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木漏れ日、追憶

シルビア。番外編8

 

「シルビアちゃーん! 見てみて! ナナにクッキー焼いてもらったんだー! 一緒に食べよう?」

「まあ、ティアちゃん。走ったら危ないわ?」


 周りよりも少しだけ高くなっている、見通しの良い丘の上。ティアちゃんのお家の裏手にあるこの場所で、家のお手伝いが終わった頃にやって来るこの子を待ちながら、今日も本を読んでいたわ。


 いつものように、シロツメグサと芝生が生い茂る地面の上に、刺繍の施したハンカチを敷き、日除けの為に、レースのついた日傘をさすの。そうすると、ほら、あの子はやって来るのよ。


 彼女はこちらに駆けて来ながら、一本だけ生えている大きな木の根元に敷物を広げて、私に向かって手招きをする。

 読んでいたページに栞を挟んで閉じ、腰を上げ、日傘をゆっくりと閉じてから、彼女の元へと向かうの。

 柔らかな木漏れ日の光を浴びながら、ティアちゃんが用意してくれた敷物の上に座るの。穏やかな風を頬に感じながら、ピクニックのように、2人、のんびりと過ごすのよ。


 ティアちゃんの様子をじっと見つめると、時折、日除けの帽子ごと茶色の髪を押さえながら、飛ばされないような仕草をしているみたい。これはこの子の癖みたいね。今は紅茶を飲んでホッとしているわ。


 この子は、隣国の地で出来た、私の初めてのお友達。


 ティアちゃんに出会うまで、いつこの命が尽きてしまうかわからない恐怖に怯えていたけれど、この子と過ごすこの時間だけは不思議と忘れる事が出来たの。


 この子は、少し人との距離感がおかしくて、でも友達思いの優しい子。


 あんまり警戒心がないみたいで、うっかり前世の日本のお話をしたり、カツラもちゃんと付けれていないのか偶にズレたりするようで、茶色のカツラの隙間から、時折、彼女の地毛である薄桃色の髪が一房飛び出ていたりするけれど、見ないフリをする。この子に気づかれないようそっと直してあげるのが、私の日課になりつつあるわ。


 今日も出ているみたいね。髪の毛にゴミがついているわよ? って嘘をついて、一房はみ出た薄桃色を、優しく茶色の中に仕舞い込んであげる。


「ありがとう!」そうお礼を言ってくる彼女に、いいのよと返すけれど、少しからかってみたくなって、先程まで彼女が無意識に話していた日本の話について、質問してみるの。あくまでも、何も知らない風を装いつつ。それから上澄みを掬うように、さわりの部分だけ。


 あんまり深く聞きすぎると、すごく慌て出してしまうから、匙加減が大事かしら。

 でも、あたふたしながら言い直す様子も面白いのだけど。

 しばらくは、こうしているのも悪くないかもしれない。そう思ったから、知らないふりを続けていたの。

 でも、まさか一緒にいる2年間、ずっと知らないふりを続ける事になるとは思わなかったけれど。


 彼女がいつも持参してくれる、ナナさん特製のクッキーをもらい、一口、齧る。

 サクッと小気味良い音を立てて、たっぷりと使われたバターの風味と、香草の香りが口一杯に広がるの。


 水筒に持参してきたレディグレイの紅茶を彼女のカップに注ぎ直してから、私も自分のカップに入ったそれを飲む。

 優しく頬をなでる風を感じて、午後のひと時を過ごしているの。


 ゆらゆらと揺れる木漏れ日の光を目で追いながら、彼女と他愛の無い話をするの。

 この空気は、嫌いではないわ。彼女は私の話に熱心に耳を傾けてくれ、疑問に思った事があるとすぐに質問してくるの。私は、先生になりきって、彼女が知らない知識を教えてあげるのよ。


 彼女、この世界の常識にあまり明るく無いみたい。此処では神様が本当に存在してる事だとか、選ばれた人間にしか与えられない異能の力だとか、貴族社会の常識について、だとか。


 髪の毛の色からしてこの子は貴族の筈なのにね。どうしてか、そういった教育がなされていないみたいだったわ。

 ……本当は、彼女の持つ薄桃色の髪の意味を知っているけれど、私は手を下さずにいたわ。

 この空気を壊してしまうのは、どうしてか、躊躇われたの。


 いつもは、他人なんか寄せ付けなかったのに。自分以外の人間なんてただの糧でしかないのだわ。

 だから、適当な人間を私の家畜に拐わせてきては、すぐにお人形にして心を壊してしまうか、わたしの為の繋ぎの命として取りこんでいたのに。


 不思議……どうしてか、この子を壊してしまうのは、とても惜しいような気がしたの。

 それにね? 最近は、心臓の調子がいいみたい。 いつもみたいに急に発作が起きないから、実はもう治ったんじゃないかって、勘違いしてしまいそう。


 ……まだ、大丈夫だわ。時間は、沢山あるのだから。


 そうだ。今日は、ティアちゃんが読みたいと言っていた本を取り寄せていたのよ?

  藤で編まれた籠の中から本を取り出して、ティアちゃんに手渡すの。

「ありがとう!」と満面の笑みでお礼をいって受け取ると、さっそく読み始めたみたい。


 ジャンルは、大衆向けの恋愛小説なのだけど、その内容は、家族から暴力を振るわれ奴隷のような扱いを受けている不遇のヒロインが、ある日、心優しい青年に出会い、幸せを手に入れるというだけの陳腐な内容よ。


 今この地で流行っている小説らしいわ。

 けれど、他者に助けを乞うぐらいなら、潔く死を選んだ方がマシではなくて? 本当に幸せを手に入れたいのなら、自らの手で他者から奪わなくてはいけないのにね。


 だからこそ私には、こんな都合の良い優しさだけしか取り柄のない男が活躍する話の、何処がいいのか理解しかねるの。


 その事を彼女に言うと「それがいいのに!」とやや前のめりにになりながら力説するものだから、やっぱり理解しかねるわ。


 彼女が言うには、ヒロインが、不幸から幸せになっていく過程が良いのですって。


  もし私がこのお話のヒロインなら、この優しいだけの男が登場する前に、家族の目を盗んで手に入れたナイフを、誰にも気づかれないようそっと後ろ手に握りしめるの。

 それから、夜中、奴等が寝静まっている間に1人ずつ息の根を止めに回るわ。

 自身が死んだ事にも気づかないぐらい滅多刺しにしてあげて、めでたしめでたしにしてあげる。


 そっちの方がよっぽど読後感よくって、スッキリとした気持ちでいられるわ。

 まあ、お話に浸っているらしい彼女には、そんな事言わないけれど。


「ティアちゃん?」


 ずいぶんと静かになった彼女に呼びかける。返事がないみたい。木の幹にもたれかかりながら、下を向いている彼女の顔は、髪の毛で隠れてしまっている。


 横から身を乗り出して、そっと顔を覗き込むと、目を瞑りながら、スー、と言う小さな寝息が聞こえてきたの。


 どうやら読んでいる途中で、眠ってしまったみたいね。きっと、この穏やかな心地良い陽気のせいだわ。


 私も彼女に倣って、静かに目を閉じ、木の幹にもたれ掛かかってみるの。


 瞼の裏側まで、木漏れ日の光がキラキラとさして、少しだけ、意識が薄れてくる。


 ……偶には、こうしてお昼寝するのも悪くないのかもしれないわ。

 背中を預けた木から新緑の香りがして、わたしを包み込んでいく。


 風に揺れる木々のさざめきが聞こえて、小鳥が楽しそうに囀る声が耳に届くの。


 わたしも、幸せなお話の住人なんじゃないかって、勘違いしてしまいそう。


 私の心臓の欠陥も。

 私が家族に愛されていないのも。

 沢山の人の命を奪った事も。


 全てが、夢だったのならよかったのにね。



 ーーー

 ーーーー



 彼女につられて、いつのまにか私まで眠っていたみたいだわ。

 どうやらティアちゃんの肩に頭を乗せて寄りかかっていたみたい。


「肩がバキバキだよー」だなんて言いながら困ったように笑う彼女に対して、少しだけ申し訳ない気持ちが湧くけれど、でも眉がへにゃりとなっているその顔が妙に面白くって吹き出してしまうの。


「ひどい!」と言ってティアちゃんは更にむくれていたわ。でも、彼女も私につられたからか吹き出して、笑い出すの。お互いの顔を見ていると、さらに面白くなって、お腹を抱えながら2人で笑いあっていたわ。


 どうしてか、彼女が笑うと、私の心までほんのりとあったかくなるみたい。


 少しだけ傾いた日が、私達が寄りかかる木に降り注ぐ。

 キラキラとした眩い木漏れ日が揺れてね。それからーー


 それから…………



 ーーー

 ーーーー



 今のは……夢……? 


 でも……とっても、懐かしい。

 まだ私達が、お友達同士だった頃の夢ね。


 ……ここは?


 目の前には、真っ白な空間が広がっているの。いつのまに、こんなところに来たのかしら? 

 まるで、前世の私が過ごした病室みたいに無機質で、少し、冷たい感じがするの。


 ふいに光が瞬き、眩しさに目を細める。次第に収束してく光の中からは、誰かがいるようだったの。


 天使のような姿の、誰かが。


 男性……? それとも、女性?

 背中からは6対の大きな羽が生えており、まるで、物語の中の天使と呼ぶに相応しい存在だったわ。


 自らを天使と名乗ったそれは、私に話しかけてきたの。罪を雪ぐ為に、此方の世界へおいでなさい、って。ここに留まったままでは、貴女は永遠に彷徨ったまま、生まれ変わる事が出来ないのだと。


 そんなの……どうでもいいわ。

 もう一度生きるだなんて懲り懲りだもの。もう、疲れたの。だから、放っておいて。


 そう、言葉を返すと、天使は黙ってしまう。ほらみなさい。本当は助ける気なんてないのでしょう。


 悪事を行った者には、罰を。


 そうでなくては、道理がたたないもの。私は自分の意志で行ったのだから、後悔だなんてしていないわ。


 天使は再び口を開く。


 役目を担っていた天使が1人、まもなく消滅するのですって。その開いてしまう穴に、私を据えようとしているみたい。大罪人だった者が任に就かなくてはいけないのですって。ベラベラと喋るの。聞いてもいないのにね。


 それから、もしこの話を引き受けて役目を全うする事が出来たのなら、私を元いた世界へ返してくれるのですって。


 前世の方の、世界へ。

 勿論、お兄ちゃんも一緒に。


 そこまで聞いてから、私も話を聞く気になったわ。それに、私のお役目が終わるまで、ずっとお兄ちゃんが、待っていてくれるのですって。


 この天使が言うには、沢山の異世界と呼ばれる場所は、併設するかのようにいくつもひしめきあっているのだそうだわ。

 こんなふざけた世界が他にもあるだなんて、おっかしい。


 私は別に帰れなくったっていいのだけれど、お兄ちゃんが一緒にいてくれるのなら……


 ……いいわ。やってあげる。


 この天使に了承の意を伝えると、優雅な所作で手を差し伸べられるの。その手にそっとてのひらを重ねると、触れ合った部分から眩い光が溢れ出していく。


 けれどここを出たら、もう二度、あの子には会えなくなってしまうのね。


 次に目覚めたその時に、私はこの天使のいる世界に連れて行かれ、私は私に相応しい外見になるのですって。


 意識が混濁していく。

 でも、最後だけは、あの子に別れの言葉を伝えたいの。

 私を最後まで信じてくれたのに、私自身の手で壊してしまった大事なお友達に。


 ティアちゃん。




「…… さようなら」





 ーーー

 ーーーー※





「シルビアちゃん……?」


 なんだろう……今、なにかを失くしたような、そんな感じが気がしたの。


 まるで、シルビアちゃんが、いなくなっちゃったみたいな……

 そんな事、ないよね……?

 きっと気のせいだよね……


 ……シルビアちゃん。

 私ね。ずっとずっと、貴女の事が大好きだったの。


 次は私のお披露目があるんだ。

 シルビアちゃん、貴女の分の招待状もあるんだよ? でも、何処に届ければいいかわからないから、いまだに私の手元にあるの。


 貴女の実家や、隣国にある貴女の別荘地に送る事も考えたけれど、どちらももう、スカーレット家の所有物じゃなくなってしまったんだって。ウェル様が、そう言ってたの。


 生きていてくれさえすればいいの。

 貴女に会える日を、ずっと待っているから。


 もしまた会えたら、昔みたいに、芝生とシロツメグサが群生しているあの場所で、二人で一緒にピクニックをしよう。

 私は紅茶とクッキーを持ってくるから、シルビアちゃんは、なにも持たずに来てくれて大丈夫。


 私は窓を開け、バルコニーから見える星空を眺めながら両手を組み、静かに祈りを捧げる。


 どうか、どうか、シルビアちゃんの進む道の先が、幸せで溢れていますように。


 


感想、誤字報告頂きありがとうございました!


更新ペースが落ちるので、一旦完結表記にしてきます。

また更新した際に、見て頂ければ幸いです。


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