雷の聖霊と獣人達
どうやら件の祭壇の内部にいたらしく、外に出たアオイは、石造の南米ピラミッドの小型版の様な建物を見上げた。
クルルカンの神殿に比べたらずいぶん小さく、せいぜい2階建てのアパートぐらいで、到底 城 とは呼べない。
やはり大きな祭壇と言う感じで、当然最上部にチャクモークは無かったが、死屍累々の上に子供たちが縛り付けられていた光景を思い出し、アオイは身震いした。
見上げた先の空は、その時の大雨が嘘のように晴れ渡り、松林の木々の合間から抜けるような青空が広がっている。
間に合って本当に良かった。
アオイは、ぴょこぴょこと跳ねる様に周りを歩くナナに視線を落とす。カワイイ。黒猫の獣人。カワイイ。たまらん。絶対幸せにする。
「危機は脱したって事だよね?」
「また嵐は来るよ」
「そっか。でも人が死ぬような落雷はもう無いのでしょ?」
アナタが来たのだから。と、アオイはヒソヒソと雷の聖霊ハチにお伺いを立てる。
ハチは目を細めて首を左右に振った。
「溜まった雷は定期的に放電させないといけない」
「そうね。そうよね。でもこれからは、どこに落とすかはハチが決められる。そうでしょ?」
なるべく人のいない、海の方ででも思う存分放電してくれれば、被害はそう大きくならないのでは?
アオイはハチを見たが、聖霊様は「何処ぞの王族が結んだ《神聖契約》がある」と告げ、視線を誘導するようにその先へ顔を向けた。
アオイもつられてそちらに目を向ける。
ここから少し離れた場所に、石造りで円筒形の塔が建っていた。
あちらは三階建てくらいだろうか。
塔と言ってもピサの斜塔のような美しさは無く、なんの装飾もされていない灰色の切り出し石を積み上げただけの、三角の屋根がないので、作りかけのサイロの様だ。
「あっちの建物は何ですか?」
「[魔法師の塔]です。あの塔を完成させるために、毎年生贄が捧げられておりました」
村の案内のために残ってくれたライズ村長は、アオイの質問に無表情で答えた。
「何十年も前に、この国の中央貴族達が突然やってきて、あの塔の建設を始めたと聞いています」
ライズ村長とナナの言うことには、この村は古くから獣人達が暮らしてきた漁村で、細々と海の恩恵を受けながらも、穏やかに平和に暮らしていたのだが、王都からきた人間達がいつしかあの塔を建て始めたあたりから、嵐は年々酷くなり、雨風も強まり落雷の数も増えた。
それでもなんとか石を積み上げるのだが、なぜか周りの松林よりも高く石が積み上がる頃になると、塔に雷が落ちて必ず破壊してしまうので、いつまで経っても完成できないのだとか。
「あの塔には近づかない方がいいよ。悪い呪いを持っている人間がいつもいる」
「悪い呪い?」
「奴隷です」
ナナが嫌悪を露わに顔をしかめた。カワイイ。
アオイが、その顔をワシワシとなでさりながら聞き返した質問には、ライズ村長が続けて答えてくれた。
「隷属の呪いは猫族が最も嫌悪する呪いなのです」
村人の大半が猫族だった当時、絶対に奴隷にならない代わりに、人足として労働力を提供するに止める為《神聖契約》と結んだのだとか。
普段は、その奴隷達と村人数人が塔の外壁の石を、積み上げていているのだと言う。
「何の為の塔なの?」
「魔法師が住むんだって」
「魔法師?」
「大戦時に、人造兵器として製造された魔法使い達の子孫です」
昔、この世界では、魔族と人間達の領土争いを収めた大きな戦争があった。とライズ村長は話し始めた。
長い戦いの末、強力な魔族に対抗するべく、人間側の為政者達は、強い魔力を持つ人間を意図的に産み分け育てる事に成功した。
数で優っていた人間達は、魔族に対抗できる魔法使いを使ってその戦いで勝利し《聖領域》を拡大させると、魔族達を《魔領域》に追いやり、お互いの領域をそれ以上侵さない事で、長い戦いに終止符を打った。
「はっきりと分けられた領土線を超えた場合、お互いに命の保証はないと神々が決めたのです」
「はっきり線が引かれているの?」
「大陸の中心に向かう森が《魔領域》で、我々が暮らす《聖領域》に現れた魔族や魔獣は討伐対象です」
「んんん?」
それ《魔領域》と《聖領域》に別れて、お互いの棲み分けが定まった。ってだけで、戦争に勝利したと言えるんだろうか?
相変わらずモンスターは《聖領域》に出るのでしょ?
とにかく、その後、戦争に貢献した人造兵器達に人権や権力は与えられる事はなく、平和になった今、為政者達は強力な力を持つ魔法師達をもてあまし始めたのだとか。
何代もたった未だに、強い魔力を持つ者の中には魔力を暴走させ、その度に人の住まう場所では大きな被害が出るので、魔法師達を疎みコミュニティから遠ざけたい。
とは言え、共通の敵を倒した人間達は、ご多聞に漏れず引き続き同族同士で争う事になっているので、隣国への牽制の為にも、各国毎に戦力を確保しておきたい王侯貴族達が、魔法師達の生活や選択を制限して、国を出て行く自由を禁じているのだとか。
「ひどい話だね」
「アイツらが来なければ、村の人達があんなに死ぬこともなかったのにな」
アオイは単に魔法師の子孫達の境遇に同情したが、村の人達からしたらそうも言ってられないのだろう。
そこに在る者達には、其々にそこに在る者達の営みが有るのだ。
アオイは自分の短絡的な感想を省みた。
「・・・アオイは優しいね」
アオイの曇った顔を見て、ハチがスリリと頬をすり寄せる。
大きくなった金色のモフモフは、その威力も強大になっていた。
素晴らしいモフモフ。
アオイは眉を下げて、ハチの鼻の頭を撫でさする。聖霊様もカワイイ。
魔力暴走は、なぜか術者を中心に上半円球にエネルギーを大爆発させるらしく、それに合わせて、塔は高くなるほど魔力の強い者を住まわせることになっている。
被害を抑える事になるから。と、昔の村人達も協力する契約をしてしまったが、なぜか嵐は年々酷くなり、いつまで経っても塔は完成せず、完成したとて魔力暴走の恐れもあるなか、嵐と生活苦と相まって村人達はその数を減らしているのだとか。
「その契約って昔の契約なのでしょう? 見直す事ってできないの?」
「神前で一度結ばれた契約は、双方の了解を得ないと解約する事ができないのです」
「直接の契約者がもういないから、村人達は塔を完成させるしか無いって事?」
「そう聞いています」
でもその間に、神に生贄を捧げるような条件は無かったはずだ。そんなのあったら流石にいくら昔の人とは言えそう易々と契約を結ぶはずはない。
そもそも、どんな条件の契約書なのだろう?
「その契約書って誰でも見れる?」
「・・・塔に常駐している神官が持っているはずです」
「ライズさんは見たことある?」
ライズ村長は目を伏せ首を横に振った。
やっぱそうか。いいように搾取されているのだろうな。
続く松林の中を、どこと言うことなく歩きながら話を聞いていたが、村、とは言っても、雨風をかろうじて防げるようなほったて小屋がまばらに建っている程度。
それが獣人達の一般的な住まいのようで、ひどい雨風や嵐のような日には、先日のように、祭壇のあるピラミッドに村人達全員が避難して、嵐が過ぎるのをただじっと待つのだとか。それで一般住宅が簡素なのか。
村人達は、塔の建設の他に、自給自足で自らの生活を営んでいる。
どうあがいても村人達の生活はいっぱいいっぱいで、すでに破綻しているのだろう。
他の国民を守るの為の労働力として、この村人達に犠牲を強いているくせに、生活の保障は一切無いのか。
まさか賃金が出ていないとか無いよな? だとしたらますます許せないのだが?
「・・・アオイは優しいね。聖女様みたい」
王侯貴族達の傍若ぶりに、アオイが1人ブツブツと妄想して腹を立てていると、ナナが心配そうに顔を見上げていた。
ライズも足を止め、眉を下げてコチラを見ている。
そうか、ここの住人達も聖女をご所望でしたか・・・。
いつしか辺りは日が沈みかけ、夜の帷が落ち始めていた。
そう言えばここには海があるじゃ無いか。
「海は、浜辺は誰かの土地ですか? そこに居ても良い?」
「えっ!?」
良いから良いから。と有無を言わさず浜辺に案内させると、そこは絶景かな。沈みかけた太陽が美しい光を水面に反射させていた。
「キレイだぁ」
「ここで、夜を過ごすつもりですか?」
アオイが呑気にその絶景に感嘆の声をあげて感動していると、ライズが心配そうに声をかける。
「やはり、村長の家を空けますので、どうかそちらに・・・」
「そこには今ライズさんが住んでいるのでしょう? ご家族もご一緒?」
「・・・それは、そうですが、聖女様をこんなところに寝起きさせるわけにはっ」
「だから聖女じゃないんだってば。もぉ〜」
アオイは改めて「聖女ではない」とはっきり否定して、さぁ、自分に何ができるかな。と、ハチとナナを見る。
キョトンとした顔でナナがアオイを仰ぎ見た。カワイイ。
「ではちょっと失礼して。『ステータスオープン!』」
アオイ・クワバラ(28) 称号[(非表示)魔女]
種 族:人間
スキル:【(非表示)翻訳】 全言語対応
【魔術】 魔法が使える身体
【(非表示)錬金錬成】 鑑定解析 複製復元 重力操作 空間操作 その他
魔 法:〈(非表示)全属性生活コモン魔法〉
〈(非表示)雷属性〉聖霊魔法
加 護:(非表示)異世界人 加護と称号により、異世界人特有のスキルと属性魔法を隠蔽する。
職 業:無職
状 態:健康
アオイは目の前に現れた、ぼんやりと光を放つ透明なボードに目を凝らした。
ほうほう。なるほど? さっぱりわからない。
そう言えば、神様達が言っていたな。
収納? の中に私の愛車を入れてくれいるはずだ。
「『収納リストオープン』?」
アオイの呟きにボードがもう一枚現れる。
目の前のモニターには、収納リストと表示され、ポツンと1つ[愛車:エース号]と表示された。
[複製しますか?]
凝視していると、ポップが開く。
アオイは迷い無く[複製]のボタンを押してみた。
[愛車:エース号:2]
なんの力の消費も労力も感じる事なく、新たな表示が出た。
なるほど?
オリジナルはそのままに、アオイは「[愛車:エース号:2]取り出し」と呟いた。
すると目の前に、愛車のワンボックスカーが現れたではないか。
「ヤッター!」
「アオイ! アオイ! 何これ! おっきい箱! ピカピカのお家!?」
「せ、聖女様っ! これは一体!?」
大喜びするアオイをよそに、ぴょんぴょん飛び跳ねるナナと、ライズが腰を抜かして座り込んでしまった。
「アハハ! ごめんごめん!」
アオイは、迷い無くエース号のバックドアを開けると、取り敢えず中身を全て収納し直した。
途端に収納リストに、散々買い込んだ品々がリスト化して現れた。
「大成功ー!」
早速[複製]のボタンを長押しすると[個数]入力のボタンがポップアップされたので、取り敢えず[全て]を選択して ×100 と入力する。
UIは以前使っていたタブレットの表計算アプリと全く同じだ。素晴らしく使いやすい。助かった。
「取り敢えず、お腹が減りました、今日は宴会です。さっきの獣人さん達を集めて? 村人は何人ぐらいいるの?」
自分にもできることがあるかもしれない。
アオイは大変良い笑顔でニッコリと微笑んだ。




