【MOD-16】バトル・オブ・ブリテン(中編)
「アレニエ、パルティ! このまま一気に急降下攻撃を仕掛けるぞ!」
小隊長として臨む初めての戦いではあったが、リュンクスはΗ小隊の手綱を上手い具合に操れており、2機の爆撃機及び数機の護衛戦闘機を共同撃墜するという戦果を既に挙げていた。
彼女が狙いを定めた敵機を仕留めることができれば、1個小隊に相当する戦力を撃墜したことになる。
「あいよ! 任せといて!」
「コックピットを潰すんだ。絨毯爆撃を目論むような連中は生かして帰すなよ」
Η小隊に頭上を取られたことを勘付いた爆撃機部隊はすぐに回避運動へ移るが、ハッキリ言ってもう遅い。
小隊長機と思われる機体が左旋回を始めるよりも先にリュンクスは「攻撃開始」というハンドサインを送り、それと同時にスロットルペダルを操作して愛機「RM5-20CC スパイラル・カスタム」を反転。
左旋回中の爆撃機の機首――コックピット付近にMF用携行式榴弾砲「ハウィッツァー」の銃口を向ける。
本来は空戦で使うような代物ではないが、リュンクスの技量を以ってすれば爆撃機に一発ぶち込むぐらいなら十分可能であった。
ハウィッツァーの弾倉に装填されている徹甲榴弾は2発。
1発目が外れてもやり直せる――と言いたいところだが、ハウィッツァーは反動が非常に大きいため意図的に連射速度が抑えられている。
普通に連射したら本体が耐え切れずに自爆するか、壊れないにしても使用寿命が極端に縮むと云われている。
つまり、高火力が期待できる一撃で確実に決めなければならない武器なのだ。
このように射撃武器の中では非常にクセが強いため、スターライガにおいてはリュンクスを除き愛用しているドライバーはいなかった。
「よっしゃ! んじゃ、一発ぶち込んでやるぜ!」
自機の状態、敵機の状態、周囲の状況、気象条件――彼女は命中精度に関わるあらゆる要素を瞬時に分析し、ここぞという攻撃タイミングで操縦桿のトリガーを引く。
大気を震わせるほどの爆音と共に真下方向へ発射された徹甲榴弾は薄い雲を貫き――そして、爆撃機のコックピット後方に風穴を開けていた。
「チッ! ちょっとばかりズレたか……お前ら、カバーしろ!」
クリティカルヒットを期した攻撃をしくじり、自らの見通しの甘さに舌打ちしつつアレニエたちへ援護を要求するリュンクス。
人にモノを頼む態度として適切とは言い難いが、アレニエとパルトネルは慣れているので特に気にしていなかった。
「コックピット内は内部剥離と破片効果が地獄絵図だろうな……いや、想像するのはやめよう。敵に同情したら攻撃が中途半端になってしまう」
搭乗員の返り血で赤く染まった爆撃機のコックピットを確認し、心の中で黙祷を捧げるパルトネル。
ルナサリアンとは敵同士であるが、個々の兵士に対し恨みを抱いているわけではなかった。
「戦争に駆り立てたお偉いさんを恨むんだな……ドーントレス、ファイア!」
報酬上乗せと引き換えに運用データの収集を任されている試作武器「プロト・レールガン」の照準を定め、攻撃開始を意味する符丁と共にパルトネルは操縦桿のトリガーを引く。
次の瞬間、銃身に青い電流を迸らせながら専用設計の徹甲弾が発射され、目視できないほどの弾速で爆撃機のコックピットに直撃。
機首を文字通り「粉砕」された爆撃機は完全に制御を失い、嵐の海へ真っ逆さまに墜ちていくのだった。
「これで1機――いや、共同撃墜だから0.5機と言ったところか」
「0.5? 私も手伝ったんだから1人当たり0.3ぐらいじゃないの?」
2人で仕留めたという前提で撃墜スコアを計上するパルトネルに対し、「自分にも少しぐらいスコアをくれ」と要求するアレニエ。
「はぁ? お前の援護攻撃は大して役に立たなかっただろ? そんなんじゃ0.3どころか0.1もあげれねえな」
「む……撃墜に貢献できなかったことは否定しないけどさ……」
だが、小隊長のリュンクスから正論を突き付けられてしまっては、さすがのアレニエもこれ以上の反論はできなかった。
「悔しかったら一人でやってみろよ。お前の腕前なら爆撃機ぐらいラクにヤれるだろ?」
そう言いながら愛機スパイラル・カスタムの左手で爆撃機を指し示し、戦友をおだて始めるリュンクス。
「鈍重で戦い易い相手なうえ、撃墜ボーナスの基本額では一番高額な存在――爆撃機ほど稼げる敵は他に無いぞ」
事の発端であるパルトネルも「お金」という分かり易い要素をチラつかせることでアレニエを煽り立てる。
スターライガのMFドライバーは基本給+危険手当を給料として受け取っているが、これとは別に戦闘における貢献や撃墜スコアによって追加報酬を得られる制度がある。
後者は俗に「撃墜ボーナス」と呼ばれており、じつは計算式の中で一番高額に設定されているのが爆撃機なのだ。
というのも、大量の爆弾を抱えている爆撃機は取り逃がすと甚大な被害をもたらす可能性が高く、その点において「戦闘機やMFよりも優先的に排除すべき目標」とされているのである。
撃墜ボーナスの計算式は作戦内容に合わせて変更されるが、戦況への影響が比較的小さいMFが一番高額な「獲物」になることは滅多に無い。
傭兵トリオが今回の作戦に乗り気だったのは、結局のところ「たくさん稼げる」という非常に世俗的な理由が大きかった。
「しょうがないなぁ……新型機開発のために大金が欲しいし、あの爆撃機は一人でやってみるか」
アレニエが金を求めているのは私利私欲のためではない。
そもそも、彼女の実家は軌道エレベータ建造にも参加した「ヴァリエソワールC.C」という超一流建設会社であり、社長令嬢のアレニエが必死に金稼ぎを行う必要性など無かった。
彼女は8人姉妹の末っ子で父親(女性)から特に可愛がられていたため、その気になれば容易に金を借りることができる。
にもかかわらず、スターライガの技術部門「スターライガ・エンジニアリング」へ依頼している新型機の開発資金を自己調達する方針に決めたのは、単に「欲しい物は自分の金で買う」という当たり前の事を実践しているだけにすぎない。
もっとも、MFの開発に掛かる費用は文字通り「桁違い」なので、その金額を捻出できると判断したアレニエの金銭感覚はなかなかにズレているのだが……。
「OK、そっちはお前の獲物ってことで決定だな。パルティ、あたしたちはもう片方の爆撃機をやるか?」
「ああ、さっさと片付けて護衛戦闘機で報酬上乗せといくか」
単独撃墜による撃墜スコア底上げを狙うアレニエの意志を尊重し、リュンクスとパルトネルは仕損じていた爆撃機を追い掛け始める。
「(さーて、狙うとしたらコックピット、ウェポンベイ、エンジンの三択だけど――!?)」
そんなことを考えながら品定めするように爆撃機の背後へ近付いた時、アレニエは尾部に付いている機関砲が自らへ向けられていることに気付く。
次の瞬間、爆撃機の尾部銃座から大量の蒼い光弾がばら撒かれ、アレニエのスパイラル・カスタムへと襲い掛かった。
「うわッ!? ケツに銃座があるとか昔の爆撃機かよ! 勘弁してくれ!」
地球ではとっくに廃れてしまった銃座の存在に驚き、彼女は慌てて爆撃機との間合いを取り直す。
だが、相手のほうも尾部銃座の扱いに手慣れているのか、回避運動を行いつつもアレニエ機を射角へ留めようとする「嫌らしい動き」で反撃の隙を窺っていた。
蒼い光弾――パルスレーザー程度の威力ならそう簡単には落ちないとはいえ、しつこく連射され続けるのは非常に厄介だ。
「どうした、アレニエ? さっきから無線で騒がしいぞ」
「聞いてよリン! こいつら銃座からパルスレーザーを撃ってくるんだけど!」
「『尻に火が点く』とはまさにこのことだな。MFの加速力を活かして射角から逃げるんだ」
諺の誤用と大雑把なアドバイスだけを残し、通信を切断してしまうリュンクス。
別に彼女やパルトネルの援護は必要無いとはいえ、テキトー過ぎる対応にアレニエは思わずため息を吐いていた。
「(いい加減な隊長なんだから……まあいいや、さあ行くか!)」
集中力を高めるために拳を鳴らし、操縦桿を再び握り直すアレニエ。
切り替えが早い、ポジティブシンキングな性格は彼女の長所である。
「(まずはあの銃座を潰しちゃうか。分厚い装甲が施されているわけでもなさそうだし、少し攻撃を当てれば壊れるでしょ)」
ルナサリアン爆撃機は丈夫に作られているらしく、攻撃を気持ち多めに叩き込まないと致命傷を与えることができない。
特に胴体部分の耐久力は非常に高く、生半可な攻撃では容易に弾かれてしまうほどだ。
事実、アレニエは初めて爆撃機と戦った際にレーザーライフルで胴体を狙ったのだが、命中時の角度が浅かったせいで上手く攻撃が通らなかった。
一方、ポリカーボネート製の窓を持つコックピットや複雑な機構を有する尾部銃座は相対的に脆くなっており、攻撃側にとっては付け入るポイントとなり得る。
また、胴体部分の中にはウェポンベイがあると考えられているため、重装甲を貫かれたら誘爆により容易く爆発四散してしまうのはΖ小隊との戦いで証明済みであった。
1000mほど東の空で一際大きな火の塊が発生し、荒れ狂うドーバー海峡へと呑み込まれていく。
「撃墜! 撃墜! へッ、ざまあ見やがれってんだ!」
「ボクたちの手に掛かれば造作も無いことだ。んで、アレニエの奴はまだ手こずっているのか?」
リュンクスとパルトネルの無線を聞く限り、どうやら彼女たちは手筈通り爆撃機を共同撃墜できたらしい。
「まあ見てろって。今からテクニカルな撃墜を決めてやるからさ!」
仲間たちの活躍を見せられたら負けるわけにはいかない。
パルトネルの煽りを軽く受け流し、アレニエはスロットルペダルを思い切り踏み込む。
MFの持ち味である加速力を活かして銃座の射角から逃げる――かと思いきや、彼女のスパイラルはシールドを正面に構えながら爆撃機との間合いを詰めていた。
「まずはピュンピュンうるさい銃座を黙らせてやる!」
断続的に放たれるパルスレーザーをシールドで捌きつつ、爆撃機の尾部へと瞬く間に近付いていく茶色いMF。
「はいよッ!」
次の瞬間、アレニエの操作を反映するようにスパイラルは左腕を後ろへ引き、シールドを装備したまま左フックのようなパンチを繰り出す。
MFのシールドは手首と肘の中間辺りに回転式ジョイントを介して装備されるため、腕の向きとシールドの角度を平行にすることでシールドの先端部をマニピュレータよりも前方に突き出し、ほんの少しながらリーチを稼げるのだ。
アレニエ機は打突を想定した形状のシールドを装備しているので、不安定な姿勢から放たれる空中左フックでも決してバカにはできない威力となっていた。
爆撃機の尾部銃座を直接攻撃で文字通り叩き潰し、今度はレーザーライフルをエンジン排気口らしき開口部へ向けて連射するアレニエのスパイラル。
「これならどうだ!」
彼女の予想は見事的中しており、エンジン内部に攻撃を撃ち込まれた爆撃機は排気口から真っ黒な煙を噴き出し始め、まるで推力が失われたかのように機体をふらつかせる。
黒煙を吸い込まないようアレニエ機は爆撃機から一旦離れ、トドメを刺すべきか否かを考える。
敵機はエンジンに損傷を抱えているようなので、このまま放っておいてもいずれは海上に墜落するだろう。
だが、撃墜スコアの計算時に「自分の手で撃墜した」という証拠提出を求められることがあるため、敵機へ引導を渡す瞬間をガンカメラに残しておくのも一考だ。
「(おいおい、ここでパラシュート脱出とは度胸があるなぁ。サメの餌になっても知らないぞ)」
機体から飛び降りていく搭乗員たちの決死の脱出劇を見届けつつ、アレニエは先ほど撃ち尽くしてしまったレーザーライフルを装填し直す。
今度は爆撃機の胴体――ウェポンベイが配置されている部分へ集中攻撃を浴びせ、内部に抱えている爆弾ごと爆発四散させるつもりである。
搭乗員たちの存在を気にする必要が無くなったため、遠慮すること無く引き金を引けるのだ。
「ブラックウィドウ、ファイアッ!」
……もっとも、一介の傭兵であるアレニエは初めから爆撃機を吹き飛ばすつもりだったのだが。
蒼い光線にウェポンベイを貫かれた爆撃機は一瞬で火の塊と化し、海上へ墜落するよりも先に空中で焼け落ちてしまう。
もしかしたら、他の機体よりも燃料が余っていたのかもしれない。
「ヒュー! こんだけ派手に爆発させると気分爽快だねぇ!」
久々に自分でも満足のいく戦いができ、隠れた特技である口笛で喜びを表すアレニエ。
ちなみに、今回は「人が乗っていない」ことが分かっているから気分爽快なのであり、敵とはいえ相手を殺めた時はこのような喜び方は絶対にしない。
人の死を決して嘲笑うな――。
傭兵とはいえ、オリエント人の道徳観に根付く騎士道精神をアレニエは守っているつもりだった。
「やったな、アレニエ! CICに確認してみたところ、爆撃機は今落としたヤツで最後だったみたいだ」
有言実行を果たした戦友の機体へと近付き、ハイタッチを交わすリュンクスのスパイラル。
搭乗者の感情表現を容易に行える点はある意味MFの最大の特長であり、各種ジェスチャー及びハンドサインの再現はドライバー間の連携強化に一役買っていた。
「これで私たちの仕事は終わりか? 随分と楽なビジネスだったな――ん?」
戦闘が一段落した合間を縫って首と肩のコリをほぐしていた時、パルトネルはワルキューレCICから通信回線が開かれたことに気付く。
「ワルキューレCICよりスターライガ全機へ緊急連絡! フランス沿岸部より飛来する、巡航ミサイルと思わしき飛翔体を捕捉しました! 戦闘続行が可能な機体はすぐに迎撃行動へと移ってください!」
「こちらΗ小隊、了解! 巡航ミサイルを片っ端から落とせばいいんだろ?」
CICの返事が来るよりも先に通信回線を切り替え、戦友へ作戦目標変更の旨を伝えるリュンクス。
「ああ、分かってるよ! プログラム通りに飛ぶ相手に後れは取らないんだから!」
「撃墜スコアとしては期待できないが……絶対に逃がしたらダメな奴だな。第2ラウンドは気合を入れて行くぞ」
アレニエとパルトネルがまだまだ「食い足りない」ことも確認し、リュンクスはΗ小隊全機を巡航ミサイルとヘッドオンできる方角へ向けさせるのだった。
「行くぜ、お前ら! もう一狩りとシャレ込もうじゃねえか!」
【ヴァリエソワールC.C】
オリエント連邦・ジェラース市カーモネギーに本社を置く建設会社。
基本的にはメガストラクチャーの建設作業で知られている企業だが、「Yamame」というブランド名で住宅販売も行っているなど、手掛けている業務は幅広い。
なお、一部の例外を除き歴代社長は創業者一族であるヴァリエソワール家の人間が務めている。




