【BOG-45】魂無き翼(後編)
「こちらグレムリン2、援護頼む! 後ろの敵を何とかしてくれ!」
複数の無人戦闘機に纏わり付かれ、必死になって回避運動を行うF-16V。
彼我の機体性能差は極めて大きく、このままでは無人機の餌食となってしまうだろう。
「おい、グレムリン2を助けてやれよ!」
「見てるんならお前が行けばいい!」
「ネガティブ、こっちも必死なんだ……クソッ、ヘッドオンで――!」
無人戦闘機は敵機のケツを追い掛ける以外にも能があるらしい。
ヘッドオンによる一撃離脱戦法を挑まれた際はそれに応じ、AI特有の凶悪な反応速度で有人機を返り討ちにしていた。
つまり、「人間とAIの差」が如実に表れるヘッドオンは愚策だったのである。
……そう、並程度の人間ならば。
世の中にはバケモノ染みた人間も確かにいる。
「プロキオン1、アタック!」
一機のスターメモリーと無人戦闘機が相対速度約1500km/hですれ違う。
次の瞬間、火の塊と化して大空に砕け散ったのは無人戦闘機のほうだった。
フェルナンドは驚異的な反応速度と操縦技量で正確無比な反撃をかわし、敵機の「コックピット」及びエンジンをビームソードで一閃していたのである。
「あのMF、真っ向勝負で無人機を仕留めやがった!」
「ゲイルじゃねえ。見たことの無い部隊だが、かなりの腕をしてやがる」
空軍州兵のパイロットたちが感嘆の声を上げる中、それらを気にすること無く僚機へ指示を出すフェルナンド。
「プロキオン各機、今追い掛けている敵機を仕留めたら集合だ。他の友軍部隊も援護しないとな」
「プロキオン2、了解」
「プロキオン3了解!」
プロキオン隊はエース格のフェルナンドだけで成り立っているワケではない。
彼のウィングマンを務める2人のドライバーもまた、ルナサリアンとの激戦を通して実力を身に付けていたのだ。
「ポラリスよりオリエント軍全機、アメリカ軍の撤退状況について報告する」
友軍機を付け狙う無人戦闘機を各個撃破しつつ、AWACSからの通信に耳を傾けるオリエント国防空軍の面々。
「ファントム隊は4機全てが離脱に成功、グレムリン隊はロストした2機以外の撤退を確認している」
「ファントム1よりポラリス、トムキャット隊は撤退できたのか?」
空軍州兵側の予想以上に撤退戦は上手く進行していた。
とはいえ、全ての友軍機を助けるというのはさすがに難しく、激戦の中で落とされてしまった機体も少なくない。
「いや……彼らはまだ戦っている。最後の1部隊だ」
「あいつら、俺たちの隊を先に逃がすために……!」
ポラリスの返答に対し不安を募らせるファントム1。
4機のF-22Aで構成されるトムキャット隊は仲間たちの撤退を優先し、オリエント国防空軍と共に最後まで居残っている部隊である。
彼らが戦闘空域外へ離脱できれば、その時点で全てのアメリカ軍機が撤退したことになるのだが……。
「オリエント軍全機、残るアメリカ軍機は1個飛行隊4機だけだ。彼らを無事に撤退させてやってくれ!」
撤退命令が出される中、危険を冒してまで味方が逃げるための時間稼ぎに臨んだ部隊がいる。
勇気ある彼らの命運は同じく「勇気を持つ者たち」の手に懸かっていた。
「トムキャット2、後方に敵機! 張り付かれているぞ!」
「俺の近くを飛んでるのはアイベックスか!? 見えてるんなら援護してくれ!」
行動を共にしていたファントム隊の逃げ道を確保し、殿の役目を果たしたトムキャット隊。
だが、彼らはその代償として自らの退き際を失ってしまった。
最初に捕捉した獲物を見失った無人戦闘機が続々と集まった結果、トムキャット隊は完全に包囲されていたのだ。
小柄且つ瞬発力のあるMFなら強行突破も可能だろうが、大柄な戦闘機では集中攻撃を浴びるのが目に見えている。
せめて、包囲網の一点を外部から切り崩してくれれば……!
「ゲイル1、ファイアッ! ファイアッ!」
「ゲイル2、シュートッ!」
「ゲイル3、シュート!」
その時、3つの蒼い影がレーザーとミサイルをばら撒きながら包囲網の中へ突撃し、無人戦闘機とF-22Aの間に割って入る。
「蒼いボディ、例のマーク……!」
「彼女たちだ! ゲイル隊が来てくれた!」
蒼いMFに描かれている部隊章は「抽象化された疾風」――正確には1機だけ異なるマークの機体も混じっていたが、見間違えるはずが無い。
敵中へ飛び込んだゲイル隊は巧みな連携攻撃で無人機の動きを撹乱し、絶対包囲に大きな風穴をこじ開けていたのだ。
無人戦闘機の人工知能には「脅威度を基に攻撃目標を選定する機能」が搭載されているらしい。
作戦行動上障害となる敵がいた場合、それらの排除を優先する思考パターンとなっている。
もちろん、予め設定した攻撃目標の破壊に集中するモードもあるが、今回の作戦では使用されていなかった。
「お前らの相手はこっちだ!」
一部の無人機はそれまで追い掛け回していたF-22Aから急に興味を失い、新たにセシルのオーディールMへと狙いを定める。
どうやら、人工知能はトムキャット隊4機よりもセシル1人のほうが危険だと判断したようだ。
「隊長、後方から攻撃を仕掛けてくる敵機が複数! 援護に入ります!」
「フンッ、機械如きには負けん! それよりもゲイル2は3と共にトムキャット隊のサポートへ回れ!」
スレイの気遣いをあえて退け、逆に作戦遂行を最優先するよう指示を下すセシル。
無人戦闘機は確かに優秀な面もあるが、少なくとも自分の相手にはならないというのが彼女の判断だった。
魂の無い機械を落とすことなど造作も無い。
「(機械ども……人間をナメてると痛い目に遭うぞ)」
セシルが無人戦闘機のターゲティングを誘引している間、スレイとローゼルがトムキャット隊の撤退をサポートする。
多数の敵機がセシルの方へ向かったとはいえ、弱い者狙いを行う狡猾な無人戦闘機がいるのも事実だ。
「捉えましたわ! ゲイル3、アタック!」
無人機よりも更に鋭いマニューバで喰らい付き、ローゼルのオーディールはビームソードを「コックピット」へと突き立てる。
人工知能の搭載箇所を正確に破壊された無人戦闘機はコントロールを失い、まるで自決するかのように大地へと吸い込まれていった。
「ゲイル2、ファイアッ!」
それに負けじとスレイもレーザーライフルで敵機を着実に片付けていく。
無人戦闘機の壁はあっという間に脆くなり、やがてF-22Aでも突破可能なほどの穴ができあがる。
「ゲイル2よりトムキャット隊、今のうちに強行突破を!」
「こちらトムキャット1、了解。先に部下たちを逃がす!」
スレイからの合図に対しそう答えるトムキャット1。
彼もまた、自分のことよりも僚機の安全を先に気遣う、部下思いな上官であった。
「分かりました、トムキャット1。援護は私たちで行います」
……その実力を顧みない高貴な精神が、自らの死を招くとも知らずに。
部下たちに友軍部隊の撤退支援を任せ、無人戦闘機のデータ収集及び撃墜へ集中するセシル。
「(反応速度はなかなかのモノだが……所詮は機械のマニューバだな)」
驚異的な運動性で迫って来る敵機のマニューバを見抜き、彼女は最小限の回避運動で無人戦闘機の背後を奪う。
「(動きが単調過ぎる! それが機械の限界だ!)」
セシルが操縦桿のトリガーを引いた瞬間だった。
蒼いMFの目の前を飛んでいた無人戦闘機は垂直上昇でレーザーを回避し、華麗な宙返りでポジションを逆転してみせる。
「チッ……!」
操縦技量に絶対の自信を持つセシルを舌打ちさせるほどのマニューバ。
咄嗟の判断力はもちろん、垂直上昇→宙返りのスムーズな繋ぎ方が特に見事であった。
前言撤回、こいつらは並の有人機よりは遥かに手強い相手だ。
「あのトンデモない動きをしてるヤツがゲイル1か?」
「敵じゃなくて良かったな。噂では3分で12機を落とし、この戦争での撃墜数は既に50を超えてるらしいぜ」
「全くだ。俺たちじゃ逆立ちしたって絶対勝てねえ」
空軍州兵のパイロットたちが何か言っているが、彼らの称賛の言葉に興味は無い。
「(人が造ったモノならば、人の手で叩き潰せるはずだ。私たち職業軍人をバカにするなよ)」
軍人という職業に誇りを持つセシルは、無人兵器その物を根本的に嫌っていたのだ。
私の居場所を機械如きには奪わせない――!
彼女は人間とは思えない反応速度で愛機オーディールMを振り向かせ、レーザーライフルの銃口で憎たらしい無人戦闘機の「コックピット」を睨みつけていた。
「こちらトムキャット4、無事に撤退できそうだ。ゲイル隊の援護に感謝する」
「トムキャット2よりゲイル隊、恩に着る。助かったぜ」
2機のF-22Aが包囲網を突破し、南東の方角へ向けて飛び去って行く。
残りはあと2機だけだ。
彼らを離脱させればゲイル隊の仕事は終わる。
「トムキャット3より1、俺たちも離脱を急ごう」
「いや、お前が先に行け。さっさとしろ、また張り付かれるぞ!」
トムキャット隊が安堵したのも束の間。
生き残っていた無人戦闘機たちが一旦高度を上げ、そこから急降下による奇襲攻撃を仕掛けてくる。
「マズいですわ! 無人機がトムキャット隊の方に……!」
「くッ、さっき仕損じた連中よ!」
ルナサリアンの無人戦闘機はなかなかに賢かった。
多数撃墜されたとはいえ、数的優位を保っていた彼女らは分断作戦を決行。
ローゼルたちの注意を惹き付けるチームとトムキャット隊を狙うチームに分かれ、牽制及び各個撃破する方針へと転じていたのだ。
「トムキャット3、ブレイク! ブレイクッ!」
「チャフもフレアも使い切ったんだ! かわせない!」
スレイの必死の警告も空しく、隙を突かれたトムキャット3はそのまま撃墜されるかと思われた。
その時……。
「機械野郎、俺が相手だッ!」
F-22Aと無人戦闘機の間へ強引に割り込む、もう1機のF-22A。
「スミロドン!?」
隊長機の無茶な飛行にトムキャット3は思わず声を上げる。
トムキャット1――TACネーム「スミロドン」は敵機の射線上へ自らを滑り込ませ、僚機を奇襲攻撃から庇ったのだ。
横槍を入れられたことに腹を立てたのか、無人戦闘機たちはトムキャット1を執拗に追い掛け回している。
どうやら、ルナサリアンのAIは随分と人間臭いらしい。
溢れ出る人間らしさ――無人兵器にとってはそれが命取りであった。
「ゲイル1、アタックッ!」
狩りごっこに夢中な無人戦闘機は「頂点捕食者」が迫っていることに気付かなかったのだろう。
高高度より雲を切り裂くように現れた蒼いMF。
その鋭い斬撃が無人戦闘機の急所を的確に破壊していく。
「トムキャット隊、今のうちに逃げろ!」
セシルの指示に従い離脱を開始するトムキャット3。
だが、トムキャット1は被弾してもなお部下の無事を願っていたのだ。
「トムキャット隊の1機が煙を噴いている……あれは隊長機?」
最後の無人戦闘機を撃墜し、友軍部隊の様子を確認するローゼル。
彼女の位置からでも黒煙を噴きながら飛ぶF-22Aの姿は見えていた。
攻撃を惹き付けているうちに機体へのダメージが蓄積していたらしい。
「ポラリスより全機、敵残存戦力が撤退していく。トムキャット1……スミロドン、大丈夫か?」
トムキャット1のF-22Aは明らかに損傷を負っており、水平飛行さえ辛そうな様子だ。
そして、ひびが入ったキャノピーの中にいるパイロットも……。
「……俺もヤキが回ったな。コックピットに直撃弾を受けちまった……」
自らの状況を理解していたのは、他ならぬトムキャット1自身である。
被弾の際に剥離した金属片が腹部に突き刺さり、パイロットスーツを真っ赤に染めるほどの出血が起こっていた。
また、ダメージのせいで射出座席もイカれてしまったらしく、キャノピーを吹き飛ばすことができない。
……つまり、ベイルアウトは不可能というワケだ。
「トムキャット1、ベイルアウトできないのなら不時着を……! 聞こえていますか……!?」
事態の深刻さを察したスレイがシリアスな声で叫ぶ。
もちろん、彼女が話すオリエント語はアメリカ人のトムキャット1には通じない。
「Tomcat1,it is difficult a forced landing?(トムキャット1、不時着さえ難しそうか?)」
その代わりに英語を話せるセシルがスレイの言葉を伝えるが、トムキャット1からの応答にはしばらく時間が掛かった。
「……部下たちのことは感謝している。ラプターが寂しがり屋なんでな……彼女を見捨てるワケにはいかねえ……」
苦しそうな息遣いと無線の背後の警告音だけで分かる。
もう、彼も機体も限界が近いのだ。
「諦めるな、トレバー! まだ死ぬのは早いぞ!」
ポラリスとトムキャット1は知り合いだったのかもしれない。
普段冷静なポラリスが少なからず取り乱し、戦友の本名を叫んでいたのだから。
「隊長!」
「チクショウ、俺の逃げ道を確保するために……!」
トムキャット隊の隊員たちは隊長の最期を看取ることしかできなかった。
「……トムキャット1よりポラリス、お前に借りた5ドル……俺の財布から抜き取っておいてくれ」
「貸した金のことはどうでもいい!」
「さっきのお嬢さん……天使みたいな声……だったな――!」
次の瞬間、力無く飛んでいたF-22Aは真っ赤な炎に包まれ、空中分解しながらモニュメント・バレーの空に消えるのだった。
「こちら空中管制機ポラリス。無事に生き残れた全機、よくやった。勇敢なる者たちのおかげで犠牲を最小限に抑えることができた」
AWACSの言葉が前線の戦士たちに作戦終了を実感させる。
ポラリスは空軍州兵側の全滅さえ覚悟していたが、オリエント国防空軍の活躍により最悪の事態だけは避けられた。
もっとも、「ドラゴン」撃墜作戦が失敗したことも含めて、戦略的には大敗を喫したと言えるだろう。
一連の戦いでアメリカ空軍が失った戦力はあまりに多すぎたのだ。
「……おそらく、次はこの空にいる者たちが『ドラゴン』へ挑むことになるだろう。俺たちはこれまでの戦いで死んでいった連中の分を生きねばならない……だから、無駄死にだけはするなよ」
ハードな航空作戦を終え、帰途に就くゲイル隊。
「セシル姉さま、スレイさん、今日はありがとうございました」
一時的にブフェーラ隊から出向してきたローゼルは母艦が異なるため、彼女とはここでお別れだ。
「あの……私はアヤネルさんの代わりを果たせたでしょうか?」
「代役としては最高だった。だが、彼女の普段の働きぶりは凄いぞ」
セシルらしい率直な答えに思わず笑みが零れてしまうローゼル。
「フフッ、もっと腕を磨かないといけませんね」
「上手い奴が必ずしも生き残れるわけではないが、実力が無いところに幸運など巡って来ないからな」
彼女は感謝の気持ちを込めて機体を数回振った後、着艦アプローチのため編隊から離れていく。
「……トムキャット1の最期、気にしているのか?」
スレイからの返答は無い。
「あの状況で全員を助けるのは無理だった。それに、彼は自らを犠牲にしてでも部下の撤退を優先させていたんだ。死人に口なしと言うが、彼らが選んだ最期に口を挟む権利もあるまい」
独り言のようにセシルは淡々と呟く。
自分の話はべつに聞かなくてもいい。
ただ、スレイには知ってほしかったのだ。
――人の死に対して感覚を麻痺させなければ、戦争の狂気に蝕まれるということを。
「……隊長って、人の心を持った冷酷な機械みたい」




