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恋文の日 小話


☆9章の人物関係にてお送りします。未読の方いらっしゃいましたら念のためご留意ください!

☆恋文の日(5/23)に因んで。



 

 

「恋文?」


大庭園の奥、ひとけのない東屋にて。

メイメイが告げた言葉に、今絶賛お試し期間中の美しい恋人は目を瞬いた。

 

冷たい風で仄かに赤くなった耳が、いたわしくも愛らしい。

一言断りを入れてから手を伸ばし、ソユンの耳を掌で覆った。温かいねと微笑む顔が予想より間近だったことに、少しまごつく。

 

ゆっくり手を離して、自分の頬に当てた。先ほど感じた冷たさと打って変わって、熱い。

 


こほんと一つ咳払いをして、気を取り直す。


「そうです! これまでは簡単な連絡に留まっていたのですが、さらに、こう……。甘い感じの手紙も交わせたら素敵だなあと……」


勢いの良かった声は、段々と尻すぼみになった。目の前の美貌を上目づかいに見つめながら、両手の人差し指をちょんと合わせたり離したりを繰り返す。


「いいね。まずは僕から書こうか?」


「こっ、ここは、言い出したわたしから書かせてください……! 今度お手紙お送りしますね!」

 

軽やかな提案に、メイメイは挙手をして制する。

ソユンに恋文を書いた経験があるのかは分からないが、もしとてつもない破壊力の手紙が来たら、それに見合った返事を書ける自信がない。


(情熱とは遠いところにいそうな人だからと軽んじていてはいけない、よね。ソユン様は何事も器用にこなす方……!)


若干失礼なことを考えながら、拳を握って気合を見せる。

そんなメイメイを見て、ソユンは楽し気に笑った。




 

「とは言っても、わたしだって書いたことないし、小説でもあんまり恋文の文面までは出てこないんだよねえ……」


宿舎に戻ったメイメイは、さっそく机を前にして頭を抱えた。

そばに何冊もとっておきの本が詰まれている。読んでみたが、残念ながらあまり参考にはならなかった。


「ど、どうしようかな。うーん、難しい……」


胸に抱く想いを文字にするのが、こんなに大変だなんて。


 

「メイメイ?」


「アンリ、いいところに! 婚約者さんに恋文送ったことある?」


唸っていたところで、同室の親友アンリが部屋に戻ってきた。

幼馴染の婚約者持ちである彼女を振り返り、わあっと助けを求める。


「こ、恋文……? うーん、どうかしら。メイメイはソユン様に送りたいの?」


市場で買ってきたらしい乾燥果実を皿に並べて、アンリがささっと隣に座る。

メイメイも、先ほど宿舎の管理人から貰った着香茶を二つの茶碗に注いだ。


「そう! わたしが言い出して送り合うことになったんだけど、書き方が分からないの」


「告白するわけではないから……、好きなところを書いてみるとか?」


「そ、そうしてみる! たくさんあるから書くことには困らないし。……ねえ、アンリは書かないの?」


一度紙面に顔を向けたが、ふと思い立ってにまにまとアンリを見る。

頼れる親友は小首を傾げた後、優しく微笑んで頷いた。メイメイがあまりにもわくわく見つめていたからかもしれない。


「じゃあせっかくだし、わたしも書いてみようかしら」


「きゃー、どんな返事が来るのか気になるーっ! よし、じゃあ早速一緒に書こう」

 

そうして二人並んで手紙を書くことにした。

 


『ソユン様の目が好きです。角度によって紺や青の光をちらつかせる美しい灰青は、わたしの大好きな色になりました。それから、ソユン様の髪が好きです。以前から柔らかそうだと思っていましたが、初めて実際に触れてみた時、ソユン様が着ていらっしゃる上質な絹のようだと驚いたんですよ。それから――』


納得できるところまで書き終えてから、一度手を止める。

隣を見ると、口元に手をやって考え込みながら、アンリはゆっくりと書き進めている。

 

そんな彼女を横目に、少しもじもじして、最後に付け足した。

 

『まだ知らない一面もたくさんあると思いますが、少しずつ知っていけたら嬉しいです。きっと、全部が好きですが』


手で火照った顔をはたはたと仰ぎ、墨が乾いた頃に、封をする。



 

◇ ◇ ◇


 

王都の邸宅にて。


「あはは、あの娘らしいや」


細部まで観察した自分の報告書のような手紙が届いて、ソユンは思わずふっと笑った。


「左足から歩き出すことが多い……? それは知らなかったな」


無意識の習性にまで触れられていて、その観察眼に感心する。

そして、最後の二文を、指でそっとなぞった。書いている様子が頭に思い浮かぶような筆跡だった。


「この手紙には、やっぱり同じように返すのがいいのかな」


瞳、髪、ふだんの仕草。

そういったものを思い浮かべながら、滑らかな紙面にさらさらと筆を滑らせる。




◇ ◇ ◇


 

「えっへへえ……、軽やかで元気な声って言ってくださって嬉しいです。それから、この赤毛は初対面の時にまず目を引いたと……! わたしソユン様に赤毛ちゃんと呼んでいただけるのがすごく好きで……」


受け取ったメイメイは、たまらずソユンに会いたい旨を手紙に綴った。

 

そうして今は送り主に向かって、手紙の感想を告げている。

メイメイほどの文量ではないが、よく考えて丁寧に書いてくれたことが分かるので、全文が嬉しかった。


弾む気持ちは身体中をいっぱいにし、口元のにやにやはどうにも収まらない。

手紙を抱きしめてその喜びに浸ってから、ふと顔を上げてソユンを見る。

――少しだけ眉を下げ、若干伏し目がちだ。


 

「わあ、調子に乗ってすみません……! 全然困らせる気はなくて……、?」


慌てて手を胸の前で振り、弁明をする。不快に思われていたらどうしようと。

しかし、改めてソユンをよく見てみると、なんだかほんの少しだけ。本当に僅かに、頬が染まっている気がする。


「あ、れれ……。えっと、その……」


「ああ、困っているわけではないよ。ただ、普段書き慣れないものを書いたからか……」


そこで言葉を区切って、困ったようにはにかんだ。


「目の前で読まれると、少し照れるね」

 

その顔が珍しくて、あまりにも愛おしい。


こみ上げる気持ちを抑えきれず、がばっと抱き着いて、頬に口づけをした。

大好きな人はきょとんと瞬いてから、目元を優しく和らげ、メイメイの背中に手を回す。



近い距離で目が合って、微笑みを交わす。二人の影は、やがて重なった。





 



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