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令和百物語  作者: みるみる
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第二十夜 古い橋


「あーっ、寒い。」


俺は、友人達と終電まで飲んでいた。妻に迎えに来るように電話したのに、妻が電話に出なかったせいで、寒空の下俺はひたすら田舎道を歩いて家を目指した。


この田舎に来たのは、妻の父が認知症になって介護が必要になったからだ。


妻は育児と介護で毎日忙しいらしい。俺の事はほとんど放ってある。


昨日も今日もおかずの中に買ってきた惣菜が混ざっていた。しかも揚げ物だ。


冗談じゃない!惣菜屋の揚げ物なんか古い油を使って、油を吸いまくってるじゃないか、俺を殺す気か!俺は会社や俺の実家に文句を言ってやった。妻が毎日俺に買った惣菜を食べさせてるってな。


第一、五日も寝ないで介護と育児をしてるだなんて嘘だ。俺は妻がテレビの前で座ってご飯を食べているのを見た。


テレビを見てる暇があるじゃないか!それに俺は妻の実家へ来てやったんだぞ。もうちょっと、感謝してもいいじゃないか。


そんな愚痴を心の中で呟いているうちに、真っ暗な田んぼ道に出た。民家はない。田んぼといくつかの古い橋がひたすら続いていた。


風が容赦なく吹き付けてきた。俺は手をコートのポケットに入れて、肩を丸め前傾姿勢で歩いた。


「ちっ、向かい風かよ。なんでこんなど田舎に越してきちゃったかなぁ。」


妻の実家が田舎とは聞いていたが、住んでみて分かった。最寄りの駅はどれも無人駅だし、徒歩で三十分はかかるし、車がないと病院もスーパーもない。


「はぁーっ。遠いなぁ。」


俺は自分で言うのも何だがよくやってる方だと思う。


子供のお風呂も入れてるし、妻が義父の世話をしてる時も、子供をみてるのは俺だった。


これがいつまで続くのか‥‥。


歩いていると、前から車が来た。ライトが眩しくて身を屈めた。


「義雄さんか?」


「わぁ、びっくりした。及川さん?」


及川さんは、うちの近所のおじさんだ。いつも挨拶や世間話をしてくれて、感じの良い人だった。


「ああ、義雄さんは大分飲んでるみたいだね。少しふらついてたみたいだけど。」


「ええ?そんな事無いはずだけど。」


「ハハハハ、まぁいいさ。乗っていきな。」


「はい。あっでも、どこかに行くんですよね?」


「いや‥‥もう済んだ。」


そう言って、及川さんは俺が立っているコンクリート造りの古い橋の欄干に寄り、手を合わせていた。


「及川さん、何かあるんですか。」


及川さんは黙って俺を車の助手席に促し、ハンドルを握るとゆっくりと話し始めた。


「ああ、うちの娘がな、と言っても産まれる前に亡くなっとるんだけど、その子の事をうちのばあさんがいまだに気に病んでるんだ。


いまだに賽の河原で石を積んでるんだって、積んでも積んでも鬼が来て崩しちゃうから、いつまで経っても成仏出来ないんだってさ。


ばあさんが、あの子がお腹におる時に無理して働いて死産したのを、悔やんでいまだに忘れられんらしい。」


「及川さんの奥さんって‥‥。」


「ああ、この前亡くなった‥‥。でも、まだ浮かばれんらしい。今日も夢に出て来て、俺を呼ぶんだ。あの子がまだ浮かばれんから、可哀想だとな。ちょうどさっきの橋の欄干の所にボーッと浮かんでなぁ。もう四十九日も過ぎたのに、早く成仏せんといかんのに。」


「夢に出て来るんですか。」


「ああ、しょっちゅう。だから、夜中でもああやって行って、安心させてやらんと俺も寝かせて貰えんのだよ。もう、あの子はとっくに成仏しとるだろうに、ばあさんだけが囚われて浮かばれんでおる。


‥‥結局、亡くなった方よりも、残されたもんが強い悔いを残すんだろうな。いつまで囚われておるんだか。


まぁ、俺もばあさんの介護の時に酷い言葉や嫌な態度を取って、沢山傷つけてしまったからなぁ。こうやって夜中にばあさんに会いに行ってやるんだから、俺もばあさんに沢山の悔いを残してしまったんだなぁ。」


そう言って及川さんは黙ってしまった。俺は家に着いたので、お礼を言って家に入った。


生きてる間に悔いを残すな、か。


帰ったら、妻に文句の一つ、二つぐらい言ってやるつもりだったがやめた。何となく文句を言う程の事でもない気がしたからだ。


橋はあの世とこの世を結ぶという。及川さんの奥さんは、まだあの世に行けずにあの橋に囚われているらしい。


あの橋に奥さんを縛り付けているのは、奥さんではなく、奥さんに沢山の悔いを残してしまったという及川さんの思いではないかと思ってしまった。



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