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中編

 風変わりな衣装を身に纏い、魔族を下僕のように従え、聖なる力でこの世界に蔓延る【災厄の影】を浄化する少女がいると王の耳に届いた。

 そうして王のもとより使者が派遣され、連れられて来たのは確かに少女であったが、聖なる力を奮うような純粋な乙女ではなかった。まるで、傲慢が服を着て歩いているような態度の少女であり、彼女の半歩後ろに付き従う美しい兎耳の魔族は恍惚とした表情で脇目も振らず少女の後部を見つめていた。

 異世界の人間には分からないが、少女は真っ黒のセーラー服を身につけていた。その胸元にあるはずの校則で定められた赤いリボンはなく、代わりにリボンは兎耳の魔族の首元にきつくリボン結びされていた。

 少女はタイツもローファーも黒で揃え、髪も瞳も美しい漆黒に染まっているその姿は、この世界の人間の目には【救世の神子】というよりも、【死神】に映った。


「貴様が、【救世の神子】か?娘よ」

「さあ?知らないわ。

 でも、そのなんとかの神子とやらなら、私はあなたたちのもとに召喚されたはずなのよね?だから、違うかも知れないわね」

 王の間の玉座の上に座る王の目の前に引き渡された娘は、不遜に微笑んだ。王は口角をあげる。

部屋の隅に立っていた魔術師たちは身体を震わせ、彼女を一目見ようと訪れていた側近たちは顔を青くさせた。


 王国に<魔術師としての隷属>を誓っている力ある魔術師数名による召喚は、完璧であるはずだった。神秘の間で行われた召喚の儀にいて、白い大理石の上に描かれた魔法陣が金色に発光し、光の粒子が陣の中央に集まって人型を構成していく最中に、大きな揺れが王都を襲った。召喚の儀に全神経を集中させていたとはいえ、いくら魔術師であれど、突然の自然災害に集中が途切れないはずがない。魔法陣は轟音を立てて消え去り、形成されていた人型も弾け飛んだ。

魔術師たちは大理石の上に座り込み、揺れに怯えながらも、召喚が失敗したことに顔色を失った。

おそるおそる彼らが仕える王―――燃え盛る紅蓮の髪と瞳を持つ美しい20台半ばの男を見上げた。王は、揺れをものともせず、何の支えもなく悠然とその場に立っていた。

「構わん。次は成功させろ。だが、次が最後だと思え」

 王の様子を窺ってきた魔術師のうちの一人と目を合わせ、王は残虐に微笑んだ。

「は、はい!我が命に代えても…!」

 目が合った魔術師は、目以外をフードで隠していたが、恐怖のあまり何度も首を縦に振るものだから、フードが脱げてしまう。可哀想なくらい血の気を失った顔色をしていた。

「その通りだ。我は執務室に戻る。宰相とこの揺れと、儀式の失敗について話し合わねばらなぬからな」

「は、はい…っ!」

 王はマントを翻し、じゃらじゃらと装飾品を鳴り響かせながら神秘の間から退出した。


 召喚の儀は失敗したように思われた。

 だが、【救世の神子】として、安倍マリアは異世界に召喚されていたのだ。

目標地点として定められていた神秘の間ではなく、王都より更に東、現在この世界を襲っている【災厄の影】が多く出現するシュラの森に。




 安倍家以上に自分の身の自由が奪われ、道具のように扱われるのを厭った私は、召喚魔法から強引に抜けだしてやった。身体の中に流れる魔力と霊力のミックスを強引に魔法に叩き込んでしまったものだから、魔法が歪み、私は鬱蒼と生い茂るほの暗い森に落ちた。

 カラスアゲハの式神を使い使えそうな異形のものを探させれば、蝶は可愛らしいサヴァンを連れて来てくれのは不幸中の幸いだろう。

何が彼の目を惹いたのか私に一目惚れをしてくれたらしい愚かな魔族の男は、自ら不利な<魂の隷属>を持ちかけてきてくれた。さらに甲斐甲斐しいサヴァンは、彼の使い魔――驚いたことに兎型の影のようなモノを使って、私が召喚された目的まで突き止めてくれた。



 使える下僕には、惜しみなくご褒美を。



 森を抜け、適当に訪れた街の宿屋で一番高い部屋をサヴァンは取ってくれた。

魔族の彼が人間のお金を持っているのか不思議だったが、他愛もない、彼は宿屋に入った瞬間に蒼い瞳を煌めかせ<魅了>を使った。

 彼の美貌と圧倒的な存在感に文字通り魅了された宿屋の人間に部屋に案内された瞬間、待ての出来ないサヴァンに私はベッドの上で押し倒された。


「ください、マリア様、ご褒美、はやく…!」


 首筋を細い髪質であるサヴァンの銀色の髪でくすぐられ、身を捩る。

サヴァンの荒い息が鎖骨に、胸元に感じ、ぞわりとする感覚に生娘のように身を捩らせた。


「勿論。でも、キスだけよ?」


 許すのは唇まで。

サヴァンの頬を両手で挟み、自分のほうへと近づけた。


 くちゅりと音を立て、サヴァンの口内に舌を侵入させる。


「幸せ…しあわせです、マリア様…。俺の存在意義は、もうあなたのためにある…ああ!」

 熱狂的ともいえる程の愛情を、サヴァンは向けてくる。

「んっ…ふっ…っ」

 いやらしい音とともに私の唇はサヴァンに吸われ、形成逆転される。

口内を彼の長い舌で舐め回され、舌を絡め取られるたびに身体にぞくぞくとした電流が走るような気がして、脳が麻痺していくような感覚さえ覚える。

「マリア様、舌を突き出してください…」

 熱に浮かされたような美声で促され、不本意ながらもサヴァンの言う通りにする。

普段は無機質な表情が、あっという間に喜色に色づいく。

 サヴァンは見ているこちらが恥ずかしくなるような表情で私の舌先を食み、吸い上げ、舌先で弾き合うように戯れてきた。

「マリア様、マリア様、マリア様!あなたがこの世界に生きる限り、俺は世界を滅ぼしません!それどころか、あなたの役目すら手伝います。俺の存在意義とは真逆のあなたの役目すら…!」

 世界を滅ぼす役目を担った魔族のくせに、サヴァンはそう言って私の唇を貪り続けた。


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