11.狙ってできるから天才アイドル
◇11.狙ってできるから天才アイドル
ツキシオが行きたいと言っていた店は、年頃の女の子が好みそうな可愛らしい雑貨屋……ではなさそうな気はしていた。
「見てくださいタルトさん! これかわいい!」
「シオンさん触らない方がいいです。たぶんなんかしらの呪いが封じられてますよこれ」
壺……だな。なにか生き物っぽいものの顔が彫り込まれた捻じれた壺。
可愛い、の概念がまるでわからん。
これは俺がおっさんだから、だけではない気もするが……まぁ俺はツキシオ全肯定派だからな。これは可愛い。了解です、ツキシオ。
ツキシオが行きたがった店とは、古びた魔装具屋だった。
まぁ、確かに大通りでジッとこの店を見ていたのは覚えている。
ついて行きたいと言ったのは俺だ。
よし! せ、積極的に! 話しかけねば!
「つ、ツキシオはどれが気になったんですか?」
ツキシオは”さっき見かけて気になった”と言っていた。
となればこのメイン通りから見えるようにディスプレイされているどれかなんだろうが……どれもこれもが一言で言うと、”禍々しい”。
これなんてどうやって使うんだ? ハンマーに見えるが持ち手までびっしり棘だらけだ。
「あ、それはこれ! 最後の物語ってゲームの五作目に出てきたボスが着てる鎧にそっくりなの!」
「ああ、言われてみれば……」
ツキシオが息を弾ませながら指さしたトゲトゲしい水色の鎧……たしかに見覚えがあった。
俺も子供の頃にやったゲームだ。かなりのヒット作だったはず。
ツキシオは明らかにその年代からは外れているはずなんだが……本当に好きなんだな、ゲームが。
さて、これで共通の話題の掘り出しができた。しかも彼女はゲーム好き。
……俺にこれ以上このゲームの話題で引き出しがねぇ。覚えてない。
くそ、当時は結構やったはずなんだがな!
話題終了だ!
「はぁーかわいい……シーフは装備できないんだろなぁ……」
「ほむ……シオンさん、それ鎧に見えますけど魔具ですよ。家に置いておくタイプの」
「えっ、そうなの?!」
タルトが拾ったぁ!
沈黙回避、会話が続いていく。タルト様々である。
これ、今は結構いい感じなのではないだろうか?!
よし、次っ! なんか次の話題になりそうなものは……!
店内を見渡すと、ふと気になるアミュレットが目についた。さっきの鎧みたいな魔具に比べれば随分と小さく、これは身に付けるものなんだとわかる。
シルバーのチェーンが付いた藍色のアミュレット。気になったのは、その中央に刻まれた装飾だ。これ、まるで……。
「……"ユナイト・ムーン"みたいだな」
「あ、ほんとだ!」
心臓が、口から飛び出て行方不明になるかと思った。
つ、ツキシオ、いつから真後ろに……シーフか? あ、いやシーフだ。
「ごめん、びっくりさせちゃったかな。でも私もびっくりしちゃった。この形みて真っ先に"ユナイト・ムーン"が出てくるひと、そうはいないわよ?」
──ユナイト・ムーン
説明しよう。ユナイト・ムーンとはツキシオがボーカルを務める楽曲の中では幻と表して差し支えない曲だ。そもそもこの曲はノクティスの曲ですらない。一時バズった声優兼歌手の女性がツキシオのファンだったことをきっかけに個人コラボとして生まれた曲である。その女性の名前にも”月”が入っていたので曲名がユナイト・ムーンになった。その女性声優の方も当時は勢いが凄まじく、かなり金をかけた先行PVなんかも作られていた。だが、発売直前でその女性はスキャンダルがリークされ大炎上、残念ながら曲はお蔵入りになってしまった。あれだけ流れていた先行PVも動画サイトから消え、そしてそのうちノクティスのファンですら曲名を憶えていたらいい方、というものになってしまった悲しい曲。いい曲だったんだがな。このアミュレットに刻まれている装飾の紋章は、上下対称のクレッセントムーンを重ね合わせた形。それは、もう見ることすらできなくなったユナイト・ムーンの先行PV、そのバックを飾っていた記念ジャケットに描かれているものと同じなのである。
簡単に説明すると、こんな感じだ。ちょっと端折りすぎたかもしれん。
「あ、あの……いい曲、でしたから。あれを世にちゃんと出せなかったのは俺も残念でした。特に先行PVで流れていたサビのバラードパートがすごく良くて……」
「え……ほんとう?!」
し、心臓、止まるかと思った……大丈夫か、今日の俺の心臓。
ツキシオさん、いきなり貴方のドアップはマジで心臓に悪いです。
推しの瞳に俺が映ってる……あ、ダメだ。いきなりじゃなくてもこの距離は無理……。
「あ、ごめん。あのね……実はあのパート、私が書いたんだよ、初めてだったの」
「えぇ?! でもそんな情報、どこにも……」
「うん。リリース後に発表予定だったから。実はあの曲、コラボした子とそれぞれワンフレーズだけ自分で作曲したパートが入ってたの。私、すごく悩んで、頑張って書いて、それですごくいいものが書けたって喜んで……でも発表できなくて。ちょっと落ち込んじゃった」
知らなかった。
そりゃそうだ、俺たちファンは公開されている情報しか知らない。
ツキシオのゲーム好きはSNSで公言しているが、特定のタイトルは言わないので俺も追うことができなかった。
今……じゃないのか?
今だろ! 言え! ちゃんと伝えろ! 自分の言葉で!
「俺……あのサビが、好きだったんです。録音して、何度も発売まで楽しみにして、何度も聞いて……あの! すごく、良かったです! ツキシオが書いたパート!」
「……そっか。えへへ……ちゃんと届いてた人、いたんだ……あんなに頑張ったの、無駄じゃなかった……やばい、嬉しい! すっごく嬉しいっ!」
俺ほど、幸せなファンは世にそういないだろう。断言できる。
推しの幸せこそが俺達ファンの幸せだ。こんな風に推しを喜ばせることができた……これ以上の幸せなんか、そうは無い。
やばい、なんか目頭熱くなってきた……。
「ね、タルトさんこのアミュレット、値段って高いのかしら?」
「いえ、アミュレットとしては安価な部類です。特別な金属も使ってませんし」
「そっか。じゃあ……リクト! お守りにどうかな? せっかくだし!」
「あ、俺、買ってきます!」
「うん! あ、そろそろ時間だね。じゃあ私は外で待ってるから!」
俺は、その時かなり興奮していた。
まさか推しに、身につけるものを見立ててもらう日が来ようとは。
会計は混んでいたが待ち時間も興奮しっぱなしで時間なんかあっという間だった。
だから……まったく、予想なんかしていなかったんだ。
月ケ瀬詩音のファンサを、俺は侮っていた。
「すいません、お待たせしました!」
降り注ぐ太陽の下、店の出口で待っていたツキシオは……なんだか、悪戯っ子のような、神秘的なような……そんな顔をしていた。
「ね、リクト……やっぱりそのアミュレット、私が欲しいな」
「……え?」
「……だめ?」
「や、そんなこと……あの、どうぞ」
「ありがと……ん。どうかな? 似合う?」
「あ……はい……すご、く」
「そっか、よかった。うん……だいじにするね」
消えるかと思った。マジでこの前の魔族みたいに、光の中にかき消えるかと。
これはある種、茶番、とも言えるのだろう。そもそも買った金が人から貰ったお小遣い。
だからこれは、ツキシオが意図的に創り出したシチュエーション。
”自分がプレゼントしたものを推しが身につけている”という、もはや幻想に近い理想のシチュエーションだ。
しかも最後のトドメ。だいじにするねって……ツキシオが! 俺のプレゼントを! だ、だいじにするねって……!!
「……きゅう」
俺のキャパは、簡単に熱暴走してパンクした。
「おっと! もう、シオンちゃん。入口の影で待機しててってこういうことね」
「うーん、やはり耐えられませんでしたね。予想通り死にました」
「違うわ、タルトさん。今のは”殺しにいった”のよ。だって……ほんとに嬉しかったんだもん」
今日の本題はまだこれからだというのに、俺の意識はあっちの彼方へ。
ただ、わかったこともある。
俺は月ケ瀬詩音のオタクだから。月ケ瀬詩音のことなら、ちゃんとツキシオとも話せるんだな。
次話 融通きかないのも天才アイドル




