綻び
円卓の間には、重たい沈黙が満ちていた。
集められているのは、魔法塔の中でも指折りの魔法士たち。その中心で、セラフィオンは静かに口を開く。
「――最後に、今回の調査について」
セラフィオンはそこで言葉を切り、周囲をゆっくりと見回した。
「今回の調査には、セルフィーナ・ルミナリア殿下も同行される」
数秒ののち、その言葉により室内に、わずかなざわめきが走った。
――陛下の直感、か。
誰かが、小さく呟いた。
「各部門より三名ずつ選出する。他、数名はこちらで指名する」
紙が静かに現れ、各々の前に落ちた。
「……ノアも入っているのか」
わずかに空気がざわついた。
別の声が低く漏れる。
――あの荒削りな魔法で。
セラフィオンはわずかに目を細めた。
「洗練された魔法を間近で見せる良い機会だ。自身を見直すきっかけになるだろう」
「御意」
短い応答が静かに、円卓の間に重なった。
「ノア、ちょっと廊下来られる?」
前回の失敗を反省し、ノアは魔法塔内での魔法の使用を控えていた。そのため呼び出された理由に心当たりは一切ない。
「私、また何かやらかしちゃいましたか……?」
恐る恐る尋ねるノアに、上司はなんともいえない表情を浮かべた。
「上の命令だ。2週間、出張との」
ノアの表情がパッと明るくなる。きっと彼は陰で努力を見てくれていたのだろう。そう思うと胸が弾んだ。
「詳細は明日、出張メンバーでの会議で話される。まだ内示の段階だから他の者には他言無用だ」
上司にそう念押しされるが、ノアの足取りは軽い。
「失礼します」
上司は困った子供を見るような表情で彼女を見送った。
「殿下、塔主様がお見えです」
「今日はしっかりと当てられたわ。お通しして」
セルフィーナはどこか嬉しげにそう告げる。
そして、以前より幾分か軽い――けれどもどこか危うい歩き方で応接室へと向かった。
「魔法塔塔主、セラフィオンでございます」
その挨拶にセルフィーナはわずかに眉をひそめる。
長い付き合いの中で彼女は知っていた。
セラフィオンが形式ばった挨拶をする時――それらは好ましくない知らせの前触れだ。
「……兄の差金ですね。ご用件は?」
「思し召しにより――ロンデルベルクへご同行を」
円卓の間は、いつも以上に騒がしかった。
ノアは落ち着かない様子で先輩のローブの影に身を寄せた。そのままそっと周囲を見渡す。
――こんな空気、聞いていない。
「……本当にいらっしゃるのか」
「離宮から出られることなど、建国祭くらいのはずだ」
小さなざわめきが広がる。
円卓の間の扉が、音もなく開いた。
ノアは息を呑む。
――あれが、王女殿下。
精巧なガラス細工のような危うい佇まいだ。現実感が、少し遅れてやってくる。
ざわめきの残る中、ただ二人だけが動かない。
セラフィオンは一礼し、セルフィーナはそれを静かに受け止める。そこには、言葉はなかった。
資料が卓に置かれた。そこを起点に、静けさが広がっていく。
「情報共有を行う、今回の目的地は旧都ロンデンベルグ」
セラフィオンはいつもの調子で淡々と続ける。
「ここ2か月ほど、少し気になる報告が相次いでいる。被害というほどのものはないが土地柄だけに陛下も憂慮されている」
「……念の墓場か」
小さな声が、どこからともなく漏れた。
「え?」
ノアは思わず声に出してしまう。辺りの魔法士がそれを咎めるような視線をやる。
「そのため、調査協力としてセルフィーナ・ルミナリア殿下にお力添えをいただくこととなった」
セラフィオンの言葉により、場の空気は2つに割れた。
――危険すぎる、なぜ王女が
ノアの周りでざわめきが広がる。
その一方でセラフィオンの周囲は水を打ったように静かだ。
セラフィオンの視線が向けられた瞬間、場の空気が引き締まる。
「今回の件は観測と一致しないように思う。そのため、各自いつも以上に万全の準備に当たるように」
「御意」
魔法士らの応答が重なる。
円卓の間から魔法士たちが次々と退出していく。ノアもそれに続こうとした、そのとき。
「……セラフィオン殿」
ノアの足が、ふと止まる。作り物のような王女殿下の声は、思っていたよりも確かな響きを持っていた。
わずかな間をおいて
「ロンデンベルグ、ですか」
「何か懸念点がおありなのですか?」
ノアは、思わず口を開いていた。
――しまった。
そう思ったときには、もう遅い。
「……私の直感です。ただのいつもの調査ではないのでは、と」
セルフィーナは、静かにそう答えた。
「え?」
ノアは思わず聞き返す。
セラフィオンの視線が、わずかに向いた気がした。
背筋が冷える。
「……セラフィオン殿」
セルフィーナがやわらかく口を開いた。
「私は気にしておりません。もとより承知しておりましたから」
その一言で、場の空気がわずかにほどける。
「……申し訳ございません。立ち話のような真似を」
セラフィオンは静かに頭を下げる。
「ロンデンベルグは――あまり良くない気配が残りやすい土地ですから」
「良くない気配が、残りやすい」
ノアはセルフィーナの言葉を反芻する。初めて聞く話だった。
「ええ、では私はこれで」
そう言って、わずかに視線をノアに向ける。
「セラフィオン殿、あまり叱らないであげてくださいね」
去っていく王女の足取りは、どことなく老婆の歩き方と重なって見えた。
「……ノア君」
「申し訳ありません、私などが王女殿下に向かって口を聞いてしまい」
セラフィオンの視線が、痛い。身体が、重く沈む。
「……殿下からのお言葉があるにも関わらず煩くは言うつもりはない」
わずかに、重さがほどける。
「立場の違いを理解するように。相手は王族だ」
セラフィオンはそう言い置いて去っていった。
――あれが、“綻び”なのだろうか、




