第一話:悪友
1977年 春。
奴と同じクラスになった。中学二年だった。
たまたま、俺の家には親父達がたまに使う雀牌があった。
奴が「麻雀ってどうやるの?」とか聞くので、小学生の頃から親父達の素人麻雀を見ていてルールだけは知っていたので、その雀牌を出して実際に見せながら説明した。
大人になって奴が「メンツが足りないから入って」などと言うので、俺も一緒に雀卓を囲んだりしたが「リーチ一発」とか「ロン、ツモ」とか奴は容赦なかった。
将棋を知らないと奴が言うので、詰将棋の本などを読んでいた俺は、駒の動かし方と当時カッコいいと思っていた「四間飛車」の戦法を教えてやった。
中学年三年になる頃には「四間飛車」を使う奴に勝てなくなっていた。俺は受験勉強を言い訳に対戦をしなくなっていた。
奴の家は農家で「サラリーマンの家に憧れる」とか言うが、土地の話になると「何ちょうぶ」とか俺の知らない単位をサラリと使う。その土地の広さが俺には全くイメージ出来ないが、とてつもなく広いに違いない。
テストの点数はあまり変わらなかった。当時の中学校では、テスト結果が点数順にされて、順位表が廊下に張り出された、抜いたり抜かれたり「どんぐりの背比べだな」と笑い合った。
体育のときは、跳び箱では跳べない列に並んでいて奴が跳ぶと「なんだ、そりゃ」と笑うが、俺が飛んでも全く同じで笑われた。鉄棒では校庭の一番端の一番低い鉄棒に並んでいて、先生にも見放されているので、授業にも受験にも関係のない、どうでもいい、つまらない話ばかりしていた。
1986年 初夏。
大人になってからも奴とはよくつるんでいた。俺がバイクに夢中だった頃、奴は86で峠の走り屋だった。あの頃の峠は夜は四輪で明け方はバイクの番という感じで入れ替わっていた。四輪とバイクではライトの照射範囲が違うので、夜はバイクで峠は攻められないのだ。その為、自然とこんな分担が出来上がって行った。
バイクで走りに行くときは一人で行くと決めていたので奴と会うときは決まって夜だった。よく86の助手席で奴の運転の横に乗せてもらっていた。バイクでは使わないテクニックを幾つも持っていて、四輪の安定性もあるのだろうが、スキール音を鳴らしながらこじるようなステアリング操作はサーキットのような安定した路面では身につかない技だと思っていた。
とにかく滑りそうな場面での滑りの逃がし方が上手かった。バイクではフロントが滑ったら終わりだが、奴の86はその上を行っていた。
2019年 夏。
「大型バイクの免許を取ったから、バイクを買いに行くので付き合って」
奴から誘われた。
奴が何のバイクを買うのか興味があった事もあり
「ああ、行く、行く」と二つ返事で答えた。
奴は言う
「やっぱりバイクはパワーだよな」
俺は応える
「バイクは加速でトルクだよ」
そんなこんなで、結局、奴が選んだバイクはMT-09だった。
このパワーを手に入れた奴が少し羨ましかった。
「おお!何だよ、俺が欲しかったやつだよ」
奴は軽く応える。
「だろ?欲しくなるよなぁ」
少し嫉妬混じりに
「こんなジャジャ馬、扱えるのかよ」
と言うが、奴は
「やっぱりパワーがなくちゃ、これを乗りこなすんだよ」
50歳も過ぎているのに、己と言うものも顧みず向上心は失わない。
「こいつもバカだなぁ」と俺は思った。
当然、これから、奴と二人でツーリングに行く事になるだろう。俺のMT-07でついて行けるのだろうか。
これから、奴と奴のMT-09に、俺のトータルバランスのMT-07を見せつけてやると内心、燃えていた。




