6 訃報 ~歌の月 羽曜日~ ②物々しい城内
五の鐘が鳴った――
「――…こうして、ドルディア王国の歴史は、マクマク山の恵みを頂くことによって栄えてゆきました」
第二王子筆頭文官のマシェロスの授業は、ドルディア王国の歴史だった。
几帳面な彼らしくまとめられた紙には、遊び心もなく細かい文字の羅列がビッシリと続く。
きっと一所懸命に作ってくれた資料だからと、頑張って読み説明を聞くも、セレンディーナは最大級に襲ってくる眠気と戦うのに必死だった。
「皇女殿下、ここまでで質問はありませんか?」
「は、はい、大丈夫です」
半分寝てしまっていて、質問も何も出るはずもなく、なんとか作り笑いでマシェロスに答える。
「では、初代国王の建国話から、現代の国王ウォルフ・ガング様までを、順を追ってお話して参りましょう、こちらの資料をご覧下さい、初代国王の…――」
ビッシリと初代から現代までの国王の名前が並ぶ資料は、九枚もあった。
昨日の授業と大違い、これが普通なのだと思うも、何一つ頭に入って来ない事にセレンディーナは焦っていた。
頑張って資料を目で追うも、上滑りしていく活字とマシェロスの単調な説明に、また最大級の眠気が襲い始める。
困ったわ、ミスティーナ様のように面白可笑しく説明してもらえれば、頑張れそうなのに。目蓋が仲良くなってしまう前に、何とかしなくては……。
マシェロスの見えない所で、セレンディーナは苦肉の策、自分の太ももをつねるを実行しようと試みてみる。矢先――
「急用にて、入室失礼します!」
「皇女殿下の御前、大変失礼します」
ただ事ではない雰囲気の騎士が、扉を開けトゥルクと一緒に部屋に入り、マシェロスに駆け寄るのが見えた。
耳打ちで知らせを受けたマシェロスの顔が一瞬で蒼白になる。
何が起きたのか? 不安になり後ろに控えているマルセイとマユーラ、戸口を警護するアレイナと順番に顔を確認するも。皆、驚いた顔で静観することしか出来ない。
「ゆえに至急、戻って欲しいと、フェルテス王子殿下からの伝言です」
「……わかりました、皇女殿下に説明し次第急ぎ戻ると、殿下にお伝えください」
「はっ!」
退出の礼を取り、伝言した騎士は風のように去って行った。
シンと静まり返る皇女殿下の室内。うつむき、立ち尽くすマシェロスに、全員の視線が集中した。
「マシェロス殿?」
マルセイが、彼の顔色を伺いながら声をかける。
立ち尽くしていたマシェロスがゆっくりと顔を上げ、セレンディーナに向き直り、最大級の礼をとるために膝を折った。
「皇女殿下、授業中ですがやんごとなき事態が起きてしまったようで、途中で退出する無礼をお許しください」
「理由は、聞けるのかしら?」
「……今はまだ、詳細を確認出来次第、必ず報告をさせて頂きます」
先程、説明とは言っていたけれど、まだ出来る段階ではなかったらしい。
「わかりました、本日の授業は良いので、早く行ってあげてください」
「ありがとう存じます」
深々と頭を垂れてから、マシェロスは足早に部屋を退出していった。
最大級の眠気からは解放されたが、嫌な感じのする退室の仕方だった。
「物々しいですね」
「……本当に、どうしたのでしょう?」
「まぁ取り敢えず、眠気覚ましの黒茶を入れましょうね」
マユーラの提案に、室内にいる全員が無言で大きく頷いた。
「……もしかして、アレイナまで?」
「……はい、なかなか手強い睡魔でございました」
アレイナは、赤くなった手の甲を見せながら言った。
自分でツネッた痕が幾つも……。どうやらひどい眠気はセレンディーナだけではなかったらしい。
「ふふ……、護衛の騎士まで眠くさせるなんて、凄い授業ね」
「さすがに騎士を眠たくさせるのは、やめて欲しいですね」
皆で笑いながら黒茶を飲み、ホッと息を付く。やっと頭がスッキリしてきた。
「それにしても、物々しいですね?」
アレイナが、窓の向こうに飛び交う翼竜に警戒の視線を向けていた。
護衛としては、騎士達が慌ただしく行き交う理由を知りたいのだろう。
取り敢えず危険な感じはしないが、不穏な空気には違いない。
窓の外には、鞍付きの翼竜に股がる騎士達が、忙しなく発着しているのが見える。
彼らの着衣も装備もマントも色とりどりで賑やかだった。騎士も隊によって様々な装備と衣装があるようだ。
「マルセイ、テラスに出てはダメかしら?」
「今でございますか?」
「うん、授業もなくなってしまったし……」
騎士達の発着で物々しいとは言え、授業がなくなってしまった分夕餉まで時間を持て余してしまう現状。
読書をする事も考えたが、外の賑やかさに気を取られて集中する自信もなかった。
「本当は、部屋で大人しくしていた方が良いのは、わかっているんだけれど……」
悶々と、ドルディア側からの知らせを待つのは、気持ちが落ち着かないと言った所だろうか?
マルセイは、セレンディーナの心情を鑑みて、大きく息をついた。
落ち着かないのは自分達も同じ。散歩でも出来れば気持ちも紛れるだろうが。マシェロスの退室の仕方が気になる。
「……テラスでしたら、トゥルク殿に確認して、出て良いか聞いてみましょう」
少し悩んだマルセイが、仕方なく頷く。この状況で目立ちたくはないが、テラスくらいなら。
アレイナは少し眉を寄せたが、特に反対はしなかった。ドルディア側のトゥルクがダメだと言えば、セレンディーナも諦めるだろうと思っていた。
マルセイとアイコンタクトを交わしてから、トゥルクと警備を代わる為、アレイナは黒茶を飲み干して席を立った。




