共鳴する運命
アンカラ共同体の空が、燃えていた。
報告書がヴェルナに届いた時、ロニーはすでに地図を広げていた。
EU軍、アンカラ共同体に侵攻開始。先頭を切ったのは空軍だった。
爆撃機が都市の上空を飛んだ。工場が落ちた。橋が落ちた。港が落ちた。
アンカラ共同体の地上軍は応戦しようとした。しかし空から来る攻撃に、地上の兵士にできることは何もなかった。
新世界協商が試作品の対空砲を緊急輸送した。ハサン・シャリフが動いた結果だった。しかし試作品は試作品だった。命中精度が低く、連射が効かず、爆撃機の高度に届かないものもあった。数機を墜とした。しかし数機では、止まらなかった。
アンカラ共同体は一週間で屈服した。
ロニーは報告書を読み終えた。
机に置いた。
一週間。アルカナ戦より速い。
ブダペストの総督府では、その頃、別の戦いが起きていた。
エルヴィンはデイヴィッドの執務室に入るなり、地図を叩いた。
「ナポリ王国まで侵略するつもりか」
デイヴィッドは振り返らなかった。窓の外、ブダペストの空を見ていた。
「侵略とは人聞きが悪い」
「では何と呼ぶ」エルヴィンは言った。「アンカラを見ろ。一週間で都市が焼かれた。民間人が逃げ惑っていた。あれと同じことをナポリでやるつもりか」
「ナポリは長年、EUの障壁になってきた」デイヴィッドは静かに言った。「障壁は取り除く必要がある」
「それは兄さんと同じことを言っている」エルヴィンは言った。「俺はそれが嫌でここに来たんだ」
デイヴィッドはゆっくりと振り返った。
その目が、今まで見せたことのない色をしていた。
「エルヴィン」デイヴィッドは言った。「1つ、話してもいいか」
「何だ」
「真のエスターライヒは——私だ」
執務室が静まった。
エルヴィンはデイヴィッドを見た。
マスクに覆われた顔。総督帽。ずっと、正体がわからなかった。
しかし——
辻褄が、繋がった。
「……お前は」エルヴィンは言った。「ルイス・エイデンか」
デイヴィッドは答えなかった。しかしその沈黙が、答えだった。
「食堂で隣に座った男だ」エルヴィンは続けた。「ロニーと同じ大学にいた——」
「そうだ」デイヴィッドは静かに言った。「私もエスターライヒの血を引いている。お前もそうだったな」
エルヴィンは動かなかった。
「面白い偶然だ」デイヴィッドは一歩前に出た。「エスターライヒの血を持つ者が三人、この時代に集まった。そしてそれぞれが別の道を選んだ」
「お前は」エルヴィンは言った。「ロニーを否定したくてここまで来たのか」
「否定?」デイヴィッドは言った。「違う。証明しに来た」
「同じことだ」
デイヴィッドの目が細くなった。
「同じではない」
「同じだ」エルヴィンは言った。「お前はロニーに勝ちたいだけだ。エスターライヒの血に縛られて、ロニーに負けたくなくて、それだけでここまで来た。真のエスターライヒ? そんなものはない。お前はただ、ロニーの鏡だ」
沈黙が落ちた。
デイヴィッドはエルヴィンを見た。その目に、初めて、感情が滲んだ。
「鏡」デイヴィッドは低く繰り返した。「そうか」
「お前もロニーも、エスターライヒの名前に縛られている」エルヴィンは続けた。「父さんはそんなものを遺したかったわけじゃ——」
「衛兵」
デイヴィッドの声が、静かに部屋に響いた。
扉が開いた。二人の衛兵が入ってきた。
「エルヴィン・フォン・エスターライヒを、第三棟に」
エルヴィンは動かなかった。抵抗しなかった。ただデイヴィッドを見ていた。
「お前は間違っている」エルヴィンは言った。「それだけだ」
衛兵がエルヴィンの腕を掴んだ。
扉が閉まった。
デイヴィッドは一人、執務室に残った。
窓の外を見た。
鏡、か。
低く、笑った。
その翌週、ハサン・シャリフがブダペストを訪れた。
応接室に通されたハサンは、向かいに座るデイヴィッドを静かに見た。マスクと総督帽。素顔のない男。
「アンカラのことを聞きに来た」ハサンは言った。
「成功した作戦だ」デイヴィッドは言った。「それ以外に何が」
「中止を求めに来た」ハサンは言った。「新兵器の開発も、これ以上の侵略行為も。そして——条件がある」
「聞こう」
「もし侵略を続けるなら、新世界協商は経済制裁を発動する。新兵器が実戦使用されれば、さらに強い措置を取る」ハサンは一拍置いた。「最悪の場合——エスター民主帝国に助けを求める可能性もある」
デイヴィッドは少し間を置いた。
それから、笑った。
「ぜひそうしてくれ」
ハサンは眉を動かさなかった。
「本気か」
「本気だ」デイヴィッドは言った。「エスターが動けば、面白くなる。私はそれを望んでいる」
ハサンはデイヴィッドを見た。しばらく黙っていた。
やがて立ち上がり、言った。
「わかった。ただ——1つだけ言わせてくれ」
「何だ」
「私はあなたを止めるために来たのではない」ハサンは静かに言った。「これ以上の戦争を止めるために来た。あなた個人への恨みはない」
デイヴィッドは答えなかった。
「戦争は終わらせられる」ハサンは言った。「あなたにも、ロニー陛下にも、その力がある。それを別の方向に使ってほしかった。それだけだ」
ハサンは一礼し、退室した。
デイヴィッドは応接室に一人残った。
その力がある、か。
窓の外、ブダペストの空は青かった。
どこまでも、青かった。
ヴェルナの執務室。
民の報告書が届き続けていた。アンカラからの避難民が周辺国に流れ込んでいた。家を失った者、家族を失った者、行き場のない者。
ロニーはその報告書を読みながら、ふと思った。
デイヴィッドは——昔の俺かもしれない。
その思考が、静かに浮かんだ。
証明したくて、証明するために動いて、動いた先で何かを壊していく。俺もそうだった。今もそうかもしれない。
ロニーはその思考を追おうとした。
しかしそこで、ドアがノックされた。
「陛下、郵便物が届いております」
使者が封筒を差し出した。
ロニーは受け取った。
差出人の欄を見た。
名前はなかった。しかし右下に、小さな印があった。チェスの駒の形をした印。ルークだった。
ロニーはその封筒を見た。
開いた。
中に、一枚の便箋があった。文字は少なかった。
「久しぶりだ、敗戦王子。今度は世界規模で戦おう」
ロニーはその手紙を読んだ。もう一度読んだ。
ロニーは立ち上がった。手紙を握ったまま、執務室を出た。
廊下を歩いた。速かった。ロニーが廊下を走るのを、誰も見たことがなかった。
しかしその日は、走っていた。
どこへ向かっているのか、ロニーにも、最初はわからなかった。
足が止まったのは、エルヴィンがかつて使っていた部屋の前だった。
ノブに手をかけた。
ただ、手をかけたまま、立っていた。




