第七十夜 座敷童子
俺は長女がもうじき小学校へ入学するのと次女の誕生を機に、中古の一軒家を購入した。築50年の木造二階建ての家だった。
二階に六畳の部屋が二つ、一階には和室が三つあり、値段の割にはなかなかの広さだった。
「お父さん、二階は私と赤ちゃんのお部屋で良い?」
「アハハ、赤ちゃんが大きくなったらな。それまでは、二階の東側の部屋は真美の部屋で、隣の部屋はお父さんとお母さん、沙耶の三人部屋だな。」
「え~っ、皆んな二階にいるのかぁ。一階の部屋が余っちゃうよ。」
「一階の部屋は客間と仏間にするから良いよ。」
「ふ~ん、まぁいいや。じゃあ、私二階へ行ってお部屋を作ってくるね。」
「分かった。お父さんは、一階を片付けてるから。」
引っ越し屋が冷蔵庫やベッド、洗濯機を設置してくれたので、俺は一階でひたすら荷物の入った段ボールを開けて、中の荷物を片付けていた。
嫁と生まれたばかりの沙耶は、嫁の実家にいた。落ち着いてからこっちの家に呼ぶつもりだった。
片付けは難航していて、気がつけば窓の外はオレンジ色に染まっていた。
ガタガタ、
仏間で段ボールにつまづいたような音がした。真美が降りて来て、段ボールにひっかかったのかもしれない。
俺は仏間に行き引戸を開けた。
「真美?」
音がしたはずの仏間には誰もいなかった。
「お父さん、呼んだ?」
真美の声は、二階から聞こえてきた。
「真美はずっとそこにいたのか?」
「うん。」
「そっかぁ。真美、そろそろご飯食べに行こうか。」
「うん、すぐ行く!」
俺は仏間の音の事は忘れて、真美とファミリーレストランへ行った。真美は、食後にパフェまで食べてご機嫌で帰ってきた。
「真美、お風呂どうする?お父さんと入るか。」
「え~、一人で入るからいいよ。」
真美はそう言って先にお風呂へ入った。
その間俺は、真美のパジャマを用意して、ベッドを整えて、リビングでビールを飲んでいた。
コロコロコロ、コロコロ、
野球中継を見ながらビールを飲む俺の足元に、赤ちゃん用の布ボールが転がってきた。
「‥‥真美、お風呂から出たのか?」
「お父さん、何か言った?シャワーの音で聞こえないんだけど。」
真美の声は風呂場から聞こえた。真美はまだ風呂場にいるようだった。
仏間の音の事といい、今のボールの事といい、俺は何となく嫌な感じがした。
この家には何かいるのか?と一瞬思ったが、せっかく引っ越してきたばかりだというのに、幽霊が出るからといってまた引っ越すのは嫌だった。
なので、やはり気のせいなんだ、と自分に言い聞かせて、真美の後に自分もお風呂へ入った。
お風呂場は広くて浴槽でしっかり足が伸ばせて快適だった。浴室の壁や足元は、タイル張りだったので冬場は寒いかな、なんて考えていた。湯船につかりぼーっとしていると、脱衣場のアコーディオン扉を勢いよく開ける音がした。
「真美!真美か?」
返事はないが、風呂場のガラス戸には真っ黒な子供の影がはっきりと見えた。
そして目の前でスーッと消えていった。
俺は急いでお風呂を出て、脱衣場に行った。
しっかり閉めておいた脱衣場のアコーディオンカーテンは、開けられていた。
「真美!真美ー!」
「もう、何?お父さん私を呼び過ぎ!」
「お前、お父さんがお風呂入ってる時脱衣場へ来た?」
「行ってないよ。」
「そっかあ、ごめんな。」
「もう二階行っていい?」
「真美は、この家が怖くないか?古いし何か出そうで怖いとか、ないか?」
「別にないよ。‥まさか、お父さん怖いの?」
「いや、大丈夫‥。」
俺は真美には何も見えてないし、何も怖い事が起きてない事に安心した。だから、変な影が見えたのもやっぱり気のせいだ、とまた自分に言い聞かせた。
それからしばらくして、嫁と沙耶がこの家に来た。
俺はといえば、あれから特に怖い思いをする事はなかった。どうやら気のせいだったらしい。
嫁はリビングのベビーベッドに沙耶を寝かせると、早速お昼ご飯を作り始めた。
キャキャッ、キャッ、
「あら、珍しい。沙耶はベッドに寝かせると、すぐにぐずり出すのに‥。あなたがあやしてくれてるのね、ありがとう。」
「‥‥。」
俺はテレビを見ていて、沙耶の事は見ていなかった。
気になって、沙耶のいるベビーベッドに近づくと、ベビーベッドの頭の方を向いて、ケラケラ笑っていた。そちらの方を向いて手を伸ばして握る仕草をしたりして、沙耶の足元に立つ俺の方は見向きもしなかった。
まるで誰かがそこで、沙耶をあやしているようだった。
俺が沙耶の様子を不思議そうに見ていると、真美が俺の服を引っ張ってきた。
「お父さん、座敷童子だよ。」
「えっ?」
「お父さんと私がこの家に入った時からいたよ。ずっと私と一緒にいてくれてたの。だから、一人でお風呂に入ったり、寝てても怖くなかったんだよ。今も沙耶と遊んでくれてる。」
「ええっ!?」
「この家に来て本当に良かったね。」




