第四十三夜 視線の先
俺はやたらと人の視線に敏感だった。職場でも、新入社員が俺の方をチラチラ見て悪口を言っている時は、すぐ気が付いた。
まあ、大抵は俺の見た目に関する悪口だった。
俺の見た目は、決して普通ではなかった。黒い長髪を額で二つ分けにし、後ろで一本で纏めていた。色白で長身で、眼鏡をかけていた。陰で俺がなんと言われているか知っている。
俺の陰のあだ名は、男版貞子だった。
俺は悔しいから、社内で視線を感じた瞬間に相手をジッと睨み返してやる事にしていた。そして毎回相手がビックリするのを見ては、ほくそ笑んでいた。
では、外見を変えてみれば?と行きつけのスナックのママさんに言われたが、そこはしっかり反論しておいた。
「なぜ俺があいつらの方に合わせなきゃいけないんだ。俺は誰に遠慮もしたくないんだ。だから俺は俺の為にこのスタイルを通す!」
「洋介、あなた‥本当に変わった人ね。若いのに、こんな場末のスナックのおばさんなんかにわざわざ会いに来るし。」
スナックのママさんとは、スーパーで知り合った。
ママさんが、通路のワゴンの缶詰の山を倒してしまったのだ。
近くにいた俺がすぐに拾ってあげたら、お礼の言葉と、ここのスナックのライターを貰ったのがきっかけだった。
「洋介も、意固地にならずに髪を切ったらいいのに。いい顔してんだから。」
「あいつらに迎合するみたいで嫌だな。」
「あははっ、本当にあなたみたいな変わり者、初めて見るわ。今まで散々色んなお客様を見てきたけど、あなたダントツよ。でも、うん、悪くないと思うわ。あなたの思った通りにするのが一番ね。」
俺は、ママさんの作った肉じゃがを食べて、ビールを一杯飲んでから家路についた。
その日の夜だった。
ベッドで横になり目を閉じると、頭の中に部屋のベランダ側のカーテンが揺れる映像が見えた。
カーテンの下側が盛り上がり、中から人間状の何かが出てきた。
お化け?宇宙人?真っ黒に大きく塗りつぶしたかのような目が印象的だった。
俺は目を開けて、体を起こし、カーテンの方を見た。先程の人状の何者かはいなかったが、不気味な長い影がカーテンの隙間から伸びているのを発見した。
何の影なんだよ‥‥
ベランダには確実に何かがいた。
結局俺は怖くて朝方まで眠れずにいた。そして寝不足のまま、出社して、仕事帰りにスーパーに寄った。
明日は仕事も休みなので、ビールとつまみと食パンを買いに来たのだ。
俺は駐車場に車を停めて、下りのエスカレーターに乗り食品コーナーへ来た。
夕方だからか、スーパーは主婦や子供連れでとても混雑していた。
俺はカゴを腕に通し、真っ先に酒のコーナーへと向かった。
すると、通路の先から視線を感じた。嫌な感じがして、思わず鳥肌がたった。
反射的に視線のする方を見てしまった。
そして、見てしまった事を後悔した。
スーパーの人混みの中に、一際背の高い人物‥‥らしき者が、いたのだ。
天井に頭がつくのではないかと思うほどの身長に、青白いような灰色の顔、大きな口をニカッと横に伸ばして、不自然に目を細めた表情‥‥
あの身長の高さも顔色も、不器用に作りあげた表情の何もかもが変で、人間ではない事は明らかだった。
なのに、皆んなそいつの事を全く気にせずに、買い物に勤しんでいた。
そいつは、俺の事に気付いたらしく、口元をさらにニカッと横に広げて笑って見せた。相変わらず、目つきも目線もおかしかった。
まるで何者かが、人間の真似をして歩いているかのようだった。
俺はそいつとはもう目を合わさないようにして、そっと通り過ぎた。
通り過ぎた後、背後からあいつの視線を感じたが、俺は絶対に振り向かなかった。
振り向けば、必ずあいつと目が合うに違いないからだ。
俺はそれからしばらくして、またママのいるスナックへ遊びに来た。
ビールを飲みながら、砂肝炒めを食べた。
「あら洋介、あなた髪を切ったのね。やっぱり似合うじゃない。会社でモテモテでしょ。」
「あはは、そんな事はないけど、前とは違う意味の視線は感じるようになったよ。」
「あら、ならたまには良い子を誘ってデートでもしてみたら?」
「‥気が向いたらね。」
「‥せっかくカッコ良くなったのに。まぁ、良いわ。」
そう言って、ママは他のお客さんの方へ行ってしまった。
俺はあのスーパーでの出来事の後に、すぐに髪を切って、眼鏡もやめた。
馬鹿らしいと笑われるかもしれないが、俺はあいつに顔を覚えられた気がして怖かったのだ。あいつが街で俺を見つけたら、絶対にまた俺を見てくるに違いない。
だから、髪型を変えて眼鏡もやめてみた。
それに、誰かの視線を感じても、無闇に振り向いたり見つめ返さない事にした。




