第五話~美しき蝶は浮遊する~
私には好きな人がいる。深瀬章吾くん。ずっと好きなんだけど、なかなか告白ができていない。せめて、彼の趣味を私も好きになろうと思っているんだけど、深瀬君の趣味って昆虫採集らしい。蝶をいっぱい集めているそうだ。
私も、蝶に詳しくなって、深瀬くんと仲良くなりたいな……。
「深瀬、今お前が探してる蝶ってなんだっけ?」
教室で深瀬くんと深瀬くんの友達の山野くんがしゃべっている。私はできる限り耳を大きくして、話を聞いていた。
「新種の……名前はわからないけど、青色で、すごく綺麗な蝶なんだ」
新種、青色、蝶、私は心の中でメモをする。この条件に合う蝶を採ったら、深瀬くんは喜んでくれるかなぁ。蝶はいいよなぁ。深瀬くんに愛されて。
窓辺を見ると、モンシロチョウがフワフワと飛んでいる。いっそ、私も蝶だったら深瀬くんに好きになってもらえたのに……。
私はいつしかそんな願望さえ抱くようになっていた。
帰り道、友達と一緒に帰っていた時、私の目の前をヒラリと蝶が舞った。その蝶の色は鮮やかな青色でじっと見つめてしまった。
「麻利?どうしたの?」
「今の蝶、深瀬くんが探してるやつかな?」
友達の理紗に聞く。
「そうかもね。あっ、そっか~。麻利は深瀬が好きだもんねぇ」
理紗が怪しげな笑顔を浮かべている。理紗は私が深瀬くんを好きだということを知っているのだ。
「あーあ、捕まえれば良かった」
今になって、後悔する。
「まぁ、次があるじゃん?」
「……うん」
正直言って、今すぐ捕まえたい。もし他の誰かに深瀬くんを盗られたら困るから……。
次の日、深瀬くんが理紗と話していた。
「昨日さ、深瀬が言ってた蝶見たよ」
「青色の?」
「そうそう!次見たら捕まえるから!」
理紗……?何でそんなに楽しそうに話してるの?理紗も深瀬くんのことが好きなの……?
「私も見た」
私は唐突に会話に入っていった。邪魔をしなければ。そう直感的に思ったのだ。
「だよね、麻利!」
無理に笑顔を作ってみせる理紗。好きなら正直に言ってくれれば良かったのに……。
その日の帰り道、私はむしゃくしゃしながら歩いていた。理紗と別れてからもイライラはおさまらなかった。
私だって、深瀬くんのことが好きなのに……。
考え事をしていたせいか、道を迷ってしまったらしい。
「どこ、ここ……?」
ふと顔を上げると、占い専門店「ブラック・シャドウ」と看板が出ていた。ブラック・シャドウ……前に理紗が言ってた。何でも願いを叶えてくれるお店があるって。
私は決意して、お店に入っていった。
奥へ奥へ進むと、水晶玉を覗いている綺麗な女の人がいた。
「あの……」
「あら、ここに来るということは何か、悩み事があるのね?」
「はい……」
私は静かにうなずくと、事情をしゃべった。
「そう……。でも、大丈夫よ。貴方にはこれを差し上げるわ」
手渡されたものは、香水瓶みたいなもの。
「これは……?」
「魔法のエキス。一日一滴体の一か所につけるの。変身したいものを心の中で思い描きながらね。ただし、変身時間は二時間。一日一滴。これを守ってくださる?」
女の人はニコリと微笑みながら問いかけてくる。
「はい。もちろんです」
私は渡されたエキスをじっくり見つめた。これで……。蝶になれるんだ。
「さぁ、行きなさい……」
気付くといつもの見慣れた風景に戻っていた。……今のは夢?だけど、手の中にあるエキスが証拠になった。
家へ帰ると、すぐに一滴エキスをつけた。青い色の綺麗な蝶を思い浮かべながら。
瞬間、激痛が走った。自分自身が姿を変えているような感覚に苛まれる。
やがて激痛もおさまり、気付くと体が軽くなっていた。フワフワと好きなところへも飛べる。私、本当に蝶になったんだ!
私は早速窓から外へ出ると、適当に飛び始めた。遠くの方まで来ると深瀬くんの姿を発見した。
「あっ!」
深瀬くんは私という名の蝶に注目している。今は理紗に注目をしていない。私だけに注目している……。
私は少し飛んだあと、姿を消した。もし、魔法が終わったら嫌だもんね。
少しして、いつも通りの姿に戻った。
私は効果を存分に試した後、微笑んだ。このエキス、いいじゃない。想像以上だわ!
私はその日から一日一回蝶に変身した。こうでもしないと深瀬くんは私を見てくれない。だから蝶に変身できるのはすごく楽しかった。
だって、深瀬くんが優しい柔らかな笑顔を浮かべるんだもん。
もっと、深瀬くんに好かれたい……。
その日は二滴、エキスをつけた。誰も見てないし、少しぐらいいいよね?
いつもより激痛が走ったが、その日は長く深瀬くんの前にいることができた。二滴なんかじゃ足りないわ……。
もうそれからは十滴エキスをつけていた。
その日もふらふらと飛んでいた。体に激痛が走るので、もう前みたいに早くは飛べなくなっていた。
「よし!捕まえた!」
その日、深瀬くんに蝶の私は捕まえられた。私は時間制限があるのを忘れて、これから飼ってくれるのかと思うと少し嬉しかった。
深瀬くんの部屋は蝶の標本で溢れていた。それを見た瞬間、ぞっとした。まさか、私もあんな目に?いや、そんなことない!深瀬くんは優しいんだ。
だけど、私の期待とは裏腹に深瀬くんはピンを刺そうとしている。
「いや!」
蝶になった私はもう声も出なかった。
「あらあら……。標本になったのね」
水晶玉に映る麻利を見ながら凜がつぶやく。
「でも幸せじゃない?愛する彼の前で、彼が望む姿で一生いれるんだから……」
凜が低くつぶやいた。