1.飲みすぎ注意
異世界、そう聞くと心躍るだろう、自分たちとは違う人類もしくは異星人。そして異なる文明、異なる宗教、異なる地形、一言で表すなら夢、そのものである。
——そう、私もつい最近までそう考えていた。
「ワイバーン討伐完了です。」
「ご苦労、被害は。」
「家屋一軒が損壊、避難していた為市民は無事であります。」
「ふむ…よくやった。
第一部隊を率いた君のおかげだ。」
「もったいなきお言葉にございます。」
「第一部隊に一週間の休暇を与える、後訓練をし、次の戦闘に備えよ。」
「はっ!ノア・アルス・フォーン及び第一部隊隊員、宿舎へ帰還いたします。」
騎士団長からのありがたいお言葉と共に、我々は宿舎へ帰還する。
帰還した後は厩舎へ行く者、自室へ帰る者、家族のもとへ帰る者、いろんな行動パターンがある。
そして俺は……。
「やっぱ、これなきゃ締まんないですよね!」
「苦労の後の酒は格別です。」
「ほら、先輩も食べましょ!
空きっ腹に酒はよくないってよく言うんで!」
「…ノア隊長、今話しかけているのは隊長の部下です。
酔っ払うのは結構ですが、それでは示しがつきません。」
「ウィリアム先輩って昔から硬いですよ〜、先輩が隊長嫌がったから俺に回ってきたし〜、気が抜けるいい関係でしょ〜副隊長〜。」
「…」
昔の後輩及び現帝国騎士団第一部隊隊長ノアに肩を組まれ、だる絡みされている。
ちゃんと言えば、飲み会に来ていたら絡まれた。
「あっ、メリコ元気っすか。」
「おい、公の場だ、公爵令嬢をそんな呼び方で呼ぶな。
……呼ばない方がよろしいかと。」
俺の反応にいちいちニマニマとする元後輩に一発入れたくなるが、我慢する。
こいつはいつもこうだ、人を揶揄うのが好きすぎるあまり先輩であった私にも数々の愚行を…、いややめよう。それにこの態度、彼の言うメリコを思い出して、胃が痛くなる。
メリー・コールデス・アンソニー公爵令嬢、彼女は私の婚約者である。
ただの伯爵家三男にしては玉の輿であるが、彼女の性格には難がありすぎた。そしてあまりにも幼すぎた。
12歳の彼女に出会って、可愛らしい少女という印象だった。
そしてこの縁談を断ろうともした、お互いのために。
だが、彼女は俺を一目見た瞬間に……。
「え〜お兄さん、メリーのお婿さんなの?
……だっさ♡
でも、メリーがぜ〜んぶ直せばいいもんね♡」
お菓子をあげてみれば……。
「お兄さん、メリーにお菓子くれるんだ〜♡
子供をお菓子で釣るわるーい人なんだ〜?♡
子供しか愛せないおかしな人〜♡」
この有様である、正そうにも相手は子供、正そうとすればするほど、彼女の中で私は小児性愛の異常性のある婿という像が固められていく。
くすくすと笑う姿はまだ幼く、親同士の身勝手に振り回されている可哀想な子でもある。
胃が痛くなると同時に、大人である自分がなんとかしていくべき、と考えるも所詮はまだまだ小童、なす術がない、というより崩されていく。
……公爵家からの婚約破棄を待つしかない状況である。
そして、その状況を第三者目線で楽しんでいるのが、この後輩である。
ノア・アルス・フォーン帝国騎士団第一部隊隊長。
入団当初からその強さは国民の間でも噂になる程。
見目麗しい令嬢方が彼に集るのは見ものだった。
ノア自身、綺麗な顔立ちをしており、じっと佇む姿はとても絵になる程だった。
が、騎士団の面々は口を揃えて、こいつをこう呼んでいた。『騎士団の犬』と。
悪い意味ではない、真面目というには愛嬌があり、厳しい訓練にもへこたれずついてこれ弱音は垂れない、他の先輩に対しても笑顔を絶やさず話す後輩らしい後輩であった。
つまり騎士団の癒しだった。
序列的に隊長の話が私に回ってきたが、権力があり力の劣る者に任せるより、権力がなくとも力である者に任せたいと断った。
そして力のある者として、ノアが選ばれることとなり、私は副隊長となった。
「でもでも〜、うぃりあむ先輩が〜、飲み来るの、ひさびさ?、じゃないですかぁ〜」
「…何杯飲みました?」
「うーん、これでぇ…ひぃふぅ…きゅうはい?」
「はぁ…隊長を送ってきます!」
他の隊員にそう宣言し金を置き、ノアの体を支えるように腕を回し歩かせる。
「まだ飲めますって〜。」
「もう飲めないまでいったら、大変なんですからやめてください。」
店を出て、宿舎への帰路に着く。
「…せんぱぁい。」
「なんですか。」
「まえみたいに、喋ってください。」
「出来ません。」
「いま、ふたりらけですよ?」
「呂律も回ってないじゃないですか、早く帰りましょう。」
「うぅ〜、いじわるいですよぉ…。」
酒が回った赤ら顔でぶすくれているところ悪いが、
すごく重い、早く解放されたい。
全幅の信頼を寄せてくれるのは、副隊長として誇りに思うが、先輩として言うなら早く帰らせてほしい。
彼の部屋に着くと、ぶつぶつとまだ文句を言っているのが聞こえる。
「せんぱい、とまります?」
「泊まりません。」
「あはは、かいほぉしてくださぁい。」
「…はぁ」
部屋に入って水だけ用意してあげよう。
中に入り、ノアを寝かせようとした瞬間、首に腕を回され、私はバランスを崩した。
ベッドに男二人が寝転がる気持ち悪い構図が出来上がった。
…もう眠いから帰りたい、休暇になるし、明日は訓練をしてから買い物にでも行こう、まずはこいつをどうにかしないと。
ノアを見てみれば、こちらをじっと見続け…
「せんぱぁい、さみしいです。」
そして泣き始めた。
…もしかして、責任が重すぎたのか。
そうとは知らずに、隊長隊長と囃し立ててしまっていた。
まだ若い彼には背負いきれないほどだったのか。
ずしんと心に罪悪感が残る。
申し訳なさと、泣き止んでほしいという気持ちが彼の頭へとつい腕を動かさせた。
「…?」
きょとんとした顔でこちらを見つめている。
「すまない。」
「…いいですよ…つづけてください。」
顔を私の体へくっつけ、体を縮こまらせる彼に幼さを感じ、さらに罪悪感は募る。
彼の頭を撫で続ける時間が続く。
すると、すぅと寝息が聞こえてきた。
寝たようだ、起こさないようにそっと抜け出し、机の上にメモとコップ一杯の水を残して、私はやっと部屋に帰って来れた。
…次は飲ませすぎないようにしよう。
そして、責務が重荷にならないように、適度にガス抜きをしてあげよう。
とりあえず、明日は訓練の前にノアの様子を見に行こう。
風呂に入ってないが、もう明日でいい。寝よう。
ベッドに入り、疲労感が抜けていくのを感じる。
そして、私は眠りについた。




