【MOD-14】隊長代理は誰?
――レガリアさんは?
ああ、彼女らは別働隊なのでブリーフィングも別ですか。
分かりました……では、このメンバーでブリーフィングを開始します。
もしかしたら既に知っている人もいるかもしれませんが、我々スターライガは人類共通の敵――ルナサリアンへ対抗するべくオリエント国防軍を含む各国正規軍との共同戦線を構築。
その第一歩としてUK制圧を目論むルナサリアンを水際迎撃する「アンドロメダ作戦」への参加を要請されました。
今回想定されている戦闘空域はドーバー海峡上空。
UKの対岸に位置するフランスは国土の8割以上が既に占領されており、現地のレジスタンスの情報ではルナサリアン航空部隊はルーアンに築いた前線基地から飛び立っているようです。
イングランド南部の住民が無人偵察機らしき飛行物体の目撃証言を多数寄せているため、ルナサリアンはUK首都ロンドンを攻撃目標に定めていると思われます。
BAF(イギリス軍)は伝統と格式ある国軍の一つですが、昨今の軍縮による弱体化の影響も決して少なくなく、彼らだけで侵略者の猛攻を凌ぎ切るのは困難だと言えるでしょう。
そこで、我々スターライガはドーバー海峡上空を通過するであろう敵部隊を高高度から強襲。
グレートブリテン島へ到達される前に数を減らし、撃ち漏らした敵機をRAF(イギリス空軍)に処理させるという作戦を採ります。
敵戦力の内容についてですが、先述したレジスタンスの情報提供によると多数の戦略爆撃機が出撃準備を整えている模様です。
また、ドーバー海峡沿いのフランス沿岸部には「巡航ミサイル発射機が配備されている」との未確認情報も挙がっています。
この情報の信憑性は明らかではないものの、用心に越したことは無いでしょう。
爆撃機と巡航ミサイルを同時に相手取るのは厳しいですしね。
とにかく……地図上に表示しているこの防衛ラインまでに敵機を排除するよう心掛けてください。
ここを越えられたらロンドンの都市圏に入られてしまいます。
たとえ爆撃自体はされなかったとしても、「自国上空まで爆撃機が来た」という出来事自体がUK国民に不安を与え、厭戦ムードをもたらす可能性があることを忘れないでください。
本作戦についての説明は以上です。
ブリーフィング終了後、各員はすぐに出撃準備をお願いします。
では……以上、解散!
「待て! みんな、まだブリーフィングルームから出るな!」
ブリーフィング担当者が解散を告げた直後、皆が退室しようとするのをライガは大声を上げて制止する。
「知っての通り、今回はレガリアを含む数名が別行動になるから編制を変えないといけない。これより臨時に再編制を行うから、β、Ζ、Ηの3小隊に所属する奴はここに残れ。それ以外の奴は格納庫に行っていいぞ。足止めさせて悪かったな」
それ以外の奴――具体的にはγやΔといった小隊の面々は予定通りブリーフィングルームから退室していく。
彼女らの部隊は別行動に伴う欠員が生じないため、再編制を行う必要が無いからだ。
一方、ライガが指名したβ小隊は4人中3人が不在となっているので、余った1人をΖまたはΗへ編入することで帳尻合わせをしなくてはならなかった。
「ライガ、リリーたちは先に格納庫で待ってるね」
「ああ、こっちの用事が済んだらすぐに向かう。装備は空対空で行くようメカニックたちに伝えておいてくれ」
「りょーかい! サレナ、クローネ、行こっか!」
自身が率いるα小隊の面々を見送り、ライガはすぐに「居残り組」を周囲へと集めるのだった。
まず、最優先でどうにかしなければならないのはβ小隊で唯一余ったソフィの扱いだ。
β小隊はレガリア、ブランデル、ニブルスの3人が別働隊としてジブラルタルへ向かうため、新人のソフィが搭乗機の関係で取り残されていた。
「ΖもΗも1人分の枠が余っているが……さて、どちらに編入しようかな」
「あの……ライガさん、私はどちらでも構いませんよ? あなたの判断に任せ――」
「当然だ! ヒヨッコのお前に選択権があるわけないだろ!」
「ひッ……!」
オロオロしている新人のことは放っておき、顎に手を当てながらΖ小隊とΗ小隊を見比べるライガ。
レンカが率いるΖ小隊は狙撃機や先進技術採用機といった機体を擁する「技術試験隊」であり、現在は2番機のポジションが空いている。
過酷な戦闘を本業としている部隊ではないが、その分ソフィに掛かるプレッシャーは少なくて済むだろう。
彼女を編入させるならΖ小隊が本命だが……。
「おい、今日は誰が一番爆撃機をヤれるか賭けようぜ」
「いいね! 撃墜スコアが少なかった奴に奢らせるか!」
「フッ、技量ならお前らには負けないさ」
「言ってくれるぜ、パルティ。競うのは腕じゃなくて結果だからな」
一方、これから臨む戦闘を賭け事のように捉えているこの連中はΗ小隊。
話を切り出したのは猫耳が特徴的な2番機担当のリュンクス・フレンツェン、それに対し快く応じているのが3番機担当のアレニエ・ヴァリエソワール、そして彼女たちから「パルティ」と呼ばれた人物が4番機担当のパルトネル・ウォーターゲートである。
1番機担当――隊長のヒナは別働隊で不在のため、じつは彼女らΗ小隊も隊長機が欠けているのだ。
Η小隊はスターライガの中では若干特殊な部隊であり、ヒナ以外の3名は「スターライガと契約を結んでいる傭兵」という立場となっている。
リュンクスたちは元々フリーランスのMF乗りとして活動しており、スターライガと契約したのもビジネスライクな理由に他ならない。
実力は確かだし指示にもしっかり従ってくれるとはいえ、お世辞にもソフィのような新人を任せられる面子ではなかった。
ガラの悪い連中が揃うΗ小隊がこの状態なので、ライガは当初の予定通りΖ小隊へソフィを編入することを告げる。
「Ζ小隊、お前たちの2番機としてソフィを入れるぞ。それで構わないな?」
「ええ、もちろんです。私とカルディアとアンドラでフォローしますから」
「頼むぜレンカ――身の潔白はその戦いぶりを以って証明することだ」
「……さあ? 何のことでしょうね」
ライガとレンカの不穏な遣り取りをよそに、Ζ小隊の3番機及び4番機――カルディア・ハートレーとアンドラ・フートは共に戦う新人を歓迎しグータッチを交わしていた。
「……今日はよろしく、ソフィ」
「私たちがしっかりフォローするから、安心して戦ってくれ」
「カルディアさん、アンドラさん、こちらこそよろしくお願いします」
Ζ小隊の再編制が問題無く終わり、今度はΗ小隊の隊長代理を選ぶために傭兵トリオを見渡すライガ。
「(ドングリの背比べかもしれないが……さて、誰に小隊長を任せようか)」
少しだけ考え込んだ末、彼が隊長代理として指名した人物は……。
「リン! 今回はお前が小隊長をやれ!」
ライガ直々の指名を受けたリン――リュンクスは「マジで?」といった感じで自身の顔を指差す。
「あたしがやるのかい? こいつら、意外と言うこと聞かねえからなぁ……」
不服そうに肩をすくめながら首を横に振るリュンクス。
「何だって? ヒナの指示には従ってるつもりだけど……ま、あんたの指揮能力には期待してないよ」
「ボクも右に同じだ。クソみたいな指示を出されるぐらいなら、自己判断で行動させてもらう。大体、お前は前線指揮なんてやったことあるのか?」
当然、彼女の発言に対しアレニエとパルトネルは最大限の嫌味を以って迎え撃つ。
仲が良いのか悪いのかよく分からない連中である。
「な、ライガのおっさん? こいつらを統率するのは一筋縄じゃいかない……って、あれ?」
悪ガキ集団と変わらない纏まりの無さを自嘲するリュンクスだったが、肝心のライガは両腕を組み眉間へ皺を寄せていた。
これは明らかに彼女の言動を不快に思っている仕草だ。
「お前がやるんだッ! そんなことでプロを名乗れると思っているのかッ!」
次の瞬間、プロフェッショナルとは思えない態度に痺れを切らし、ライガはとうとう雷を落とすのであった。
身長158cm(獣耳含まず)という小柄な体格からは想像できない怒声に驚き、思わず黙り込んでしまうΗ小隊の面々。
「……おい、スターライガが契約したのは一流のMF乗りだったはずだ。困難な仕事を前に怖気付くような素人を雇った覚えは無い」
自身より大柄な傭兵トリオを見上げながら低い声で説教を始めるライガ。
その言葉に決して皮肉は込められておらず、彼は心の中で思っていることをそのままリュンクスにぶつけていた。
「怪我をしたり命を落とすのが嫌なら、MF乗りなんか辞めちまえ。生半可な覚悟で戦場に出てくるな。その方がお前の身のためだし、俺たちも迷惑を被らないで済む」
そう言い放つとライガは傭兵トリオへ背中を向け、ブリーフィングルームのドアの前まで足を運ぶ。
「まあ……お前らは傭兵だ。雇用主の指示に不服があるのなら、好きにするがいいさ。これ以上俺から言うべきことは無い――どうすればいいのかよく考えるんだな」
どうすればいいのかよく考えるんだな――。
リュンクスの心にはライガの言い残した一言が深く突き刺さっていた。
「(どうすればいいのか……か)」
気まずい空気を察したΖ小隊がそそくさと退室し、部屋にはブリーフィング担当者とΗ小隊の3人だけが取り残されていた。
「あのぅ……気になさらないでください。きっとライガさんはあなたたちのことを想って厳しく叱ったんだと思います」
「……ああ、分かってるぜ。ガツンと言われたおかげで目が覚めたみたいだ。あたしの実家はそれなりに裕福で、両親に少し甘やかされていたのさ」
何とかフォローしようとしてくれる担当者へ感謝の言葉を投げ掛けると、リュンクスは悪友2人の方を振り向いて二っと笑う。
「アレニエ、パルティ……今回だけでいい。あたしを小隊長として認めてくれるか?」
その質問に対するアレニエとパルトネルの回答はとても簡潔で――しかし、それはリュンクスが求めていた答えそのものでもあった。
「いいよ、あんたのマジな表情も久々に見たいしね……今日は小隊長としてサポートしたげる」
「認めてやるよ。お前の覚悟を戦場でライガさんに見せつけてやろう」
本来の小隊長が不在という状況を乗り越えるため、傭兵トリオは力強いグータッチで互いの信頼感を確かめ合う。
「行くぜ、Η小隊! 他の部隊の取り分が無くなるぐらい敵を叩き落としてやるぞ!」
「「了解!」」
大役を引き受けたリュンクスの表情に「甘さ」はもう見られなかった。
【リュンクスの実家】
リュンクスの実家(フレンツェン家)はオリエント連邦西部のジェラース市で葬儀屋や石材店を営んでおり、地元ではそこそこ名の知れた家となっている。




