第20話 オタク、探索する
「……だいぶ、このフロアの構造も掴めてきたな」
これまでにマッピングしてきた地図を眺めながら、独りごちる。
転移トラップに巻き込まれてから、今日で四日。
幸いにして、フロアそのものはそこまで広大ってわけではないみたいだ。
階層間を繋ぐ階段が見つかるのも時間の問題だろう。
問題があるとすれば、それが地上に繋がるものとは限らないこと。
それから……。
「……来る。次の通路、右から二体だ」
やっぱり、深層に相応しい強さを持つモンスターの存在だろう。
とはいえ、それも。
「ほんじゃ雅ちん、いつも通りで!」
「心得ましてよ!」
卯月さんと龍造寺さんが、張り切った様子で通路の向こうへと駆けていく。
その後ろを追っていくと、すぐにモンスターの姿が見えた。
今回の相手は、二体共が鹿型のモンスター。
ここに来てから何度も交戦した相手で、頭部に生えた対となる角の生え際中央がわかりやすく弱点であることもわかっている。
ただし、そこを突く難易度までが易いわけじゃない。
この階層のモンスターはほとんどがタンク用の装備でも余裕で貫通してくる程の攻撃力を有しているため、軽装が揃っているウチのパーティーだと一撃まともに食らうだけで致命傷となる。
しかも、立派な角は射程も十分。
正面からの対戦は得策とは言えないだろう。
無論、初めて出会う相手でもないのでそんな情報は共有済みだ。
「鬼さんこちら、でしてよ!」
龍造寺さんは、金色に輝く篭手を視界に入ったモンスターへと向けた。
すると、真っ直ぐ進んでいた二匹が龍造寺さんの方へと僅かに進路を変える。
龍造寺さんの篭手が持っている『挑発』の効果だ。
龍造寺さんのスキルによって、その効力は倍増。
このフロアの相手にも問題なく効いてるみたいだ。
「この隙に~」
龍造寺さんしか目に入っていない様子のモンスターの横をすり抜け、卯月さんがその背後に回った。
剣を構えるけど、この階層のモンスターは防御性能も相当なもの。
卯月さんの攻撃力で貫くのは不可能だろう。
もちろん、卯月さん自身もそんなことは承知済み。
「『ガチャ』、スタート」
彼女の頭の上に、ハテナボックスが出現してその天井が開く。
「んんっ、R……でも、効果はこの場面においてはたぶん上々! 『ランダム状態異常確定付与』でっす!」
光が自身を包むと同時、卯月さんは鹿型モンスター二体の背中へと連続で剣を突き立てた。
カキンカキンと弾かれたので、恐らくダメージはゼロ。
しかしこれまでの検証から、卯月さんの『ガチャ』においてこの手の効果の発動条件はダメージ有無じゃなく単純に当たったか否か。
『!?』
鹿型モンスター二体に、それぞれ別種の異常が現れる。
片方は明らかに動きが鈍くなっていることから、恐らく麻痺。
そんな片割れへと襲いかかる様から、もう一体は混乱ってところだろう。
両方が動作阻害系ということで、ますます都合が良かった。
「皆さん、スパチャありがとうございます。『絶命の赤靴』、使わせてもらいます」
ここまでに投げられたスパチャからスキルを発動し、両足に装備。
まずは混乱している方の個体は足払いして、倒れたところを踏みつけることで押さえつける。
その際、狙うのは二本の角の間。
一秒……二秒……三秒。
相手の弱点を三秒以上踏みつけた時のダメージが致命傷レベルまで引き上がる『絶命の赤靴』の効果が発動し、鹿型モンスターは光の粒子となって消えていく。
次いで麻痺している方は蹴飛ばして地面に転がし、同じく踏みつけて三秒。
こちらも、光の粒子と化した。
状態異常のおかげで、楽に処理することが出来たな。
「「いぇーい!」ですわ!」
卯月さんと龍造寺さんがハイタッチを交わす。
元々、決して実力が低いわけではなかった二人だ。
ここ最近の伸びに加えて、深層に転移させられたことによる緊張感でますます研ぎ澄まされてる。
このレベルのモンスター相手にも、問題なく立ち回れるようになっていた。
ここはどうやらトラップよりもモンスターの脅威に重点が置かれたフロアらしく、モンスターにさえ対処出来れば探索難易度はそこまで無茶なわけじゃない。
慎重を期すためどうしても時間はかかったが、やがてその時は訪れた。
ドロップ品を回収して少し進んだ先に発見したのは、一部が光っている床。
「あっ……ねぇねぇ、見て見て! あれって、ウチらがここに飛ばされた時に出てきたやつと同じじゃないっ?」
「転移陣……模様も、わたくしの記憶にあるものと一致しているように見えますが……」
二人の視線が注がれる中、俺は注意深く転移陣を観察する。
龍造寺さんの言う通り、俺たちが第一階層から飛ばされた時に出現したものと全く同じ文様。
それは対となっていることの証左であり、つまり。
「あぁ……一階に繋がる転移陣だ。直結で戻れる道があるとは、ラッキーだったな」
ということだった。
『っしゃぁ!』
卯月さんだけでなく、龍造寺さんも珍しくラフな感じの叫びと共にガッツポーズ。
〈 ここまで長かったなー 〉
〈 ダンヲタの中でも最長配信だよな、今どんくらい? 〉
〈 今で四日目 〉
〈 俺の四日に及ぶ徹夜視聴も、ようやく終わりを迎える時が…… 〉
〈 お前は寝ろ 〉
〈 当の本人たちでさえ交代で寝てたのに…… 〉
〈 ダンヲタたちが寝てる間は何してたんだよw 〉
長い探索期間で流石に稀になっていたコメントも、一気に活性化してきたようだ。
「そんじゃ、早速帰ろうよ! ウチ、早くお風呂に……」
「お待ちくださいまし!」
転移陣と駆け寄ろうとした卯月さんを、龍造寺さんが押し留める。
今や俺がそうする必要がなくなった辺り、本当に良いコンビになったもんだ。
「……あー、そういう系ね? ま、そりゃそうか」
卯月さんも、少し遅れてその存在に気付いたらしい。
そんな彼女の反応を待ってたってわけでもないだろうけど、転移陣の裏側からのっそりと大きな影が現れる。
サイズ感を除けば、全体的なシルエットは俺たち人間に近いものと言えよう。
ただし赤く光る瞳孔は水平方向に伸びた四角いもので、頭部には二重に螺旋を描く大きな角が生えていた。
悪魔系モンスター。
大抵の場合は、その階層の中でも厄介な能力を持っている。
転移陣の後ろに控えていたことからも、つまり。
「フロアの最後には、ボスが付き物だもんね」
そういうことだろう。
「そんじゃ、サクッと倒しちゃおう!」
「えぇ、そしてさっさと地上に戻りましょう」
『お風呂に入るために!』
二人の声と、構える動作が重なった。
〈 そこがメインなんかいw 〉
〈 女の子だからね、仕方ないね 〉
【これで二人をお風呂に連れて行ってあげてくだちぃ ¥10,000】
〈 俺も一緒に行くから、皆でお風呂入ろうぜ! 〉
〈 風呂代にしては高すぎでは? 〉
〈 風呂代って言ってその価格だとなんか別の意味になりませんかねぇ…… 〉
【支援 ¥5,000】
【ボスバトルだ! ¥3,000】
これまで視聴者もフラストレーションが高まっていたのか、ありがたいことにスパチャも次々と飛び交っていた。
「皆さん、応援ありがとうございます」
とはいえ、油断は禁物だ。
一旦『スパチャ』は温存して、相手の出方を伺うことにする。
ここが何階層なのかは未だに不明だけど、深層であることは間違いない。
一手のミスが、即壊滅に繋がりかねなかった。
「来るぞ!」
「わたくしが引きつけます!」
俺の警告の声とほぼ同時、龍造寺さんは金色の小手を掲げる。
『挑発』効果で悪魔型モンスターのターゲットを取ると同時に、円盾を構えた。
突進してきた巨体がガンッと勢いよくぶつかるが、龍造寺さんは盾でどっしりと受けきる。
『鉄壁』……防御力の向上と、衝撃の緩和が装備の持つ効果だ。
もちろん、スキルで『倍加』済み。
「っ……!」
とはいえ衝撃が全くなくなったわけではなく、龍造寺さんは歯を食いしばりながら受け止めている。
その体勢のまま、明確な意図を含んだ視線がチラリとこちらを向いた。
「あぁ」
俺は、口の中で転がす程度につぶやきながら小さく頷いて返す。
初見のモンスターを相手取るのに、最も大切なことは『観察』することだ。
ソロなら自分で相手しながら試行錯誤を繰り返すしかないけど、今の俺には頼もしい仲間がいる。
なら、俺の役割は──




