愛車:エース号
「あ〜こればっかりは、あの男に感謝かなぁ」
アオイは、元婚約者のキャンプ道具のバーベキューコンロを[複製]し取り出すと、もりもり炭を積み上げてライターで火をつけようと・・・ふと手を止めて、炭に手をかざし「〈着火〉」と呟いてみる。
すると、なんと言う事でしょう。思った通りに炭に火がまわり、あっという間に煌々と炭が燃え始めた。
「火起こしがこんなに簡単に!」
アオイは〈魔法〉の便利さに感嘆の声をあげながらも、コンロから少し離れた場所に折りたたみテーブルを出した。
「村の人は何人ぐらいいるの?」
「は、な、48人です」
「挨拶がわりにご馳走するから、来られる人はみんな呼んできちゃってもらっていいですか?」
「は、ハイっ!」
ライズ村長は返事をしながら、転がるように松林の中に走り出した。
アオイは、足りなかったら都度調整することにして[複製]した折りたたみテーブルと椅子をざっと並べたのだが、エース号の中にあったのは、ガーデンパラソルまでついているアレだった。
あの、オサレなカフェでお店が使ってる木製の立派なやつ。
これってキャンプ用じゃなくて、もはやガーデンテーブルと椅子な気がする。
夕飯だから、パラソルは使わなくて良いだろう。
アオイは、コンロのそばに出したテーブルの上に、まな板と包丁を出すと「宴会なんだからやっぱり肉だよね?」と、買ったばかりの牛肉塊を出した。
そこからやや厚めに肉を切り分け、筋切りした一枚を収納し直し、リストを開いて[複製]してみる。
[ステーキ肉 ×100]
そして デデン! と、テーブルの上に切りわけられたステーキ肉を出してみた。
「便利過ぎる!」
アオイは喜びの雄叫びをあげ、次々と炭火の上の網に肉を並べた。
ジュウ! と良い音を立てて、脂の乗った牛肉から煙がたった。
「待って。焼いたの[収納]して[複製]した方が時短になるのでは!? ヤダ〜魔法料理が楽し過ぎる!?」
アオイは、炭火に並べてしまった分に、ガサっと胡椒とガーリック塩をふりかけ、火加減を整える。途端に手が空き思い出した。
「そうだどうせアレもエース号に乗せっぱなしだろ」
何チューバーだかのキャンプ動画に感化され『車中泊キャンプ用にカスタムする』と後部座席を取っ払い、壁と床を張っただけで力尽き、放置されていた私の愛車[エース号]。それをあの男は、自分の物置のように使っていた。
おかげで床下には、それこそ買っただけで、ほぼ使われていないキャンプ道具がみっちり詰まっている。
その置きっぱなしになっていた中から、目的の鍋を探し出した。
いや、モニター見てるだけだけど。やたらデカくてクソ重いダッチオーブン。
『キャンプ飯に鶏の丸焼きを作りたい』と買って、予行練習にアオイの賃貸マンションの台所で調理し始めたは良いが、いざ焼きに入ると、安全装置が働いてすぐ火は止まり、家庭用ガスコンロでは思うように調理できなかった。
生焼けの丸鶏は仕方なくアオイが解体し、魚焼きグリルで焼き直したが、あの男は機嫌を損ねて料理に手をつけず、酒だけ飲んで帰っていった。
そのたった一回だけ使ってほったらかしにされた鍋。
アオイは、老いたロクをひとり家においていくのが耐えられなくて、彼の趣味には付き合わなかった。
そんなアオイの愛車:エース号を、多少強引でも改造したら、協力的になるとでも思ったのだろうか。
結局アオイは、一度も一緒にキャンプには行かなかったけど、あの男だって出かけたのは数えるほどで、結局道具一式車に乗せっぱなしで放置していた。
あぁ、そうか。あの男は、ずいぶん以前からそうゆう男だったのだ。
・・・待って。そんな男と、なぜ結婚しようと思った?
「アオイ? どこか痛い?」
呆けて止まっていたアオイの手に、ナナがそっと手を添え、顔を覗き込む。
アオイは、片手で目元を覆うと「なんでもないの。ちょっと、思い出せない事があって」と、こめかみをグリグリとマッサージして気持ちを整えた。
「さあ、じゃんじゃん作っていくよ!」
良い感じに肉が焼けたので、アルミホイルで包んでしばらく置いておく。
なんか汁物があった方がいい。と、ダッチオーブンでは手早く豚汁も作ってみた。
コチラはガスバーナーに重い鍋用の五徳で補助して、火加減を調節しやすくする。
同じくもう一つの鍋では、米がグツグツ煮立っていた。
5分ほど待ったら、極弱火、なんなら火から下ろして焚き火のそばに置いておくぐらいでいい。それで15分辛抱強く待ち、火から離してしばらく蒸らしておけば、テンションマックスの白米が炊き上がっていた。
「鍋で炊いたごはんって美味しいよねぇ〜」
しゃもじで米を返し、蓋をして一旦[収納]し、そこでまたリストで選んで[複製]だ。
鋳物鍋で米を炊くのは少々コツと慣れが必要だが、幸いアオイは料理教室で経験済み。ガッと加熱して、その後優しくケアすりゃそれこそ、米総立ちのスタンディングオベーション。
[銀シャリ:炊きたてのミルキークイン(極)が入った鍋]×100
釜炊き白米は保温ができないのが玉に瑕だったが、これでいつでも炊き立てのご飯が食べ放題だ。超チート。超便利。超幸せ過ぎる。万歳魔法料理!!
アオイは、[収納]から再び米を炊いたダッチオーブンを出すと、次いで保温加熱しておいたステーキ肉を鑑定する。
鑑定解析
[米沢牛のステーキ(極)]
備考:とてもおいしく焼けました。
アオイは、思わず両手拳を突きあげ空を仰いだ。
驚いたナナとハチが、びっくり顔でこちらを見ている。
焼き方は中心部が65℃のミディアムウェア。
だがここは異世界。
70℃以上加熱するべきなのかも知れないけど、日本で買ったステーキ肉だから信じる。日本の肉屋を信じる。でも流石に素人が焼いたレア肉を提供するつもりは無い。だからこれでじゅうぶん。上等上等。
お肉は食べやすい大きさにカットして、木製のトレイの上に乗せ、高級ミニトマトのアイコと、きちんと水を切ってドレッシングを和えたベビーリーフのサラダ。
それに可愛く切り分けたシャインマスカットを添えて、具の入っていない握り飯ものせ、すかさず[収納]して数を増やす。
[ステーキディッシュ]×100
「食卓につく全員に、同じタイミングで料理を提供できるって、飲食店やるのに凄まじく便利だなぁ収納機能」
ハチの話では、この[収納]は【錬金錬成】スキルの空間操作の一種であるらしいのだが、時間停止機能や、無限容量、内容物の複製・復元、などは[異世界人チート]の一環らしい。
噂の等価交換とやらが適応されないのはそのせいだろうか? いやいや、魔素だかマナだかを交換しているのか? なんにしてもありがたい。
「便利なスキルをくださってありがとうございます。なんとかコチラでも食べていける職につけるかも知れません」
アオイは、そのまま目をつぶり、じんわりと神様達に感謝する。
見てるか聞いてるかはわからないけれど、こうゆうのは気の持ちようだ。
イワシの頭でも竹ぼうきでも、信じる心は大切だ。
キュゥゥゥ。
音のする方をみると、ナナが眉を下げてお腹を抑えている。
ヨシ! つまみ食いしちゃおう。
アオイは、ご飯を一口大に軽く握り、塩胡椒して切り分けたステーキを一切れ乗せて、ナナに「あ〜ん」と口を開けるように促し差し出した。
ナナの口が、雛鳥のようにぱかっと開く。カワイイ。
そのままステーキの切り身が乗った一口おにぎりを ポイ と口の中に放り込んだ。
モグモグモグモグ・・・
眼を閉じて咀嚼するナナの顔は、みるみるうちに紅潮し、ニンマリと口角が上がっていく。
とうとう両頬を手で押さえて、ごくりと飲み込み、ホゥ とため息をついた。
「こんなに美味しい肉を食べたのは初めて・・・」
そうだろう。そうだろう。
私も食べた事ないよ。と、アオイも一口おにぎりを口に入れた。
「オイシー!」
良いんじゃないでしょうか? コチラの皆さんの口にも合うようだし?
「ハチは? お肉食べられる?」
「アオイを通して魔力をもらっているし、何も食わなくてもよいが、2人を見てたら食べてみたい」
ハチは、ナナを真似て口をあーんとあけた。
アオイは、同じく肉の乗った一口おにぎりを ポイ と口の中に放り込む。
モグモグモグモグ・・・
鼻の先から尻尾の端まで、放電と共にシビビッと毛を震わすと、ハチは歓喜の声をあげた。
「美味しい! 美味しいぞ!? なんでだ!?」
「なんででしょう?」
続けて2個、3個と、2人の口にステーキ握りを放り込み、合間にアオイも ポイッ と口に含んで3人並んで咀嚼する。
口の中で、肉汁が米と混ざり合い、ひと噛みごとに舌上には、幸せな味が広がっていく。
脳内でセロトニンがドバドバ出ているのを感じるよ。
あぁっ! こんなにご飯が美味しいのっていつぶりだろう! 白米サイコー! 白米って偉大だ。
アオイが、魔法料理の完成度に感動してまたしても空を仰いでいると、タイミングよく村の猫耳達も浜辺に集まり出したようだ。
食べた後のみんなの反応が楽しみだな。と、アオイはワクワクした気持ちをそのままに「いらっしゃい!」と笑顔で皆を迎えた。