1 入城 ~緑の月 雨曜日~ ②翼竜からの景色
「わぁ……、紅い羽の宮殿が、もうあんなに小さく……」
翼竜の運ぶ籠に揺られて上空へ、籠と言っても、馬車の車輪の上にあるドアと屋根付きの座席をそのまま、翼竜の運びやすい籠に乗せて固定したもので、乗り心地は多少揺れる馬車と変わらない。
「わたし、こんな風に宮殿を見下ろしたのは初めて」
「翼竜は、ガレジアでは騎士や高地に住む民が乗るものですからね」
「アレイナも乗ったの?」
「はい、戦に参加した時はよく騎乗しました」
「そう……」
一際おおきく、煌びやかな皇帝の住まう宮殿を過ぎ、次々と通り過ぎる各宮殿をセレンディーナは、寂しそうに見送った。
「姫様、今から向かうドルディアは、帝国の北側山岳地帯にあり、翼竜でしか入る事の出来ない山と高い塀に囲まれた国なんですよ? 戦の時は、その塀のお陰で攻めあぐねたものです」
アレイナは、憂い顔のセレンディーナを気遣い、騎士でしか知らない王国の話を始めた。
視線を上げて振り返るセレンディーナの瞳に、好奇心の光が刺していた。
「……もしかして、山の上にお城が建っているの?」
「はい、私は帝国側の守りが主でしたので見たことはないのですが、かの城は、そのもの自体が塀のように頑丈で、要塞のような造りになっているそうです」
「要塞……」
セレンディーナは、そもそもお城を見たことがない、本の挿し絵に載っている絵を頼りに想像してみたが、要塞と言う言葉は、彼女の好む物語にはほとんど出て来ないものだった。
「全然イメージが浮かばないわ……」
「姫さま、これから向かうのですから、楽しみにしてくださいませ、ねぇ、アレイナ」
「はい、国境でドルディアの翼竜と騎士の交代がありますから、それまで謁見の段取りの復習をいたしましょう」
生真面目なアレイナの言葉に、セレンディーナは、うっ、と言葉に詰まり、隣に座るマルセイはそっと笑いをかみつぶした。
***
ドルディア王国
地図の位置:大いなる神親族様が住まう大陸を中心にして、ぐるりとリング状に大陸を囲む大小の島が浮かぶ。
その大陸の西側に位置する大きな島に三つの国が混在する。南にガレジア帝国・西にトルソワ王国・北にドルディア王国。
遠い昔は三国間で戦っていたが、四百年ほど前から、西のトルソワが不可侵を決め込み、その後つかの間の平和の後、ガレジアとドルディアは、再び戦火に兵を投じた。
そして今日まで、停戦と戦闘を繰り返す事となる。
ガレジア帝国は、三百年の長い時の間に、豊かな国土は荒れ、勤勉で愛国心あふれる騎士達が命を落とし、人口は減り、民は疲弊していった。
「ガレジア帝国では、南にある島国のモーセ公国との交易で、飢える事なく戦闘を続けることが出来ましたが、ドルディアは二つある大きな塀の、内にある方の塀の中で作物を作り長年を耐えたと言われるほど、機能的な街を作っていたと言われています」
謁見の復習の後、アレイナが姫にドルディアの事を教えていた。
地理と歴史の先生と勉強していた部分を、実際に戦ったことのある騎士の口から聞かされると、リアルに頭に入ってくるものなのだな、とセレンディーナは実感する。
「ドルディア王国は、民も塀の中で守っていたのかしら?」
「そうですね、地理的なものも作用しますが、元々の街並みの造りも、帝国との人口差もありますが、やはり民を守れるよう動けていたのはドルディアの美点ですね」
帝国は平地が多く、国土も広大で行き届かない部分が出てしまっていると、セレンディーナは勉強したことがある。
自国を贔屓目に見たとしても、民から見たら、ドルディアの方が住みやすい国のような気がしてしまうが、実際の所、民の生活を見ることが出来ていないセレンディーナには判断はつかなかった。
「ガレジアの民は、ちゃんと食べることが出来ていたのかしら?」
セレンディーナのつぶやきに、マルセイとアレイナは言葉に詰まり答えることが出来なかった。
「まぁまぁ、お姉ちゃんもアレイナ様も、こんなに綺麗な景色も見ないで、重苦しい勉強の話ばかりじゃ、セレンディーナ様も暗くなっちゃいますよ?」
アレイナの隣で静かにしていた年下侍女のマユーラが、ニコニコと自分用の手荷物から、水筒を四つ取り出してそれぞれに手渡すと、最後に片手サイズの瓶を取り出して見せた。
「マユーラ、仕事中お姉ちゃんは控えなさい」
「ゴメンなさい、マルセイ」
同じ主に使える者は、身分に関係なく呼び捨てがルールだ。マルセイは注意するも、重い空気をかえてくれた妹に心の中で感謝した。無邪気に瓶の中を覗き込む、セレンディーナに一堂がホッとする。
「マユーラ、これは何かしら?」
「はい、セレンディーナ様、籠揺れ酔い防止に果実の蜂蜜付けを持ってまいりました、これなら魔法酔いにも効くので食欲のない今でも大丈夫かと」
「まぁ、ありがとうマユーラ、頂いてみるわ」
用意されていたカトラリーを手に取って、セレンディーナは果実の蜂蜜付けを口に入れた。口の中に甘酸っぱい爽やかな味が広がる。
「……~~んっ、本当だわ、爽やかで少し気分が良くなった気がするわ」
「甘酸っぱくて美味しいですね、ありがとうマユーラ」
姫に続いて、セシルが騎士のアレイナにお礼を言われ、マユーラの顔が、嬉しさで赤くなる。
「ま、マルセイもどうぞ」
「ありがとうマユーラ、お茶は果実に合う白茶かしら?」
「はい、常温でも美味しい白茶にしました」
「お茶も本当に美味しいわ、マユーラも食べましょう?」
「はい、セレンディーナ様」
しばし果実の蜂蜜付けと白茶を楽しんでいると、景色の高度が徐々に低くなっていくのを四人は感じた。外の景色は山肌が良く見える、岩のような山々の間を飛んでいたようだ。
「そろそろ六の鐘が鳴る頃でしょうか? 翼竜と騎士の交代の地点に着く頃合いですね」
ゆっくりと高度を落とした籠が、地面に接触したため少し揺れて止まった。ほどなくして、籠にのせた馬車の箱の扉をノックする音がした。
「はい? あぁ、そうですね、はい、……あっ、先に先方と打ち合わせをしてまいります」
アレイナがドアの向こうの人と話した後、マルセイに視線を送り、姫に頭を下げてから、ドアを開けて出て行った。
緊張しつつも、窓の外から見える異国と自国の騎士たちの動きを、セレンディーナは興味深く見つめた。
「ドルディアの翼竜は青いのね? ガレジアの翼竜は赤茶色いのに、国の違いかしら?」
「確か、より高地に住む翼竜は、青いそうですよ?」
姫の視線の先を確認して、マユーラが答える。奇しくも、姫はお互いの国旗の色をしていたからそう思ったのだろう。
「身体は少し小さいみたい」
「高度を上げる為の機能性でしょうか? 後でアレイナに確認しましょう」
「そうね」
今日一日で初めての事ばかり、座学のみでは入ってこない小さな情報までも、見聞きすることが出来る旅だ、とセレンディーナは内心喜んでいた。
また、ドアをノックする音が響き、ゆっくりとドアが開けられた。開く前にセレンディーナは、扇子を手にし顔を隠す。
「皇女殿下の御前、失礼いたします」
「かまいません」
凛とした青年の声に、マルセイが緊張した声で応じた。
「ドルディアより皇女殿下護衛に任命された、セシルが騎士トゥルクと申します、籠の乗せ換えの時間の為、休憩場所へご案内いたします」
ドア口で手を差し伸べるトゥルクの後ろに、アレイナの顔が見える。その表情でマルセイは心の中で息をつく。どうやらこのエスコートを受ける必要があるらしい。




