第26話 ギャル、推す
「オタくん! 雅ちん! 今から送る動画を配信で流して!」
しばし戦闘を離脱していた煌梨さんから、突如そんな声が上がります。
何のことか、何のためなのか、何もわかりませんけれど。
「了解だ!」
「承知致しましてよ……!」
今更、この場面で疑うほど信頼していないわけではございません。
直孝様も、わたくしも。
それでは、見せていただきましょう。
この短時間で、何をしたのか。
この場面で、何を見せてくださるのか。
そんなことを考えながら、一瞬の隙を見つけて配信の画面を切り替え……た、瞬間に。
『はいどうもー、ダンジョン簡単攻略チャンネルのダンオタでーす』
とても聞き慣れた声が、耳に届きました。
『無策では強敵扱いされるスライム系モンスターも、このように武器の効果を利用すれば楽に処理出来るわけですね』
『ゴールドベアの表皮は確かに硬いけど、このように全く同じ場所に十五発ほど打ち込めば普通に貫通出来る』
『と、このように。障壁狐のバリアは10秒に1回0.03秒だけ解除されるから、その隙を狙えば簡単に倒せるんだ』
『ジュエリーブルは、先手必勝で頭を潰すのが一番手っ取り早いんですよ。でもそのためにはブレスの起こりモーションに合わせる必要があって、ちょっとタイミングがシビアなんですよね。その点、今回お見せする粘りコースはとても簡単です』
これまでに散々見てきた、ダン簡の配信映像………………いえ、少し違いますわね。
これは、あの切り抜きの。
それを更に編集して、簡易的なダイジェスト映像を作ったのですね。
なるほど、初見の方に直孝様を知っていただくならこの上ない資料でしょう。
そして……なるほど。
貴女が、そうだったのですね。
わたくしが妙な納得を抱く中も、ダイジェスト映像の音は耳を抜けていきます。
『まず、威力は高いがモーションのわかりやすいこれは流転の縄と千鳥細剣で弾く。次に、こうすると……目の前にある風操剣を掴むので、思いっきり振る。最後にこうしてこうして、絶命の赤靴』
そして、つい先程の映像まで流れたところで。
『これが、スパチャの力です』
「雅ちん、オタくん」
直孝様のいつもの声に重なって、静かな合図が聞こえました。
「ほほほほ……素晴らしい切り抜き集でしたわ」
後で映像データを……いえ、どうせ例のチャンネルに上がりますか。
即ブクマして鬼リピ確定ですわね……!
なんて思いと共に、映像を現在の配信に切り替えます。
そう……今は、過去の映像よりも眼前の光景。
推しが世界に羽ばたくその瞬間……リアタイどころか、ガチリアルでこの目に焼き付させていただきましてよ!
♠ ♠ ♠
「キラリンTV、雅なる部屋、ダンジョン簡単攻略チャンネルをご覧の皆さん、こんにちは。卯月煌梨です」
疲労で少し朦朧としてきた意識に、卯月さんの声が届く。
〈 今の、何……何? 〉
〈 なんか急に、ダンヲタのダイジェストが流れたよな? 〉
〈 つか、改めて切り抜きで見るとやべぇなダンヲタの動き 〉
同時に、困惑気味のコメントも。
「今、浅草のダンジョンで……あの、これはつい最近発見されたダンジョンなんですけど……えっと、なんかヤバい魔物がヤバいくらい出ててヤバいです!」
卯月さんの声は、そんな画面の向こうに訴えかけるような響きを伴っている。
〈 言いたいこと整理してから言った方がいいんじゃない? 〉
〈 ヤバいことは伝わったからセーフ 〉
〈 誰に何を伝えてんの? 〉
皆からのコメントも、さっきまでのカオスっぷりよりは幾分落ち着きを取り戻しているように見えた。
「今ウチらがいるのは第一層で、ここから魔物が溢れたら日本がヤバくて! もしかしたら、世界もヤバいかも!」
〈 まぁ、ヤバい 〉
〈 言うても日本国内だけの被害じゃない? 〉
〈 どう見ても背中に羽生えとるやろがい、海くらい余裕で超えるわ 〉
ピシリ。
千鳥細剣にヒビが入ったので、即座に新しいものへと切り替える。
「でも、安心してください! ここにはダンオタくんがいます!」
〈 そのダンヲタがピンチそうなんだが 〉
〈 お前のスパチャがピンチを救うんだよ! 〉
〈 言うて、もう残高もピンチなんやが 〉
〈 ワイはスパチャ上限に引っかかっとる 〉
〈 全体的に、赤スパ減ってきてるよな 〉
もちろん、今も戦闘は継続中だ。
河童装備のおかげで安定するようにはなったけど、戦闘スピードが上がった分武器の消費が激しくなったのも事実だった。
このままだと、程なくして詰みだろう、
「さっきのダイジェスト、見てくれましたか? オタくん……ダンオタくんは、スパチャがあればあるほど強くなるんです! それはもう、無限大に! スパチャ装備も凄いんだけど、何より本人がヤバくてさ! いやもうマジ毎回意味不明な動きとかするから! 発想も異次元! 皆も見たいよね!? 今来た初見さんとかはマジラッキー! とりあえず一回スパチャしてみ!? めちゃめちゃアガるから!」
〈 急に饒舌になるやん 〉
〈 オタクの鑑すぎる 〉
〈 キラリンってオタクだったん? 〉
〈 オタクのオタクであることは周知の事実 〉
というかそもそも、体力の限界も近かった。
「つまり、何が言いたいのかっていうと……えっと……」
卯月さんの声から、迷いが伝わってくる。
「世界を助けるために助けてっていうか、いや別にウチが助けるわけじゃないからなんかウチが言うのも筋違いっていう気もするんだけど、何て言えばいいんだろ……皆で力を合わせて応援、応援っていうのはスパチャのことで、つまりは、えーと……」
だけど……問題ないさ。
「……うん」
見なくてもわかる。
「そっか、そうだよね」
一度、気持ちを定めたならば。
「ウチに言えるのなんて、一つだけだ」
カメラに真っ直ぐ向き合うキミの声には、姿には。
「お前ら」
確かな、力があるんだから。
「ウチの推しを信じてスパチャしろ」
一瞬の静寂が訪れる。
それは戦闘中にも極稀に発生する刹那であり、コメント欄では割とよく見る光景だ。
前者は完全に偶然の産物だけど、後者は果たして……。
【把握。世界のためにスパチャします。 ¥30,000】
【給料日前だけど、そんなの関係ねぇ! そんなの関係ねぇ! ¥10,000】
【どっちかっつーと、オタクを応援するオタク支援 ¥10,000】
次々と、スパチメッセージが読み上げられていく。
【キラリンファンです。キラリンが信じるダンオタを信じます。 ¥10,000】
【乗るしかない、このビックウェーブに……! ¥5,000】
【よくわからんが、とりあえずスパチャしてみるぜ! ¥5,000】
【本日のお祭り会場はここですか? ¥10,000】
同時に膨れ上がっていく、スパチャ金額。
【確かにさっきのクリップは、最高にクールだったよ! $100.00】
【我々にも無関係じゃないんだろう? 少ないが、支援する €50.00】
【私は長年オタクをしている。この展開は伝説になる。記念投資。 $80.00】
【これがリアルタイム参加型アニメですか? ₩200,000.00】
中には、自動翻訳されたメッセージもあった。
どうやら、日本の外から見てくれている人たちもいるらしい。
「……ふぅ」
二人が出来る限りのことをやってくれたんだ、後は俺がやるだけ。
「スパチャ、センキュー」
いつも通り、シンプルに礼を言う。
顕現させるのは、これまで一度も選んだことのない……選ぶことが出来なかった武器だ。
その名は、『推力の剣』。
名称と最低額の記載があるだけで、特殊効果の説明さえも隠されている。
けど、これまで付き合ってきた自分のスキルだ。
この場面で選ぶなら、迷わず……レンタル費用が図抜けて一番高い、コイツしかないだろう。
「……ははっ」
手に出現させた瞬間にその武器の性能が頭の中に流れてきて、思わず笑みが漏れた。
スパチャ金額に応じて強い武具が生成されるというのが、スキル『スパチャ』の大原則。
本当に、それを体現したような存在だったから。
♥ ♥ ♥
「すっ、ご……」
目の前の光景に、思わず口からそんな感嘆が漏れた。
オタくんが腕を振る度に、モンスターが光の粒子になっていく。
あれだけ強かったモンスターが、あっけなく一撃で。
彼が今手にしてるのは、ただの小振りな剣のようにしか見えなかった。
これまでのスパチャ武器みたいに、何かの特殊効果が発生している様子もない。
なのに、次々とモンスターを消滅させていく。
まるで、神話の一場面か何かを見ているみたいな光景だった。
無限にいるんじゃないかって思えたモンスターが、見る見るその数を減らしていく。
いつの間にか、数えられるくらいにまでになって。
すぐに、数える必要もなくなって。
最後に、オタくんは深層に繋がる転移陣へと剣を振り下ろした。
ガラスが派手に割れるみたな音を立てながら、転移陣が崩れ去っていく。
その後には、静寂だけが残った。
ふぅ、とオタくんが息を吐き出す音までがハッキリと聞こえる。
それから。
「推力の剣……効果はシンプルに、『顕現時に代償としたスパチャ金額に比例して使用者の全能力を向上させる』」
いつも通りに冷静な、解説の声。
「つまり」
そして。
「これが……スパチャの、力です」
本当に……本当にいつも通りの、オタくんの台詞。
それを聞いた途端に、夢の中にいたみたいな感覚が急に現実感を帯びてきた。
ようやく終わったんだ、助かったんだって実感が胸に広がっていく。
今更湧いてきて怖さや、それを乗り越えた喜び、オタくんの勇姿を見たドキドキ、それから自分でも何なのかよくわからない色んな感情の数々。
それをどんな風に表せばいいのかわからなくて、自分の顔が百面相みたいに色んな表情を形作ったと思うけれど……結局。
「確かに、今回ばかりはそうかもね」
オタくんの言葉に対してそうコメントするウチの表情は、微苦笑を形作ってたと思う。




