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7日目

登場人物紹介

名前 説明

最後に一言


マリーナ 王女

そういえば玉座ってどこにあるんだろ


メイ メイド

この間あんドーナツ食べました


ライアラン 死んだ

初期構想通り動いたのは俺一人な気がする


ブライジル 死んだ

ほんとはハムスターが一番好きです


ジジル 死んだ

花壇から珍しい種を持ち帰ろうとしてた(違法)


エマ 死んだ

戸棚からお菓子を持ち帰ろうとしてた(合法)


チルカト 死んだ

にんにん


クリストファー 王子

事務処理が好きになった


団長 ランディア騎士団長

4日目に死ぬはずだったのに気づいたら生き残ってた


ディック ランディア弓使い

枕が変わると眠れないタイプ

7日目。


マリーナ達の王宮侵入から一週間が経過する今日は、ランディアの王子クリストファーにとっても大事な日だった。エクディア貴族と初の会議である。


会議室は執務室の近くにあった。そばに小さな厨房が付いていることからすると、おそらく会議が長引いた時はその場で食事もできるのだろう。


なんせ、会議室自体使われるのが四十年ぶりとかその辺である。過去の文献を漁っても国家秘密に引っかかって既に処分されているし、この会議室の使い方について何一つの情報もない。今回の戦争の仕掛け人である辺境伯に聞いても、覚えていないとのこと。最近は、ほとんどの貴族が領地に引きこもっていたらしい。王宮にいると処刑の可能性があるとかなんとか。


会議の下見に訪れたはずが、いつのまにか設備の点検に変わっていた。積もった埃は事前に掃除されていたものの、どこか古びた淀んだ空気。黴くさい……訳ではない。全ての壁に防音、防諜加工。天井は知らん。扉は一箇所のみ。長方形の机は大きな大理石。一つの石から取り出したのだろうか?継ぎ目は見当たらず、模様が連続している。元々貴族を集めて会議をするための部屋だから、机もかなり大きい。長い方の辺にずらりと並んで卓球したら、一度に五組が試合をしても支障はなさそう。床には緑の絨毯。だいぶ古びて、埃を吸っている。取り替えるか迷ったけど、よく見たら机に踏まれてる。1日2日では無理と判断。このままで妥協しておく。暖炉が二つ。机の長い辺の真ん中あたりに向かい合って設置されている。見たことのない薪だと思っていたら、香り付きだとのこと。


椅子は無し。


当日朝になってそれに気づいて、団長と一緒に肉体労働。辺境伯に聞いたところ、来る有力貴族はほとんど全員、二十名。クリストファーと秘書の分も合わせて、全部で二十三の椅子があれば足りるわけだ。


その辺の部屋からかっぱらえばいいだろうと楽観していたが、数分でその余裕は無くなる。この王宮、部屋によって家具のデザインがてんでばらばらなのだ。廊下の絨毯ですら、なんの脈絡もなく赤から黄色に変わっていたり、何を表しているのか分からん民族模様が突然入っていたりする。


とにかく共通項が高級であること以外に無いのだ。


椅子も同様。同じ部屋の中に、茶色い木製のものがあればよく磨かれた石のものもある。大きくて分厚い背もたれがあれば、木を編んで作られたしなやかなものもある。紫のふかふかなクッション付きのもの、これは採用。執務室のものと入れ替える。きっと仕事が捗るに違いない。


問題の会議室は、かなり広い方の部屋だった。


あちこちの部屋を回ってみるとそれが分かる。そもそも同じ部屋に椅子が二十もあることが珍しいのだ。その上で全て同じ椅子でないといけない。会議の始まりまで後1時間を切って、仕方なく大広間から運ぶことにする。


と、言うわけで。


「騎士団長に頼むのだが……」

「どうしましたか殿下。時間も切羽詰まってきましたし、何か案があるならおっしゃってください」


不安。


「どうしてためらうのです?」

「そりゃお前に前科があるからだろうが!」


団長は不思議そうな顔をしてクリストファーを見る。


「はて、私は犯罪など犯したことはありませんが」

「一昨日のお使い!宝物庫に辿りつけすらせず、しかも鍵を無くしやがったじゃねーか!どうすんだマジで。今日の会議で突っ込まれたらやばいぞ」

「あーはいはい。曲者を見かけたので、そっちに夢中になってました。そんなにかっかしないでください。いいですか、殿下。鍵の開かない扉は……」

「扉は?」

「ぶっ壊してしまえばいいのです」


クリストファーは無言で胸ポケットから紙を取り出す。小さなポケットのどこにそんな容量があったのか、分厚い束を半分くらい分けてねじり始めた。


「すまん、ちょっと味わってくる」


言ってるそばからくしゃくしゃに丸めた紙を口に突っ込んだ。束をねじり終わるまでの辛抱である。最近はよく噛めば飲み込めることが分かったので、捨てるのにも困らない。ただし多量摂取に注意。吐き気がしてくる。


部屋の隅の方を向いて噛み噛みし始めたクリストファーを見て、団長はやれやれと言うように首を振った。




それから一時間半後、会議室には要人が勢ぞろいしていた。ランディアの王子クリストファーを始め、クプレラの会戦では連合軍の主力となったエクディアのイラートム辺境伯、建国以来の歴史を持つツミヒル侯爵に、この間若い当主に代替わりしたばかりの富豪、リングネル伯爵。そのほか有象無象。


でっぷりとした腹を突き出して大きな目をぎょろぎょろさせているのはランディアと反対側の辺境伯。その隣で腕を組んでいる引き締まった顔つきの中年は何を隠そう、一ヶ月前までエクディアの騎士団長をしていた人物だ。クプレラの会戦があれほど圧倒的に終わったのには、彼の不在が大きい。もちろんランディア統治に賛成派。目を瞑って首をこっくりこっくりこっくりさせているのは、貧乏で有名なシュチュラン子爵。


入り口付近に固まって座る老人達。髭を長く伸ばしたのは名ばかり貴族のガベルニ伯爵と、ミイラを連想させる肌のモンテマル子爵。二人の間に座るのは最長老。エリナ戦記の時代から現役だと言われているが、イラートム辺境伯の方がよっぽど年寄りに見える。居心地悪そうに座っている彼らは皆、エクディア王家と仲が良かった人物ばかり。


そうそうたる顔ぶれを前に、クリストファーの胃は痛くなる。彼らのうち誰か一人でもクプレラの会戦で敵に回っていれば、勝負の行方は分からなかったのだ。特にツミヒル侯爵の領地は軍馬の名産地。会戦には参加していなかったので、彼の麾下には今でも騎兵三千人がそろっているのだ。


戦争に負けたとはいえ、それは形だけ。気に入らなければランディアに追い返すくらいの気迫を感じる。


むしろ彼らとの交渉こそがエクディア攻略の山場なのかもしれないな。クリストファーは心の内で呟くと、気を引き締め直した。





会議が始まって一時間後。最初に異変に気付いたのは、リングネル伯爵だった。暖炉が少し動いた気がしたのだ。クリストファーの宝物庫の鍵を無くした言い訳を聞きつつ、じっと目を凝らして見る。


乱雑に積まれた薪が、ことりと音を立てた。疑惑は確信に変わる。窓も無いこの部屋で、勝手に薪が動くわけがない。レンガの枠が少し横にずれて、埃が落ちる。リングネルは眼鏡をかけ直した。間違いない。何者かが出てこようとしているのだ。


音も無く枠が動いて……ちょっと止まる。うまく開かないのだろうか?枠は二、三度上下に揺れて、また横に動き始める。リングネルは、暖炉の前横に目をやった。壁の一部分に、少し不自然なくらいに綺麗な箇所があった。エクディアの旗でもかかっていたのだろうか。


侵入者(と思われる)は、こちら側に出ようと悪戦苦闘しているようだった。重大な会議の最中ではあるが、思わず心の中で頑張れ!と応援してしまう。あと数センチさえずれれば横から出られるはずなのだ。


立て付けの悪い仕掛けに、リングネルも向こう側の侵入者の気持ちになって心の中で悪態をつく。ここ数十年管理をさぼっていたのは一体誰なのだ。



会議は進む。次の議題は不揃いな椅子について。誰がどう考えたのか、結局ばらばらな長椅子で妥協することになったのだ。数人で一つなら別に違和感はないかと思っていたが、やっぱり駄目だった。


手元の資料を噛みたい衝動をこらえ、あらかじめ考えておいたお詫び文を読み上げる。まさか前科持ちに王宮の反対側までお使いさせるわけにもいかないし。しょうがない。


みんなの手元の紙がぱらぱらと音を立てる。喉までせり上がってきた食欲をぐっと抑えて、読み上げに専念する。昨日あたりからだろうか、紙の音が食欲を喚起するようになってしまったのだ。エクディアの紙は間違いなく高級品。これだけ噛みごたえがあるのはきっと、山奥の綺麗な水を使っているからだろう。


どんなにコストがかかる事でも気にせず実行していたのがエクディア王家の唯一の長所だったかもしれん。均一できめ細やかな紙を見ていると、それがよく分かる。


一通り原稿を読み終わり、何か質問はあるか顔を上げた時。反対側に座っていたリングネル伯爵が歓喜を顔に浮かべて、


次の瞬間、かれの頭は大きく膨らみ破裂した。




「やれやれだわまったく。チルカトのやつめ、扉の開け方を書き残し忘れてたじゃない」


反射的に立ち上がり、エクディア貴族を背に隠すように構えて剣を抜く。今まで自分が座っていた後ろの暖炉の横に小さな扉が出現していた。灰が舞う中、狭い入り口からよっこいしょと少女が現れる。


だいぶ埃をかぶってはいるが、間違いなく高級なドレス。精一杯サイズを合わせたのだろうが、それでもまだぶかぶかに見える。頭には宝石で飾られたティアラ。腕にも首にも、じゃらじゃらと宝石の輪っかを身につけている。


「お前、何者だ⁈ここは会議室だ。何しにきた!」


人はテンパると中身の無いことしか言えなくなるらしい。分かりきった質問をしつつ、クリストファーは状況をざっと確認する。


エクディア貴族の要望で、騎士達は皆扉の外。一箇所しか無い出入り口を今この瞬間も死守している事だろう。帯剣しているのは自分一人。こっちはランディアの要望。


四捨五入しなくてもやばい。


くそ、なんでこの部屋防音になってやがる。


晴れてきた視界の中、目の前の人物に焦点を合わせる。ブロンズの髪、少し痩せ気味な体。背は低い。十四歳くらいか。そして、エクディア王家に伝わる青い目。


前情報通りだ。


「マリーナ・エクディアだな」


その言葉を聞いた途端、彼女はわなわなと震えだした。全身を驚愕と憤怒が包んでいる。


「な、なんてことを……」


どうした?一応聞いてみると。


「人が今から名乗ろうと言うのに、このクソ王子自己完結しやがった!何が、お前何者だ⁉、︎よ!二秒後に自分で答え出せてるじゃない!死ね!」


強力な魔力の波動がクリストファーを襲い、一瞬で飲み込んだ。



どうやら女王陛下は、練習が一瞬で無駄になったことにご立腹らしい。槍を片手に後から続いて出てきたメイは、昨日隠し通路を探索しながらしていた練習を思い出してにやにやする。


どうして名乗りをあげる暇があるなんて思っていたのだろうか?狭い通路で大声出されると、反響して頭が痛くなってくるのだ。ザマアミロ。


服の埃を払って、貴族達の方を向く。一礼。


「エクディア王国なんでも大臣のメイです。よろしくお願いします」

「なっ……メイ!あんた一人だけ自己紹介ずるい!」

「ふふ、無名の特権ですよ」


マリーナの後ろを通って、入口の方に足早に向かう。ざっと貴族達を見渡すと、みんな驚きの表情。そりゃそうか、座ってたらいきなり隣のやつが爆発したんだから。特にイラートム辺境伯なんて、隣に座っていたものだから色々降りかかって大変そうだった。あの服はもう着れないだろう。 なんだか分からんぐちゃぐちゃが、壁にもべったりでまぁ……。


しばらく貴族を観察していると、見知った顔が二つほど。侵入者にも驚かされず未だに居眠りしている中年に会釈した後、扉から逃げようとする老人どもを槍で威嚇して机付近まで無理やり戻す。扉を背にして、槍を構えて任務完了。後は全部マリーナがどうにかしてくれる、はず。


様子を見る限り、エクディア貴族はマリーナのことを知らされていなかったらしい。ちらほらと、マリーナって誰?ほら、あのヘンリー王の……みたいな会話が聞こえる。


なんだ、マリーナ様も十分無名じゃないですか。ちょっと笑う。


ぼーっとしていると、貴族側の席からびしびしと視線を感じる。意図的に顔を逸らしてマリーナ達の方を見ていると、ついに声をかけられた。見知った顔のもう一人だ。


「どこかで見た顔だと思ったら……お前は。六年前のクリスマス以来か。久しぶりだな」


褐色の肌にはげ頭、そして筋骨隆々な体躯。忘れもしない。都の警備隊長だ。メイは無視するのを諦め、逆に槍を向けてみる。あの日とは立場が逆転しているのだ。


「むむっ⁉︎その言葉は私がエクディア王国なんでも大臣であると知ってのことですか?この場にはマリーナ女王陛下もあらせられるのです。不敬であるぞー!」

「いや、まずなんでも大臣ってなんだよ」


実は私もよく分かってない、とは言わない。


「お前、クリスマス殺人事件の時の娘だろ」

「はぁー。そうですけどどうかしましたか、警備隊長さん」

「俺はもう出世して騎士団長になった。辞めたけど」


メイは槍を向けるのをやめ、縦にして、地面について支えにする。要は金属棒である。重くて重くて、とても長い間持っていられる物じゃない。


それにしても、一生会わないと思ってたのに。国の重鎮達と一緒になって昔の警備隊長が座っているのを見ると、ちょっと面白かった。


そんな騎士団長も、今となってはチルカトに、よぼよぼの庭師に地位を奪われているのだ。今度こそメイはくすりと笑った。


「今お前を見て確信した。あの死体は宿屋の娘だったんだな」

「さあ、なんのことやら」


メイは首を振って、会話を打ち切った。



マリーナとクリストファーは、3メートルほど離れて向かい合っていた。真っ白なドレスのマリーナは両手の平を広げて。黒い軍服姿のクリストファーは剣を抜いて。


先に口を開いたのは、クリストファーだった。


「……今ならまだ、身の安全は保証してやる。降伏しろ。元よりエクディア王族を根絶やしにしようなんて気は無いんだ」

「断るわ」


覆いかぶせるようにマリーナが言う。クリストファーは不思議に思った。どうしてこいつはこんなにも、楽しそうなのだろう。どうしてこいつは笑っているのだろう。


「何がしたいんだ?お前ら。ここに来た時点で詰んでいるようなものだぞ。扉の向こうには今、ランディアの第二騎士団の半数以上が揃っているんだ。今ここでお前が多少暴れたところで……五分もしないうちに制圧されるのがオチだ。それが分からない訳でもあるまい。なあ、どういう考えがあってここに突っ込んできたんだ?お前の国はもう無いんだよ。どういう計画なんだ?」


マリーナはますます笑う。


「まず、一つ言っておくと。私は一切合切未来に期待していないの」


開いた手の平を、ぎゅっと握る。


「ここに至るまでこの一週間、何度もお前は詰んでるって言われた。そんなこと私たちが考えていないとでも思って?計画の目標はここだし、最終ゴールは今から約二分後。何一つとして間違えてはいないわ」


握った手の平をゆっくりと開く。指の先までぴんと張るように。


「小屋にいた頃、毎晩思い描いてた。将来何かがあって私が女王様になって、たくさんの家来に傅かれて過ごす……。でも、それはすごく単純で、中身の無い妄想なの。薄ぼんやりと玉座があって、綺麗な服着た人達が周りにいて。そこから私が何かの指示を出す、みたいな。想像できないのよ。私は子供向けのエリナ戦記でしかそういったことを知らないし、エリナひいお婆様は戦ってばかりで全然日常を教えてくださらなかったし。何をするのか見当もつかないの。


なら戦争ならどうかって言っても、私別に戦争したいわけじゃないし。むしろエクディアにはもっと豊かになってほしいって思う。


いつか誰かが迎えに着てくれるのを、一年待って、二年待って、いつのまにか十四年が過ぎてた。もう分かってた。いつのまにか食卓には芋しか出なくなってたし、五年ほど前から新しい服も届かなくなった。死んだと思われてたのか、もしくは存在自体忘れられてたのね。


エリナひいお婆様は優秀で、六歳の頃から既に勉強をしていたと読んだ。そんな時、いつも思い出す。


自分は今何歳だろう?


教育の面から見ても、もう手遅れになりつつある。それだけは私にも分かった。きっとここから出る時は、私が死ぬべき時か死んだ時。そう思うと目の前がぎゅっと押しつぶされる感じがして、身体中に魔力が駆け巡る。冷たくて、どろりとしていて、出口を求めるそれは腕輪にぶつかって。


目を閉じると感じる。大きな大きな三角形が、まぶたの裏で勢いよく弾みながら回ってる。角が私を突き刺すように、伸びたり、縮んだり。それはとても大きくて、けれども間違いなく私の中にあるものだった。


三角をずっと見ていると、弾むリズムが私の脈と合ってくる。そうなると後はもう止まらない。頭の中が熱を出したみたいに真っ赤になって、三角がひたすら抉っていく。三拍子のリズム。強く1が来た後、2、3で勢いがついてまた1!脈を身体中で感じる。強くなったり、弱くなったり。三角と合わせて暴れまわる。


ランディアの騎士が来て、初めて腕輪が外された時にようやく私の中の三角は消えた。もうその頃には、私のする妄想はいかにして国を治めるか、からどんなに暴虐の限りを尽くすか、に変わってた。


憧れは憎悪に。


女王になったら、みんなギロチン送りにしてやる。これまで私を待たせてきたやつらも、私の存在を知らなかったやつらも、みんなまとめて殺してやる。地位もあって、有名で、誰も目から見ても非の打ち所がない模範的な貴族だって、私を知らないという理由だけで殺してやる。そのへん歩いてる召使いなんて、気に障ったって言って自ら頭かち割ってやる。


私は墓穴から出てきたも同然だから。もっと死人を増やすのだ。お前達が何を無視してきたのか、何を忘れていたのか思い知らせてやる。私の存在全部を知らしめてやる。


そして機会は訪れた。だからきっと、私が詰んでる詰んでないでいうなら、騎士に腕輪を外してもらう前にもう詰んでたんだ。


文字も書いたことがなくて、今の国の様子を何一つとして知らなくて、王族や貴族と話したことは一度もなくて。出来ることはトランプくらい。


そんな私が小屋の外に出ても、もう救われることはない。私は一生女王にはなれないし、国を良くすることも出来ない。何にも出来ない。


そんな私に残された、最後の希望。


全員殺してやる。私がどうなろうとどうだっていい。目に付いたやつみんなに復讐する。どうせ私は小屋に入った時点で死んでいるのだ。死人なのだ。私が幸せになれなかったとしても、お前達の幸せは奪えるのだ。


最後の一週間は、とっても楽しかった。今までに見たこともない建物が観れたし、たくさんの人に会った。


多分私は、この七日間のために生きてきたんだ。


でも足りない。平民の小娘やひらの騎士だけじゃ満足できない。


もっともっとぐちゃぐちゃにしてやりたい。最後にやりたいことするくらい私にだって出来るはずだ。


問答無用に理不尽を刻み込んでやる。私の存在を、恐怖を植えつけてやる。そして私はみんなの心の中で死んだ後も生きるのだ。生きていた頃より生々しく。


だから。



マリーナは改めて獲物を睨みつける。何度か魔力を流しこもうとしたのだが、クリストファーには効いた気配が無い。秘書や貴族には効いたんだから、つまりおかしいのはあいつの方だ。


ぱっと見てまず目に映るのは、魔力を送るたびにきらめく腕輪。


「……魔道具か。道理でお前にだけ効かないはず」

「そうだ。諦めろ」

「ううん。ならこっちでいくわ」


次の瞬間。マリーナの姿が消え、クリストファーの顔前10センチの距離に短刀が肉薄していた。


仰け反って剣で逸らすも、すぐに反対側から刃が迫る。一瞬のうちにマリーナは、3メートルの距離を詰めてクリストファーに襲いかかっていた。


マリーナの腕輪がじゃらじゃらとうるさいくらいに音を立てるが、マリーナは一向気にした様子は無い。何度弾かれても、次から次へとクリストファーの顔に、胸に、喉元に、下から短剣が迫る。


目で追っていては間に合わない。白いぶかぶかのドレスは花のように広がって、短剣の軌跡を隠していた。腕輪の擦れる音に紛れた刃の風切り音を聞き分け、それに反応して避ける必要があった。


しかし、クリストファーは優秀な剣士でもある。防戦一方であるものの、急所への一撃を許さない。彼は短剣を逸らしながら、あることに気づいていた。動きがおかしいのである。肘を曲げたり、体の重心を移動させたりといった動作が一切見られない。ただ腕をでたらめに振り回して襲っているように見える。


「マリーナ!お前、自分自身に魔力を流し込んだな!」


糸で吊られているような乱暴な動き。時々する何か肉が切れる音。にたりと笑ったままぴくりとも動かない顔。少女の細腕とは思えない異常な速さ、異常な動き。


まるで、内側から無理やり動かされているような。


マリーナの瞳が少しきらめく。クリストファーはそれを肯定と受け取った。




少し離れたところで、メイは長椅子端に腰掛けていた。もう槍は持っていない。どうせ使えないからその辺に転がした。


「……おい、アルシェ。お前の女王様は何がしたいんだ。側から見ても全身ずたずたなのは分かる。長くはもたんぞ」


長椅子のもう片方の端にはエクディアの騎士団長。


メイは足元の死体を蹴りながら答えた。死ぬ間際までずっと居眠りしていたのか、死体に恐怖の色はない。ほんとこういうとこ変わらなかったなぁ、とメイは嘆息する。そんなんだから最愛の一人娘が安宿に泊まつて、事件に巻き込まれることになるのだ。


「別に。したいことなんてありませんよ?ただ、私達がもう詰んでるのに、目の前で幸せそうな様子を見せられたらむかつくじゃないですか。あとは……ノリとか?なんかそんな感じです。小屋から出されなければこんなことはしなかったってのは本当だと思いますけど」

「俺はお前らが言うほど詰んでるとは思わんがな。あの魔法があれば、大抵の奴らは倒せるだろ」

「いやいや、倒してそのあとどうするのかって話ですよ。私達政治とかそういうの全然分かりませんし。傀儡になるくらいならーーーみたいな?あー、でも違うかも。やっぱりノリですかね?あの子なんも考えてませんから」

「なんでお前そんなやつに着いてってるんだよ……」


ノリで破滅に向かう主君って、相当酷い人物だと思う。呆れ顔の騎士団長に、メイは天井を見上げて答えた。


「えーと、王宮に侵入した初日にですね、私聞いたんです。本気でランディアを追い出したいなら、王宮に留まってるエクディア人の使用人を戦わせたらいいんじゃありませんか?って。そしたら、私の自棄っぱちに他の人を巻き込んじゃいけないからそれはしない、って言われまして。それ聞いた時、なんかもう無性に着いて行きたくなったんです。記録係のなんでも大臣として、最後を見届けてあげたいなーと思い、ここまで来た感じですかね。ふふっ、ひょっとしたら私にもあの子の馬鹿が移ったのかもしれません」

「……ふうん。まあお前がいいのならいいや。よく考えたら俺には関係ないし」


あはは、酷い。


「あ、そうだ。知ってましたか、警備隊長」

「うん?」

「あの子が今着てるのって、エリナ様が廟で着てるやつの複製品なんですよ。死に装束って言ってましたっけ?お似合いだと思いません?」

「ならもうちょっとでもサイズを合わせる努力をしてやれ、なんでも大臣」


二人とも黙り込んで、マリーナ達の方を眺める。二十一人分のばらばら死体に囲まれて、彼らは踊っているようにも見えた。




状況が動いたのは、それから数秒後だった。マリーナがいきなり後ろに跳び、クリストファーはたたらを踏む。こういう動きをノーモーションでしてくるのが操り人形の嫌らしいところ。クリストファーは唇を噛んだ。


あいつ知恵をつけてきやがったのか?


正面突破は難しいとふんで、戦法を変えに来たか。しかしクリストファーに考える時間は与えられなかった。マリーナはすぐに気をつけの姿勢のままで、跳躍。


右か、左か。剣を構えるクリストファーに、マリーナは体ごと飛びかかる。両腕を大きく広げて天井を蹴り、加速する。クリストファーの剣が一閃して左手を吹き飛ばすけれど、マリーナの動きは止まらない。クリストファーの頭にしがみついて短剣を打ち下ろす。クリストファーはこれを腕でかばい、勢いを上手く流して、投げ、壁に叩きつける。


マリーナは口からがぼっと血を吐くと、ぷっと歯を吹き出した。白かったドレスに隠れて見えないものの、彼女の全身はどす黒く変色しているだろう。人には無理な動きばかりしていたのだ。



クリストファーは剣の血を払い、ほっと息をつこうとして、再び恐怖に襲われた。


マリーナが未だに笑っていた。にたにたと、顔全体に自然な笑い。


こいつは虚勢でなく笑顔なのだ。無理やりではなく、自ずから笑みが溢れでているのだ。


彼女の視線を追って、クリストファーは理解する。


狙いは腕輪か。出陣前に父親から渡された、ランディアに伝わる魔道具。魔力をはじくと言われていたが、宝石が割れた今となってはその任を果たせそうにはなかった。


「勝った!これで終わり!」


マリーナは、


右手をぱっと開いて、


ぎゅっと



「殿下‼︎」


マリーナの首は笑ったままくるくると飛んでいき、側には真っ赤な剣を握った髭面の騎士団長が息を切らせて立っていた。


「殿下、ご無事ですか⁉︎」


クリストファーは半ば放心状態で答える。


「む……うむ。大丈夫、だ」


ランディア騎士団長は辺りを見回して、室内の醜悪さに顔を歪める。壁も床も死体だらけ。


「しかし、まさかエクディアの元騎士団長がマリーナに協力していたとは。危なかったですな」


団長が示した先には、二人が座っていた長椅子。彼らは話していた時そのままの格好で、喉を突かれ、胸を切られて死んでいた。


「いや……そいつは何もしてこなかったが……」


クリストファーはよろよろと歩いて、二人の死に顔を覗き込む。マリーナとの一戦は、確実に彼の精神消耗させていた。


「ふむう。エクディアの元騎士団長でしたか、殿下の戦いに気を取られて、武器すら手にとっておりませんでした。肉体強度は私とそう変わらないものを、惜しいものです。ははっ、なんだかこの死に顔、俺はとばっちりだー!とでも言いたいように見えませんか?」


新しく増えた血溜まりをちゃぷちゃぷ言わせながら、団長は上機嫌で喋る。3日前に逃した敵を、主君に危害が加わる寸前で倒せたのだ。これで国内の不穏分子は全滅。めでたしめでたし。


しかし、クリストファーは喜びの色を見せず、倒れこむように長椅子に座ると頭を抱える。


「なあ、騎士団長」

「はい、どうされました?」

「この状況、どうする?長椅子のようにはいかない気がする」

「は、どうすると言われましても、まずはエクディア貴族にこの朗報を伝えて……」


駄目だ。頭がくらくらしてきた。腕もだいぶ痺れてる。腕輪越しとはいえ、ひょっとしたら骨が折れたのではないだろうか。


「その貴族が全滅だ。マリーナめ、長ったらしい自分語りをしているだけかと思ったらやってくれた。騎士団長、ちょっと考えてくれ。占領した俺たちの元にやってきた有力貴族が、会議に呼ばれて行ったら全員殺されました。これってかなりまずくないか?」


クリストファーの頭をよぎるのは、ツミヒルの騎兵三千人。ここまで一緒に戦ってきた辺境伯の私兵が八千人。みんなが行くなら……とついてきた民兵、他貴族の私兵が都内だけで四千人。そしてここまでの、国境から十日間かかった道のり。


考えるだけで寒気がしてくる。


「奴らはずっと、詰んでるの詰んでないのと言ってたが、今詰んでるのは俺たちの方だと思わんか?」


もしこの全員が襲いかかってきたら。


「いやいや殿下、マリーナっていう狂人がいたんですって話せば」

「誰が信じるんだそんな馬鹿な話!百歩譲って王族に生き残りがいたとして、そいつがなんでエクディア貴族を殺すんだよ⁉︎俺だって信じないぞそんなの」



クリストファー少しの間黙って考えて、顔を上げる。


「騎士団長」

「は、どうされます?」

「言い訳も逃亡もしない。俺たち全員で先制攻撃仕掛けて、やれるとこまでひたすらぶち殺そう。王宮だけでなく、エクディアの都全部を地獄絵図にしてやろう」


団長は、正気なのかとクリストファーの顔を見て、あっと息を飲む。



暗い炎の宿る王子の目は、まるでマリーナのようだった。

わらびみるくです。最後まで読んでくださり、ありがとうございました!これでやけくそ戦記は完結です。初めて計画立ててから書き始めましたが、3日目あたりでどう数えても6日分しかないことに気づきすごく焦りました。仕方ないのでそのままにしました。評価、マイリスト登録など、本当にありがとうございました!

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