第六十五夜 娘の友達
幼稚園に通う年中の娘の奈々が、登園拒否をする様になりました。
幼稚園では気の強い女の子が多いようで、気の弱い奈々はどのグループにも遊びに入れて貰えず、いつも園庭で泥団子を作って過ごしていたのだそうです。
「ママ、今日はこんなに大きな泥団子を作ったよ。水を時々かけて、艶々にしたの。ママにも見せたかったぁ。」
年中に上がってすぐの頃、奈々がそう言っていた時は特に何も思わなかったのですが‥‥。
「ママ、今日もずっと泥団子を作ってたよ。」
「ママ、もう一人で泥団子を作るの飽きちゃった。」
「ママ、‥‥今日幼稚園休みたいなぁ。」
「ママ、今日休む。」
「ママ、幼稚園もう行きたくない。」
日に日に奈々は幼稚園へ行くのを嫌がるようになりました。
そして奈々が幼稚園を毎日休むようになってから二週間がたちました。
今日は幼稚園の先生の面談に来ています。
「奈々ちゃん元気にしてますか、幼稚園でも皆んな寂しがってましたよ。」
「‥奈々は幼稚園でずっと一人ぼっちだから、幼稚園へ行くのは嫌だって言うんです。」
「そんな事ないですよ。奈々ちゃん、麻央ちゃん達と話してる所見ましたよ。」
「‥でも、皆んなに遊ぼって言っても嫌だって言われてるそうです。」
「‥そんな事ないですよ。それにもうすぐ発表会があるじゃないですか。それをきっかけに皆んなともっと仲良くなると思いますよ。明日奈々ちゃん来ますよね?」
「‥。」
「奈々ちゃんに先生が待ってるよって言っといて下さいね。」
「‥はぁ。」
私は幼稚園で一人ぼっちだという奈々の言葉を信じていたので、正直先生の言葉はあまりピンと来ませんでした。
けれど発表会の練習が始まってる今、奈々には少しでも幼稚園へ行って欲しいという気持ちもありました。
奈々だけ発表会に出られないのは可哀想‥そう思った私は、家に帰るなり奈々を説得しました。奈々は、先生が一緒に遊んでくれるなら行く!と言って、久しぶりに登園をする事になりました。
奈々が久しぶりに登園した日、奈々が幼稚園から帰って来るまで、私はドキドキしながら奈々の帰りを待っていました。
けれど、幼稚園の送迎バスからニコニコ笑顔で降りてきた奈々を見て、私は安心しました。
「ママ、ただいま!私ね友達出来たよ。」
「そう良かったね、‥本当に良かったね。」
私は菜々が幼稚園へ行く気になった事、友達ができた事を心から喜びました。
ところが、何日か経つうちに私は奈々の話す言葉に不安を感じるようになりました。
「ママ、昨日友達の家に遊びに行ったの。幼稚園の大きな木の下の穴に住んでるんだよ。」
「ママ、友達が三人に増えたよ。皆んなやっぱり同じ木の下から出て来るんだよ。」
「ママ、友達が私の為に麻央ちゃん達を転ばせて怪我をさせたんだよ。」
「ママ、友達と幼稚園でかくれんぼしたよ。でも友達ずるいの、すぐに木の下の穴に逃げちゃうの。」
私は何となく奈々の言う友達は、私の想像する友達ではなく、架空の友達なのでは?と疑うようになりました。
そして月一回の懇談会で、先生に奈々の話をしたところ、先生は心配ないと言うのです。
「よくある話ですよ。子供達にしか見えない存在がいるんです。だから、お母さんは決して否定しないで認めてあげて下さいね。いつか奈々ちゃんが納得して、きちんとその友達とさようならするまで待ってあげて下さい。」
私は先生の言う通り、奈々の言う得体の知れない友達の話にずっと付き合いました。
そんな日々が一年以上続き、奈々もこの春無事に幼稚園の卒園式の日を迎える事ができました。
卒園式が終わり、皆んながそれぞれで写真を撮っている時間に、奈々が私の手を引いて幼稚園の大木のもとへ連れて行きました。
「ママ、友達の家だよ。こんにちは、して。」
「こんにちは。奈々と沢山遊んでくれてありがとう。」
「ママ、ちょっとここで待ってて。友達と話してくる。」
奈々はそう言って大木の下でヒソヒソ話しを始めました。
そしてシクシク泣きながら私のもとへ戻ってきました。
「友達ね、幼稚園の外へは出られないんだって。だから、もう会えないんだって。嫌だよう。大好きなのに。」
私は奈々を抱きしめ、背中をトントンしながら、大木を眺めていました。
そして心から大木に感謝して
『奈々が本当にお世話になりました。ありがとうございます。』
と心の中で感謝の言葉をかけました。
すると、大木の地際から白いモヤモヤが出てきました。そのモヤモヤはすぐに消えてしまいましたが、私は何となく自分の感謝の言葉が届いたのだと確信しました。
あれからすぐ入学式を迎え、奈々は小学校へ通うようになりました。幼稚園での辛い日々が嘘のように楽しい毎日を過ごしています。
幼稚園の大木の話をすると、その話は‥もうしちゃいけないんだよ、と叱られました。
奈々は卒園式の日に友達と色々約束をしたようです。私には一切何を約束したのか話してくれなかったので、どんな約束かは分かりません。
あれから二年経ち、ふと奈々にその話をふってみました。奈々はニヤリとして、そんな事もあったね、と言うのみでした。
子供の世界には、どうやら大人には言えない子供だけの決まり事がたくさんあるようです。




