミラは全速力で駆け抜ける。フリューゲル寮の自分の部屋に帰るためだった。

 コハルも同じ寮で暮らしており,共用リビング等でもよく顔を合わせるが,カミラから話しかけたことは一度もない。


 カミラは廊下の突き当りで,白い影にぶつかりかけて立ち止まる。


「あっ…………。」


「おや,どうしたのですか。カミラ。」


 白い仮面の下から,穏やかなハスキーボイスが聴こえてくる。


「……ネール寮長。」


 誰にも見せたくなかったのに,涙でぬれた顔を見られてしまった。よりによって、寮長に……。

 どうしてこのタイミングで寮にいるのだろうか。いつもなら事務の時間のはずなのに。


「授業で何か困ったことでもありましたか。」


「……………………。」


「……友達とうまく行かないのですか。」


「っ…………!」


 何も言わずとも察されたことに対する恥ずかしさと安堵感で,カミラは堰を切ったように感情を吐き出し始めた。


「別に、喧嘩したとかじゃないです……。ただ,我慢できないんですっ,あのグループの雰囲気に……。特にあの、ヘレンって子が……!」


「彼女の不器用さを見ると苛立つ,ということですか。どうしてでしょうね。」


 表情の見えないネールが、全てを見通すように静かに言う。


「っ!だって,……本当に、あんなになんにもできない子が……頑張ったりとかして,たいした成長もしてないのに,ちょっとしたことで,誇らしげにっ、喜んで……あの二人も一緒に、大げさに褒めたりして……!なんで、そんなのが許されるんですかっ!ドールならもっと、ちゃんと能力を磨けないといけないんじゃないですか……!」

 

 カミラは下を向き、握りこぶしを作りながら訴える。


「……カミラ。ドールにはそれぞれ,その個体にしかない長所と役目があります。欠点も含めて,全てが尊い、意味のあることなんですよ。」


「なんでですか!そんなの、おかしいです……! 何にもできないドジで馬鹿な子とか,ちょっと人にやさしいだけの子が,あんなにちやほやされて……!なんで……なんで私は認めてもらえないんですか!?私の方が……私は,こんなに頑張ってるのに……!」


 彼女はこれまで,自分が溜め込んできた不満を滔々と語った。

学園に入るまで,どれだけ新しいことを達成しようと,どれだけ勉強ができようと,一度も褒められた経験が無いこと。

 「あなたには才能があるから,頑張って一番になりなさい」――教育ロボットたちに、そう言われ続けてきたから,人一倍努力したこと。それでもめったに一番は取れなったこと。自分以上の知能を持つドールと肩を並べるためには,ひたすら勉強に専念するしかなかったこと。

 ……だがそうしても、結局誰かに心から認められることはなかったということ。気が付けば,カミラの周りには友人と言えるようなドールは,一人もいなかったからだ。


「……ヘレンたちのことが、羨ましいのですね。」


「っ…………!」


 カミラは言い返さなかった。


「カミラ,もし誰かに認めてもらいたいなら,まずは自分から誰かを認めてあげなければいけませんよ。お互いに,得意なことも,うまく行かないことも含めて、全てを認め合う――それが友達というものです。」


「でも…………。」


「自分の殻の中に閉じこもっていても仕方ありませんよ。カミラ,あなたには友達が必要です。友達の個性と努力を認めること……そして何より,自分自身を認めてあげること。」


「自分、を……?」


「ええ。成果ではなく,自分の努力を認めてあげるのです。……カミラ,あなたはとても頑張っている,えらい子ですよ。」


「~~~っ…………!」


 カミラは声をあげて泣き始めた。Pには触れていけないルールなので,すがりつくことはできない。


「みんなも、そう思ってくれているはずです。」


 そう言いながらネールは,カミラの背後に視線をやる――カミラが振り返ると,そこにはコハルたちが駆けてきたところだった。


「っ!あ、あなた達,ついてきてたの……?」


「おう。話は聞かせてもらったぜ……!っておい,そんなに怖がんなって。馬鹿にしたりしないからさ……。」


 キャサリンが珍しく優しい顔で言いながら歩み寄る。


「要するにお前,アタシ達と友達になりたいんだろ?だったらなろうぜ,友達!」


 キャサリンはカミラの右肩を叩く。


「えっ…………?ほ、ほんとに、良いの……?」


「いいに決まってるよ!カミラちゃんはすっごくいい子だよ。頭いいし,格好いいし……。意地悪な子と言うのはやめて欲しいけど……私もずっと,仲良くしたいなって思ってたんだ。」


 コハルがそう言って,カミラの左手をそっと握る。


「……………………。」


 カミラは恐る恐る,残ったヘレンの方を見る。


「ええっと……カミラさんはつまり,褒めて欲しいんですよね……?だ,だったら,ヘレンがいっぱい褒めてあげます!だ,だから、泣かないでくださいっ、うわああぁぁんっ!」


 そう言いながらもらい泣きしてしまったヘレンは,思い切りカミラに抱き着く。豊満な胸に圧迫されながら,カミラは戸惑う。


「っ……あ,あなた……私のこと、許して、くれるの……?」


「もちろんですぅ……カミラさん、一人ぼっちで可哀想です……!あ,でもその代わり,ヘレンのこともいっぱい褒めて欲しいです!」


「…………わかった。分かったわよ……いろいろごめんなさいね,ヘレン。」


 カミラは苦笑しながらヘレンを抱き返す。


「……カミラちゃん。改めてよろしくね。グループとして,友達として――」


 コハルがそっと呼びかける。

 ネールはそんなコハルたちの様子を見て、仮面の奥で満足げな笑みを浮かべた。



 ――ありがとう、ドールたち。








            あなたたちのおかげで,とてもいい画が撮れましたよ。



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