後編
衝撃が身体を貫いた。左胸から鋼の花が咲く。
背後から貫かれた刃が勢いよく引かれ、その反動で私は膝から崩れ落ちた。
「マリア様ぁ…っ!!」
こちらを優しく見つめていた蒼い瞳が、驚愕に見開かれ、一瞬で色を失う。魔族のくせに私に忠誠を誓った愚かな兎型魔族が、形相を変えて叫び、私に駆け寄ってくるのが見えた。
吐血する。私は駆け寄って来るサヴァンの後ろで微笑んでいる王を見た。
世界滅亡の危機を救った祝いの祭りのために広場に集まった人々が、凶刃に倒れる私を見て戸惑い悲鳴をあげる中、王だけはその口元を嬉しそうに歪めていた。
世界を救いし神子と呼ばれ、身勝手に異世界から召喚されたにも関わらず世界を救ったのに、この仕打ち。
(だけど、計画通り)
駆けつけて、崩れ落ちる私を抱きとめたザイードに必死に名前を呼ばれる中、私は高いところからこちらを見下ろしている王に向けて、最期の力を振り絞って嗤いかけてやった。
―――救世の神子を殺して、幸せになれるだなんて思わないで。
王の表情が固まるのをこの目に映し、私は愉悦の笑みを浮かべてみせる。
同時に、私は未だにしつこく呼びかけてくるサヴァンを煩わしく思う。
(私の魂が手に入るなら、魔族のあなたは満足でしょう)
刃で貫かれた心臓に、サヴァンが癒そうと魔力を流し込んでくるのを感じる。
無駄な足掻き。壊れた入れ物に水をいくら注ごうと満たされることはない。
魔力どころか彼自身の生命力が流されてくるのを全身で感じる一方で、それがとめどなく自分の器から零れでていくのも同じように感じる。
それでもサヴァンによって微かに引き延ばされた一瞬を、私はほんの気まぐれで、サヴァンにくれてやることにした。
「お、いし、く、めしあが、れ?」
いつもそうしてやったように黒いロップイヤーを、震える手で、弱々しく掴んでいじってやった。
―――ああ、もう時間切れ。
「あ…嫌です…嫌だ…そんな、マリア様…ああ、ああ、マリア様ああああああ!」
魔族に似合わない絶望の声をあげるサヴァンに抱き締められながら、私は力尽きた。
<魂の隷属>の代償として、安倍マリアの肉体が陶器のごとく砕け散る。
この世界に似つかわしくないセーラー服だけが残る。彼女の温もりを感じようとセーラー服すら抱きしめて離さないサヴァン腕の中から、いや、正確にはセーラー服の中からころりと黒曜石に似た美しい宝石が落ちた。
安倍マリアの魂の結晶。
「ああ、マリア様。あなたの魂と永劫に融け合うことが、最早俺の唯一つの望み」
セーラー服を魔力の炎で一瞬で燃やす。
そうしてマリアの魂の結晶を、手袋をした指先で恭しく拾い上げ、自らの薄い唇へと運び口を開けて飲みこんだ。
「マリア様の命を俺から奪ったこの世界など、滅びてしまえばいい。
そうだろう?王よ」
【救世の巫女】の魂を食し、莫大な魔力を手に入れたサヴァンは立ち上がり、玉座から己を見下ろして身動きをとれない王の方へと向いて無表情のまま血の涙を流しながら告げた。
サヴァンの背後で、マリアの胸を貫いた王の配下の兵が、突如出現した――否、ザイードの身体から重なる様に剥がれた【災厄の影】に喰われた。
あまりの事態に王を取り囲むように背後に立っていた大臣たちが広間から逃げ出す。
それを皮切りに広場に集まった民衆が蜘蛛の子を散らすかのように、悲鳴をあげながら続いた。
「まさか、貴様は」
王が掠れた声で呟く。
「貴様が、【災厄の影】を生みだしていた【魔王】だったのか」
その日、世界は【災厄の影】に飲みこまれ、心中した。




